第19話 虚構

天流川を助けることが先決。

ここからの脱出は後だ。

もし、天流川が死んだりしたら、最悪だ。これでも私は正義の味方側だと思っている。

天流川がどんだけ変態でも救う。

助けてみせる。

だからこの潔癖症をなんとかしないと。


私は今、猿ぐつわをされているので話せない。触上の背中に辛うじて自由な指で、指示を書いている。

内容は簡単だ。

「天流川が大量出血。力を使って救って!」っと、3回書いたが理解しない。


「皮膚を剥がしたいです」


と、言うばかりなので後頭部を使って、頭突きを喰らわしてやった。


「いっ ――――― 」


と声にならない悲鳴を上げていたが、無視して、分かりやすく「出血、治せ!」っと5回書いた。


「ここから出たらアルコール消毒風呂に入らないと精神が病みます」


十分、病んでいる。

病み切っている。

手遅れレベルだ。

病み度が深いから自分の状況も掴めない。愚かしい限り。

でも私は空気読めるJKだから、決して口にはしない。そもそも口に出来ないけど。発言出来ても、彼女が可哀相だ。相手をするのも疲れるし、今ではない。決して違う。

私は諦めず、背中に指で文字を書く。


数分後。


彼女はまだ理解をしていない。

「もう触らないで下さい。吐きそうです」と言うばかりだ。私もどうすれば良いか分からない。諦めの境地になって来た。ひとまず、私は触上に助けを求める前に、自分の自由を得ることにシフトチェンジした。黒影に捕縛されたロープは太い。且つ、結び目が固い。鬼畜仕様といった感じだ。アイツの根性の悪さが染み込んでいるようで殺意が湧く。

コンテナの中から見える光から考え、夕刻だ。何かをするんだったら、夜。もしくは深夜だ。つまり時間が無い。場所が何処か分からないけど黒影も合流して、敵の人数が増えるのは非常に不利だ。怪我をしている天流川も助かる見込みが限り無く、ゼロに近づく。時々、天流川の方に気を配るが、まだ生きている。荒い呼吸と、時々「死ぬぅ」と、うわ言が聞こえる。安心は出来ないが、早く助けないと手遅れになりそうだ。

急がないと。

私は、転がりコンテナの角に向かう。

コンテナ内は、錆だらけの穴だらけ。壁面がいい具合に朽ち果て、鋭利な部分があればそこからロープを削り、最終的に千切れる。映画で、悪者に捕まった主人公たちが、そうやって脱出しているところを観たことがある。

私にだって、出来るはず。

ほらっ。やっぱり壁が抉れ、壁の一部がノコギリみたいになっている。これを使えば………削れる。

イケる。

無心に手の部分のロープを削った。途中、皮膚も削ってしまい、出血をしたが関係ない。

早くしないと、天流川が死ぬ。

急げ!

急げ!

私。

私しか、救えないんだ!

そして30分程度が経過したところで、ロープが千切れた。

「やったー」と言ってるが、実際は「ううぅう〜」だ。

歓喜の声も出せないのは非常に辛い。

でもよく考えれば、この場合は歓喜の声を上げては絶対に駄目だ。ある意味猿ぐつわに助けられた。

手のロープが解ければ、あとは簡単だ。

足のロープを解けば、自由だ。

最後に口の拘束具、しかし、どうやっても外せない。ロープを切った要領で、壁の一部を使うが全然駄目。革製のくせ強い。傷が入るだけで千切れる様子がない。後ろに鍵穴があるみたいなので、鍵をゲットする必要があるみたいだ。

私は、口の拘束具を諦め、ポケットに入っているスマホを取り出した。何故か、スマホを取り上げない間抜けに礼を言いたい。

さて、まずは警察? いや、組織に連絡か? 

私は悩んだ挙げ句、誰にも連絡をしなかった。

あの男を刺激してしまう可能性がある。組織に電話をすれば、私の力不足を露呈するようなモノだ。だったら、私が解決してみせる。


スマホのメモ機能を使い「天流川を治療して」と文字を打ち込んだ。その後に、倒れている触上を座らせた。


「助かりました。ありがとうございます」


触上はのほほんとした雰囲気で頭を下げた。でも私は、声を出せないので、適当に自分の頭を掻いた。照れ隠しってやつだ。触上に伝われば良いが、多分コイツには伝わらない。


「いつになったらここから出るんですか? 鷹茶さんはここが気に入ったんですか? 早く帰りたいです。お風呂とアルコール消毒が待っています」


マイペースなヤツだ。

心底、嫌いだ。

私は、スマホを触上の目の前に突き出した。


「え? え? 嫌です」

「?」


断られた?

有り得ない。

私の文章が悪かったのかもしれない。続いて、こう打った。

「天流川が死にかけている。助けて欲しい」っと。また目の前にスマホを突き出す。これで馬鹿でも、ボケでも理解は出来るだろう。


「だから嫌です」

「?」


絶対にやらないという雰囲気を顔で表現している。若干、怒っているところが腹が立つ。眉間にシワを寄せ、頬を膨らませ、視線を合わせない。

何故?

私には理解が出来ない。

人が死にかけている。しかも天流川だ。さっきまで話をしていた人間だ。それを助けれる力が触上にある。

なら、助けるのが当然の工程式では?

理解出来ない以上にコイツが、少し怖い。出来れば置いて帰りたい。

でも、触上しか天流川を助けることは出来ないんだ。

私は、正座をした。

そして、手を地面に着き、土下座をした。

私には天流川を助けられない。でも助けられないから何もしないのは、生命を軽視している証拠だ。トドメを刺すナイフに手を乗せていることになる。

だから出来ることはする。

出来ないことは出来ないから。

私の出来る上限いっぱいで勝負するしかない。

薄暗いコンテナの中で、どれくらいこの誠意が伝わるか分からないけど、やるしかない。

土下座なんて、産まれて初めてだ。

私は頭を下げながら、触上の動向を伺う。


「すみません」


やっぱり駄目。

どうすれば、いいの?


「取り敢えず、ロープを解いてくれませんか? それから天流川さんの容態を見てみませんか?」


触上はクールだ。

私は、少しパニック状態だったのかもしれない。自由になっているのに、天流川の状態も見ていない。触上のロープも放置のままだった。

そんな状態で、土下座を見せられても、何も感じない。取り敢えず、助けて! と、言いたいに決まっている。

私のバカ。

触上のロープを解きながら、天流川を見る。薄暗いし、うつ伏せの状態からでは、傷が何処にあるのか分からない。

早く。

早く。

早く。

手が震えている。

助かると思っているのは私だけなのかもしれない。触上に助けを求めたのは、真実を見たくないから? 天流川が死んでたら………。

嫌だ。

ロープが中々、解けない。

ロープの緩みに指が通らない。爪だけでも良い、取っ掛かりが見付からない。結び目が固い。

あ〜。

早く、解いて、天流川を見ないと。手遅れになったら、どうしよう?

頭の中で、ぐるぐると嫌なことがイメージで浮かんでくる。

天流川には、トイレに転送された。男性便器にハマるのも初めだ。オシッコを掛けられたことも初めだ。男子の制服を着たのも初めてだ。家に入れたのも。

全部が、初めてだ。

演じない自分で話せたんだ。

嫌なヤツで、最悪なトラウマを植え付けられた。けど、死なせて良い生命なんて1つもないんだ。


「鷹茶さん?」

「………」

「なんで、泣いているんですか?」

「………」


コイツ。

コイツ。

コイツ。

アンタが! アンタが天流川を助けてくれないからだ! なんで、助けないの? 潔癖症だからなの? 人が死ぬより潔癖症っていうキャラを突き通したいの?

口に出せないのが本当にイラつく。

そして、何より泣きたくない。

何も出来ないくせに涙を流すだけなんて、ダサい。ダサ過ぎる。

涙を拭いながら、なんとか触上のロープを解いた。

そして、そのまま、天流川の所に行く。

血が付くことなど、考えず膝を血の池につく。天流川も私たち同様にロープで拘束されているから、急いでロープを解いて、肩を掴み体をひっくり返す。言うまでもなく、血だらけだった。


「鷹茶………か?」


私は頷く。


「泣いてるのか?」


首を振る。

涙が飛び散った。


「ボクは、股間を撃たれたよ。かなり痛い」

「!?」


股間?

よりによって、股間?

最悪だ。

撃たれるなら、胸か腹にして欲しかった。

私は、後方の触上を振り返る。青ざめた顔している。そりゃそうか。キスをしないと回復がしないと言っていた。つまり、股間にキス。

考えただけでも恐怖だ。

汚点のような気もする。

股間にキスなんて、信じられない。

ん? そういえば、学校の友達でそういうことを言っていた気がした。「彼に求められるなら、股間にキスでも何でもする。アレだったらペロペロもする」っと。解読不明なことを言っていた。周囲のみんなも「それは早いよ」「さすが」「私はもうしたことある」と口々に言っていた。

私も「へぇ。感慨深い」と神妙な顔で頷いていた。内心はゲロが出る程、気持ちが悪い会話と思っていたが………いや、今は関係ない。多分、全く関係ない話だ。ひとまず、忘れて触上を説得しないと駄目と。

私は急いで、スマホに文字を打つ。内容はこうだ。「触上の能力でアンタを回復させてないと、失血死する」と打ち、天流川に見せる。


「ハ、ハードル………高いよ。絶対………触上砂羽先輩はしない……よ」


天流川も諦めムードだった。

私はそれでも諦めない。続いて、スマホを高速で操作して、文章を打つ。内容はこうだ。「死なせない。だからアンタも協力してこのクズ」っといつも通りの私を演出する。


「股間狙撃で死亡って悲しいけど、触上砂羽先輩には頼めないよ。股間にキスしてって」


段々と顔が白くなる天流川。

駄目なのかもしれない。本人に救われたい意思が無いと意味がない。


「でも、股間にキスをされるのは、興奮する」


いや。コイツはここで死んだ方が世界のためかもしれない。


「自分的には絶対、嫌です」


触上が続いて否定する。

分かっていたことだけど、自分の情けなさが憎い。結局なにも出来ない。天流川も死なす。私たちもあの男に悪辣な扱いを受けて最後には殺される。もしくは、悪の組織で一生、働くことになる。


「うぅううううう」


私は声が出せないので、うめき声なような声を上げて、泣いた。

無力だ。

こんなところで終わるなんて、絶対に嫌なのに、終わる。何も出来ないで終わる。


「鷹茶………」


一番、大変で死にかけている人間が、私を気に掛ける。

これは、これで何とも言えない気持ちになる。

余計に涙が溢れて来た。


「………わかりました」


触上が口を開いた。もしかしたら、私の涙が彼女の心を動かしたのかもしれない。


「天流川さんを諦めて、ここを脱出する方法を探しましょう」

「……」


キレイな顔で、そんなことを言う。

目の前の人間を諦めて、どんな綺麗事だ。

天流川を顔を見てみる。遠い目をしている。そこは、助けますという言葉を待っていたに決まっている。出来ればキスして欲しいと願った筈だ。

ホラっ。段々、泣き顔になってきた。今にも土下座をしたい気分だろうけど、股間が痛すぎて、動けない。やっぱり私が、頼むしかない。

スマホでまた文字を打つ。

途中、触上が口を開いた。


「スマホがあるなら、警察に知らせた方が良いのでは? あと、救急車を呼べば、天流川さんが助かります」

「止めた方が良いです」

「なんでです?」

「ボクの親は警察官です。今回、ボクの股間を撃ち抜けと依頼したみたいです。詳しいことは知りませんけど。だから鷹茶は警察に通報していないんでしょ?」


視線が私に向く。

全く、知らない。

股間を狙わす親? 警察? 初耳なんですけど。

でも………ここで知らない。とか言えない。スマホで打つ文字を変更する。「当たり前でしょ? 普通だったら、通報するに決まっている。これは組織と警察と色々が混じり合った戦いなのよ」と打った。

慣れた手付きで、スマホの画面を2人に突き付ける。

もちろん、ドヤ顔。

全てを知っているという雰囲気を出すため、片方の手を腰に当てる。


「「おおっ〜」」


声を合わせて関心する2人。

少しだけ優越感。

この良い流れからさらに畳み掛ける。

スマホに打つ文字はこうだ。

「私に協力して、絶対に助ける」っと。素早く打ち、2人に突き付ける。


「分かったよ」

「分かりました。股間にキスします。その後、殺して下さい」


私と天流川は、触上を見る。

殺して下さいとは、穏やかではない。天流川が救われても、残念過ぎる。そこまでしないと股間にキス出来ないのかと、思ってしまうが私でも死にたくなるに違いない。

もうどうすれば良いんだろ?


「触上砂羽先輩、股間と言っても、銃弾に撃ち抜かれ何が何やら分かりません。こう考えませんか? 傷口にキスをする。股間ではないんです。傷口です」

「う〜ん」

「それに人命救助です。ボクも今、普通に話していますがかなり焦っています。血も止まっていないし、フラフラが増しています。目を閉じれば、あの世に向かう船に乗り込みそうです」


必死の願いだった。

天流川の焦りが分かった。

私もお願いと土下座をするしかない。


「嫌です。本当に嫌です。股間にキスしたら、自分的には消滅すると思います」


触上は本当に頑なに、断り続ける。


「分かりました。触上砂羽先輩。ここからは提案です。目を閉じて下さい。ここは自分の部屋と思って、リラックスして下さい。想像です。意識を高いレベルで想像をして下さい」


私は、嫌な予感しかしなかった。

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