第22話 全部

「帰ろっか、ワクミン」

「そ、そうだね」


 二人で保健室を出ようとしたが、すぐには立ち上がれなかった。

 暴走する下半身を何とか手懐けてその場を去るまでに十五分くらいはかかった。

 それくらい興奮が強すぎて俺の体は保健室を出る時にはポカポカしていた。


「ワクミン、今日はどっかでご飯食べて行かない?」

「うん、いいけど。何が食べたい?」

「うーん、ワクミンのお耳」

「え?」

「うそうそ、そんなに驚かないでよー」

「……」


 耳、食べられたい。そう思ったのは黙っておこう。

 そしてエリの小さな耳を、俺もかじってみたい。

 そんな変態に成り下がる俺はこの後エリの部屋に行ってエッチをすることばかり考えている。


 正直食欲を性欲で塗りつぶしてしまうくらいに早くエリの部屋に行きたかった俺だが、お腹が空いたとエリが言うので二人でハンバーガーを買うことにした。


「ねーねーワクミン、ワクミンって小説書いてて悩むこととかないの?」

「悩む?んー、今はまだ気軽に書いてるからそんなことはないけど。なんで?」

「いやー、あんなによく文章が書けるなぁって。尊敬しちゃうな」

「お、思ったことをただ書いてるだけだよ。全然すごくないし」

「でも普通の人は書けないよ?だからやっぱり尊敬!」


 エリがいつも小説の事を褒めてくれるおかげで、最近は投稿スピードも上がっている。

 俺が教えてからはエリも読んでくれているようで、内容について聞かれることこそないものの「またアップしてたね」と言ってくれるのが嬉しい。


 二人で買ったハンバーガーを持って帰ってエリの部屋にいく。


 そして二人でむしゃむしゃとそれを食べながら話をしていると、エリが急に着替えはじめた。


「エ、エリ!?」

「んー?別にいいじゃんもう隠すところもないんだしー。それとも生着替えは興奮するー?」

「す、するよ……」

「照れてるワクミンかわいー」

「ち、ちょっ」


 下着のエリが俺に抱きついてくる。

 そのすべすべした肌が俺の至る所にあたり、その感触で俺は至る所が元気になった。


「あはは、ワクミンまた勃ってる」

「だってエリが……」

「エッチな彼女は嫌い?」

「……す、好き」

「きゃわいーワクミン!」


 ハンバーガーなんか食べかけのまま、俺はエリにそのまま押し倒された。

 お腹がすいたなんて言いながらも、エリもこういうことがしたかったのかと思うと嬉しくて、俺は何回もエリと肌を重ねた。




「あーあ、ハンバーガーカピカピだね」

「うん、でも」

「でも気持ちよかった?私はきもちよかったー」

「……お、俺も」


 結局二人で冷めたハンバーガーを完食してからまたエッチした。

 夜遅くまで彼女の部屋でイチャイチャしているとエリの携帯が鳴って親が帰ってくるというので、俺は家に帰ることになった。


「ワクミン、気をつけてね」

「うん、ありがと」

「それはエッチのお礼かな?」

「ち、違うよ」

「ふふっ、でもありがとねワクミンっ」


 お見送りのキスまでついてくるなんて、なんてサービスの良さだ。

 骨抜きにされるなんて表現の通り、俺はふにゃふにゃだった。


 緩んだ顔のまま家に戻り、部屋で余韻に浸りながら股間を熱くしていると、携帯に通知が入った。


「あれ、パソコンのメールだ。なんだろ?」


 俺は何気なくそれを開いた。

 するとWEB小説サイトの運営からで、「出版検討」と書かれた表題が見えた。


 俺はそれを飛び起きて見てみた。

 しかし結果はなんてことはない俺の勘違い。

 

 出版検討をするためのコンテストの開催案内ということで、少し勘違いで興奮したテンションを引きずったまま俺の小説もエントリーしてみた。


 でもこのコンテストで賞をもらうなんてことがあれば、その時は夢の小説家デビューなのだ。


 何千何万という作品の中のいくつかというハードルの高いものではあるが、その夢の第一歩としてこんなコンテストが毎年いくつかある。


 俺はいつの日かここで賞をとって、そして出版して認められたい。

 そんな夢を改めて思い出して、小説を書くことにした。


 投稿が終わると今日はすぐにコメントが数件入った。

 もちろんその中には甘井さんもいた。


「文章にすごく説得力がでましたね」と書かれていて、俺は自分の文章への評価をいただけたことにひどく喜んだ。


 男性か女性かもわからないこの人の応援がいつも励みになっているのは間違いない。


 こういうファンの人を何十人と増やしていくことでしか認知度は上がらない。

 そういう意味でも大切にしなければならない人である。


 コメントを返してから今日は何話分か小説を書くことにした。

 エリと付き合ったからサボってしまう、では彼女が俺をダメにしているように思われてしまう。

 むしろ彼女がいるから頑張れる、というところを見せないといけない。

 そんな気持ちで俺は夜遅くまで小説を書いた。


 ◇



 ある休日の事だった。エリが朝からデートをしたいと言って俺の家まで迎えにきた。

 

「ワクミン、買い物いこーよ」

「うん、何買うの?」

「ワクミンの服を買いに行きたいな。もう夏だし」


 エリは俺の為に服を選んでくれるという。

 俺の服はいつもその辺の安い服を買ってくるだけで、何年もおなじシャツを着ていたりもする。

 

 やっぱりそれではダメなようで、エリが俺に少し不満をこぼす。


「ワクミンはもっと自分に自信もたないと。もったいないよ」

「うん、でも服ってどういうのがいいかわかんなくてさ」

「今の流行りはねー、こんな感じだよ」


 エリがモデルの写真を見せてくれた。

 正直足の長さなんて俺の倍はありそうなイケメンがうつっていて、こんな奴なら何着てもかっこいいだろと言いたかった。


 しかしエリはそんなつまらなさそうな顔をする俺に言う。


「私、こういう人よりワクミンの方がかっこいいから好きー」


 恋は盲目、なんていうけれどそれはうまい表現だと改めて思う。

 エリが俺のことをいいと思ってくれるのは嬉しいし、それについては何かと実感できるようになってきた。

 しかしモデルや芸能人と比べてもなお俺の方がいいなんて、ちょっと視力悪いんじゃないかと疑ってみたりもしてしまった。


 服を買いに行った先でもエリは店員に惜しげもなく「彼氏ってかっこいいけど服に鈍感なんですー」と惚気を全開で話していた。


 店員の女性は俺を見て「え、お前がこの子の彼氏?」みたいな顔をする。

 失礼な話ではあるが、俺が逆の立場でもそうなるだろうから怒ったりはしない。


 特にエリはスタイルもいいし顔も可愛いしおしゃれだしで、ショップ店員の方が彼女に見惚れている場面もあるくらいだ。


 だからきっと街ですれ違う人は「美女と野獣」カップルがいると笑っているだろう。

 でも、そんな俺のネガティブな自虐はエリがいつも取っ払ってくれる。


「ワクミン、それすごく似合う!買っちゃお」

「うん、じゃあこれにする」

「モデルがいいからどんなのでもいいよね」

「……」


 恥ずかしい。モデルとしては俺は多分底辺ポジションだと思うんだけど……

 でもエリはどうして俺がかっこいいなんて思えるんだ?


「エリ、あんまり褒められると恥ずかしいよ。それに俺はイケメンとかじゃないし」

「あはは、照れてるんだワクミンかわいいー。でもね、私はワクミンがだれよりかっこいいもん」

「ど、どうして?」

「だって全部好きなんだもん」

「……」


 もう恥ずかしさが限界を迎えた。

 レジに並ぶ俺の顔はトマトみたいに真っ赤になっていたはずだ。

 

 無事?服を買い終えた俺たちはせっかく出かけたのだからということで映画館に行くことにした。


「見て、この映画新作出てたんだ。これにしない?」

「うん、俺もシリーズ見てるし、これにしよっか」


 二人でチョイスしたのはちょっとマイナーな海外ドラマ派生の映画だった。

 

 中に入ると、やはりと言っては何だが全然観客がいない。

 むしろ貸し切りといった具合である。


「誰もいないねー、人気ないのかな」

「まぁこの辺の映画館なんてそんなもんだよ。でも貸し切りっていいよね」

「うん、贅沢してるかんじー、それに」


 一番後ろの席の真ん中に腰かけた俺の隣でエリが、俺の太ももに手を当てて言う。


「ここならチューしてもバレないね」


 そう言って耳をかぷっと食べられた。

 「ワクミンのお耳ご馳走様」と言われて俺は、公共の場だというのにエリを押し倒してしまいそうな衝動に駆られていた。


 そんな獣と化す俺の手綱を引くようにエリは「終わったらホテル行ってみない?」と言って笑った。


 興奮が重なって血圧なんてきっと無茶苦茶になっていたと思う。

 少し蒸し暑い映画館の中でクラクラしながらエリを見ていると照明が落ちて映画が始まった。


 前を向いて静かに映画の始まりを見た。

 しかしこの後の事が気になりすぎて、映画が全く面白くない。


 途中ドキドキするシーンもあったが、どうでもいいからさっさと終われと思っていた。

 主人公がもったいぶるシーンなんかはイライラするだけで、早くとどめをさせと叫びそうだった。


 こんなときほど時間が経つのが遅い。

 隣のエリを見ると真剣な表情で映画を見ていた。


 しかし俺の視線に気づいたのか、こっちを向いてエリがキスをしてきた。

 そしてすぐに離れる時、小さな声で「この後が本番だね」といった。


 そこから映画の内容がどうなったのか一切覚えてはいない。

 ただ手を繋ぐエリの指の感触と、食べきれそうもないポップコーンの味だけが俺の記憶に刻まれていた。

 




 

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