第4話 疑問2

疑問はずっとあった。

異変と言うには、余りにも乱暴。

日常的と表するには、余りにも軽率。

彼がパトカーに押し込まれる光景は、まさに地獄だった。


私の常識内で物申せば、学校の教員だったら生徒に言われたからと言えども、速攻警察を呼ばない。事情を聞き、内容の精査を実施し、学び舎の最高責任者に指示を仰ぐ。

と、いうのが定石だと私は思う。

が、しかし! 警察を呼ぶ行動が早いこと、早いこと。私が言い終わる前に備え付けの電話に手を伸ばし、流れる動作で110のボタンを押していた。あの動きは押し慣れている手付きだった。


私の発言も結構………いやいやかなり乱暴だったことは認める。

認めたくないけど、認めざるおえない。

とても焦っていたし、屈辱的で衝撃的だったから衝動的に発言………いやいや目から血が流れる思いで、叫ぶように訴えた。

本当に心から軽率な行動だった。

だから反省………いやいや猛省している。

出家するレベルで頭を丸める勢いだ。

だけど、一応、女子高生ど真ん中を歩いているので、ごめん被りたい。

気持ちの上では、ツルピカのスキンヘッド。

表情は仏様。

心も懺悔という名のアイアンメイデンでぐちゃぐちゃにされている。

グロを通り越して、エグい。

50年相当の反省を前借りした気分。

これからどんな罪を犯しても、反省をする必要が無いくらい反省してしまった。

反省の鬼。

反省の権化。

反省の不死鳥。

反省の神様。

よって無敵の人、鷹茶綾たかちゃあやの誕生である。


………って、爆誕しても仕方ない。

これは現実逃避。

問題の先送り。

警察が彼を連れて行ったのは本当に誤算だった。

赤いサイレンが夕日とマッチし、儚かった。

切なさも感じた。

私が「警察を呼んで下さい」と仰願した。

………したはずだったけど、1人の人間の人生を終わらせ、ナイフを突き付けた感覚だった。

逆に加害者みたいな心境で夕暮れの街に消えるパトカーを見送った。もうまるで、恋人を見送るくらいのシーンだった。

ここで涙を流せれば、私もレッドカーペットを歩けるかもしれないけど、尿を掛けた男にそこまでの感情はない。

雰囲気に呑まれたというやつだ。

それに、普段は仲間を探すことに躍起になっている私だけど、私自身が被害者になるとは思ってもみなかった。

あんな感じに転送されるんだ。

感覚から言えば、お湯。

風呂上がりの感覚に似ているが、彼の場合は最悪だ。よりによって、尿を座標にして、転送をさせるなんて………。

さすがの私も我を失った。

いやいや喪失? 消滅? もう進化の階段を上がってしまった気分だった。

人間の次の進化は知らないけど、人間という地位から下等生物になったのは確かだ。

だって、だって、尿を掛けられたのだから。

アレ? 私、転送された感覚をお湯と表現したけど、それってつまり………。

人肌の液体……尿じゃん!

汚物じゃん!

思い出しても、鳥肌が出る。

アレから何度もお風呂に入った。尿の臭いなど1ピコもしないはずなのに、鼻の奥からアンモニア臭がして仕方ない。

多分、私は身体が汚れたわけではない。

心を汚されたのだ。

もう普通には戻れない。尿を掛けられ、男性便器にハマった人生はずっと付き纏う。

剥がれないまま、ボロボロになって行く。

あと、もう1つ許せないのは私のスマホだ。転送を実践するからってよりによって、私のスマホを便器にダイブさせるのは如何なものかと。まだローンも残っている。お金が無いから型落ちだ。防水でも防滴でもない。一歩間違えれば、壊れたスマホが残り、ローンを払い続ける羽目になるところだった。

それにスマホはJKにとっては必須アイテム。1日、いや1時間でもスマホを失えば、私の学校生活は終わる。終焉のはじまり。孤独こんにちわ。青春バイバイになるところだった。

思い返すだけでもイライラが止まらない。


「はぁ」

「お嬢? 溜め息っすか? ガチで幸せフライアウェイっすよ?」

「はぁ」

「またっすか? フライアゲインっすよ?」

「………」


隣でKYな発言をしているのが警察官及び私の護衛兼召使いだ。

はっきり言う。

無能だ。

ド無能だ。

加えてクズだ。

クズ中のクズだ。

死んで良い人間など存在しないが、消えて良い人間なのがコイツ。

もうコイツの血縁も一緒に消滅して良いとさえ、私は思っている。

警察官というアドバンテージで様々な情報が入ってくる。と、いう理由で雇ったわけであるけど、今の所は役に立っていない。昨日も警察署に潜伏していたのに何の情報も流さなかった。

彼の処遇がどうなったか、気になって一睡もしていないのに、今朝になって「家、帰ったみたいっす」みたいな連絡を入れて来た。

完全に舐めている。

私が、どんな思いだったのか説明したはずだったのに、報告が遅過ぎる! 

どうするんだ! 私が自責の念で、胃に穴を空けてしまったら! 誰が責任を取るんだ。

もしかしたら、私が雇っていることを忘却しているのかもしれない。

いやいや、そもそもで雇われている意識すら無いとか?

段々と腹が立って来た。

そういえば、この男の名は黒影闇影くろかげやみかげと、無駄に中2病心をくすぐる名を名乗っている。

なんだ! クロカゲヤミカゲってゲームか? ペンネームか? ネーミングセンスを何処でピックポケットされたんだ?

私は絶対に本名ではないと思っているけど。

そんな下らない名前よりも、私が許せないのは超が付く程、軽い。あと見た目が変なところは、最近慣れたのか許容出来る。

何かと軽過ぎるのだ。

だから行動が伴わない。

警察官のくせに有給休暇を使い、直ぐに休む。私に雇われているからこちらからも給与は支給するが、それでも休み過ぎだ。国家公務員がこんなヤツばかりだと、日本の未来が心配で仕方ない。


今も暇だからという理由で私の登校に付いて来ている。

見た目、長身で足と手が異様に長く、頭はアフロ。

もう一度言う。

アフロ。

目立つでしょ?

って話である。

普通に考えて、行動を自粛しろよっと言いたい。

この役立たずが!


私は、目立つ黒影を無視して、電柱から顔を半分だけ出し、彼を見た。

昨日の内に名前は調べた。

天流川御男てんりゅうがわみお。高1。

古典の天流川先生の1人息子。

名前を調べて分かったのだけど、職員室で私が助けを求めたのもこの天流川先生で、躊躇なく通報したのもこの先生だ。

今、思い返せばキラキラしていた。

ウキウキもしていた。

もう少年のような表情で、駆け付けた警察に事情説明をしていた。逆に心配した警察官に「親御さんへの連絡が先では?」と言われていたが、当然のように「大丈夫です」と何が大丈夫か分からない純粋無垢な大丈夫です、で対応していた。

と、いうか、自分の息子を警察に受け渡す神経が理解出来ない。

私もまだまだJKで、親の親心なんて理解に苦しむし、人の痛みなんて分からない。

警察に自分の子どもを受け渡す気持ちなんて、絶対に分からないし、そんな場面は絶対に起こさせてはいけない。

でも将来、子どもが出来て、間違いを犯したら守ってあげれる………いやいや、世界を敵にしても私だけが味方で、世界の敵になってやる。

そう思ってしまった。

だから天流川先生は私の中では、ぶっちぎりの変な人に認定されている。


今も胸の内ポケットから鞭? コード? を取り出している。

行動もさることながら、家庭内ではもっとヤバい人なのかもしれない? 教育と言い、暴力を振るうなら今後は私が警察を呼んでやる。先生だとか、親とか関係ない。

痛いのは可哀相だ。でも動く様子はない。何やら、2人で話をしている。

親子の会話を邪魔するほど、私は愚かではない。

彼が無事なら良い。

それになにより釈放されたのなら、私は一安心だ。

そうだ。今の内に用事を済ますことにしよう。


私はスマホを取り出す。

便器に転送されて以来、使うのは極力避けていたが、今は仕方ない。


「お嬢、電話っすか?」

「そうよ。組織に連絡するわ」

「 " 狂風前線きょうふうぜんせん " っすか?」

「黒影。それ、言わない。人前で言わない。OK? 言わない! 復唱! 復唱しなさい!」

「ええぇ!? 嫌っす。お嬢がそんだけ言ったのに俺も言うのは贅沢っすよ? 贅沢病で痛風っす」

「………」


コイツ。

私が雇い主ということやっぱり忘れている?

ちゃんと高い給与を支払っているのに。

………まぁいい。

相手にするだけ、時間の浪費。ニューロンや神経運動の無駄。イライラしてお腹も空いてしまう。

美容にも悪い。

眉間に怒りのシワが出来てしまう。

心労になり得ることは無視。

無視。

こいつは虫。っと。

糞虫っと。


狂風前線とは組織のコードみたいなモノだ。

私は上から、そう呼べと言われている。他の者は違う呼び方をしていると説明された。

正式な組織名は分からない。

分からないということは知らなくていいということだ。私も馬鹿ではないので、そこまで深追いはしない。

したところで、何も出てこない。

組織に属するとはそういうことだ。

そして私も組織に属し、天流川御男のように力を持っている。

人様に言えた力ではないが、私はこの狂風前線に守られている。

メールと電話のみで直接遣り取りはしないが、しっかりと守られている。

私みたいな力がある人間は『 狩られる 』らしい。秩序と平等な世界のために邪魔な存在だから。

強大な力なら、悪用もされると言われている。

人間は欲深い。

例え、それが肉親でも………悪用するヤツは悪用する。

目の前の彼はどうだろうか?

教員の親。警察官の親。一見、大丈夫そうな職業だけど、実情は分からない。

私は自分が見たモノしか信じないし、見ても中々信じない。


人間は怖い。

恐ろしい。

そして弱い。


だから彼を見定め、助けたい。

組織に加え、いつかは私の悲願でもある " 普通ノーマル " になりたい。

彼もそれを望んでいる筈だ。

よし。

そうと決まれば電話だ。

組織に電話するのは昨日ぶりだ。彼が緊急逮捕されてしまったことを報告したら「………そうですか」と悲しい声が届いた。

やはり逮捕は想定外だったんだ。


「よし」


スマホのとあるアプリを起動させる。

画面全体が赤色一色になり次の瞬間、青色一色になる。2つの色が交互に切り替わり、数字が浮き上がる。

数字は1から9が画面上にバラバラと散らばっている。

数字たちは生きているように動き回っている。私をそれを押し間違いをしないように1から順番に9まで押さないといけない。

もし押し間違えるとスマホが強制的に電源が落ちる。


悪戦苦闘の末、やっと全ての数字を押し、通信が始まる。


「コードを」


人の声である。

ただ、人の温かみのある声質ではない。マニュアル通りのセリフしか言わない感じである。

試しに性別を聞いたが、秒速で通信を切断された。

コード以外を認識すると切断する仕組みのようだった。


「 " 狂風前線 " 」

「認証しました。2秒後に担当と繋がります」

「鷹茶綾様、どうされましたか?」


先程と打って変わって、人当たりの良い声の男性が出る。


「昨日の件ですが、観察対象者が釈放されました」

「アレ? 昨日、警察に連れて行かれた対象者ですか?」

「はい。彼です」

「昨日、見付けて、昨日、警察に連れて行かれた対象者ですよね?」

「……はい」


かなりバツが悪い。

天流川御男が能力を保有していることは、私が転送されたことで発覚した。

同時に私を汚したことで警察を出動させて、連れて行かれた。

汚されたことは担当に言っていないので、担当的には混乱しているはずだ。しかも釈放されているので、さらに混乱を招いているみたいだ。

下手をすれば、私が嘘を付いていると思われるかもしれない。


「鷹茶綾様、言い辛いのですが、対象者は本当に能力を保有しておりますか?」


来た!

完全に私を疑っている。

もう言う以外に道はない。


「応答願います! 聞いていますか? 対象者の能力はどんな能力でしたか? 昨日は興奮していたようなので、深くは聞きませんでしたが、今なら言えますか?」

「彼、天流川御男の能力は転送です」

「転送ですか。鷹茶綾様と同じですね。対象者も何かを座標として使いますか?」


なんて、鋭い質問だ。

答えないと警察に連れて行かれた理由も話せない。

心を決めよう。

鷹茶綾!


「尿です」

「尿? 聞き間違いでしょうか? 乳と言いましたか? 乳製品を使うんですか?」


普通の人間は、そう思う。

私だって、乳製品を座標として、対象物を転送して欲しい。

転送先が尿なんて地獄だ。出来ればヨーグルトの海が転送先だったら、嬉しい。いやいや嬉しくはない。尿に比べれば嬉しいというだけだ。


担当には、ちゃんとしたことを説明する必要がある。

説明するのも嫌だけど。


数分後。


「………悲惨でしたね」


そうでしょうね。

そういう反応になりますよね。私でもそういう反応しか出来ない。


「対象者が能力を保有していることは、理解出来ました。そこで鷹茶綾様に質問なのですが、彼は我々の組織に属すると思いますか?」


それは彼に聞かないと分からない。

私は、自分の力と向き合えなかった。自分では使用しようとしなかったが、私を利用しようとする人間は沢山、いた。

残酷なことに自分の両親だったから、逆らうことも出来なかった。

言われるがまま、力を使った。

言われるがまま、犯罪を犯してしまった。


彼には私から聞こう。

そうしないと私の独断と偏見で報告は出来ない。


「その答え、少し待ってもらえませんか?」

「承知致しました。こちらも彼ばかりに構っている暇はないので、早急に答えを聞きたいです。次の対象者が見付かりましたので」


担当は、そのまま通信を切った。

ちょっと怒っている様子だった。

いつも通りだったら、最後に「危険なことはしないで下さいね」と優しい注意喚起があるのに今回はなかった。

さすがに尿を座標にして、転送する能力は組織にとって必要ないのかもしれない。


でも天流川御男は私が見付けた。

見付けてしまった。

偶然で、汚されたけど。

私は、組織に助けられた。直視したくない現実から引っ張り出して貰い、辛い過去として処理出来るようになった。

今も思い出すだけで、震えてしまうけど、1人で立って歩けるようになった。

でもこの力を好まない。

彼もそうだと信じたい。


だから私は唾を吐いた。


「お嬢、汚いっすよ」

「………」


コイツ、帰れよ。マジで。

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