第9話 死人に口あり、しょうじに目あり

「カズヒロさん、あなたの気持ちはわかってるのよ」


 そう言った妻の顔は、可愛らしかった妻の顔とは似ても似つかず、しわくちゃの老婆の顔だった。


「この人が"本物"かどうか見極めたかったのよね。あなたがオカルトとか超能力とかをずっと研究してきたのは知ってる。それに……そういうものに目がない人だったことも。――どう? 私はあなたの妻で間違いないかしら?」


「――いやはや驚くべきことだよ。だが、どうやら君で間違いなさそうだ。まさかこの情報化社会の現代に"本物"がいるなんて……」


 今、カズヒロと話しているのは、確かにその妻だ。これまでに交わした会話からするとそれは間違いない。彼女以外の誰にも知りえない情報をいくつも知っており、事前の調査などでは到底わかりえない情報も含まれていた。

 しかし、それを伝えている顔や体は彼女のものではない。今、彼と向かい合っているのは霊能力者、――いわゆる『イタコ』と呼ばれる老婆のものだった。


 『イタコ』というのは、死者の霊を呼び寄せ、己の肉体に憑依させることができる霊能力者のことだ。古来から人は催事などのたびに祖先の霊などを呼び出し、その言葉を道しるべにしてきた。

 そして、カズヒロはこれまでに何人も『イタコ』と称する霊能力者を見てきた。しかし、そのすべてがまやかしだったと言っていいだろう。もちろん世の中に『占い師』という職業が存在しているように、話を聞き、人を導く、カウンセラーのような存在はいつの世にも必要とされている。そのため彼女たちを否定するつもりはない。だが、実際に霊を呼び出しているか、と問われれば、答えは"否"となってくる。これまでに見てきた彼女たちは、みな、それらしく演じていただけに過ぎなかった。


 だからかなり信ぴょう性の高いイタコがいる、と聞いた時、カズヒロはまたまやかしなのだろうと思った。しかし今回ばかりははどうやら勝手が違うようで、話を聞けば聞くほど本物であるかもしれない、という気になってきた。結局、人づてではらちがあかないと思いたち、取材と称して初めて彼女のもとを訪ねたのが半年ほど前のことだった。


 何度かにわたる取材の結果、少なくともカズヒロにはトリックやごまかしのようなものは見つけられなかった。『本物のような気がする』。そんな、限りなく白に近いグレーというところに心は傾いていた。――だが、決定打がない。何か確証を持てる一手が欲しい。カズヒロのそんな思いは、日増しに強くなってきていた。


「そして……そんなおりにタイミングよく私が死んだ。――だから、どうしても確かめずにはいられなかったんでしょう? どこまで本当らしく見えても、赤の他人のことじゃ本人だか確認しようがないから……」


「――いや、待ってくれ。その、もちろん『イタコ』が本物か見極めたかった、という思いがまったくなかったかと言えばそれはウソかもしれない。……けれど、もちろん一番の目的は、君を殺した犯人を見つけたかったからさ。君の無念を晴らしたかったんだよ」




 ――そう、妻は殺されたのだ。


 さかのぼること1ヵ月前。カズヒロが仕事を終えて家に帰ると、玄関は真っ赤にそまり、頭から血を流した妻が横たわっていた。何者かによって鈍器で殴られ、殺されたのだ。

 警察によると、犯行時刻に宅配業者らしき男が訪れていたようだが、本物の宅配業者だったのかはかなり怪しいらしい。現在のところ、捜査は難航しているということは聞いており、このまま犯人が見つからないのではないか……と噂になっているのをカズヒロは知っていた。


「……あらそうなの。なんて妻思いの夫なのかしら」


 妻は笑ってそう答えた。


「そうだよ。君のことを思っての行動さ。……だから、もし覚えていることがあったら教えてほしいんだ。まさか犯人も死人に口があるとは思わないだろうからね。どんなことでもいいんだ」


 そのとき、この場所の空気が変わるのを感じた。虫の知らせとでもいうのだろうか。冷たい風が通りすぎたかのように、部屋の温度が下がった気がした。それまで朗らかに話していたはずの妻が、じっとこちらをにらみつけている。


 そして次の瞬間、妻はカズヒロをまっすぐ指さしながら、言い放った。


「犯人は、――あなたよ」


 目の前にいるのは老婆なのは間違いがない。だが、その姿に妻の顔がダブって見えた気がした。カズヒロは、焦る内心を悟られまいと取りつくろうが、うまくいったかは自信がなかった。


「なっ……なにを言うんだ! 私のはずがないだろう! 君の夫だぞ! それに私にはアリバイがあるんだぞ!」


「普通の人は『犯人はあなただ』って言われて、最初から『アリバイがあるんだぞ』とは言わないものよ。それは完全に犯人のセリフ。もっと推理小説を読んだ方がいいわね」


「いや待ってくれ! 覆面だってきちっとかぶっていた……――いや……しかし、その……君は――もしや見て、いたのか?」


「あら、認めるんですね。あなたが殺したって……」


「いや……その、まあいい。――そうさ確かに私が殺したんだ。いい加減、君にはうんざりしていたんだよ。丁度、イタコの真贋を見極めたいという気持ちもつのるばかり。そこで気がつくわけさ……今なら一石二鳥じゃないかってね。それでこの計画を立てたわけだ」


 開き直ったカズヒロはペラペラと犯行の供述を始めた。同時に妻に対する恨み節も次々とわきでてくる。自分は悲劇のヒーローであるかのような思い込みに酔い、そんな自分に興奮しているようだった。


「――だが、どこにも証拠はないはずだ! アリバイもきちんと作ったし、私につながるような痕跡は何も残していない。まさか……死んだ君自身が見ていたと証言するわけにもいかないだろう? 君もいなくなり私は自由の身。イタコも本物で間違いない……君には悪いが、本当にやってよかったよ」


 カズヒロは、おかしくてたまらない、というように体をよじらせ笑う。だが、妻は冷静だった。


「あなたの計画にはね、見落としがあるのよ」


「――なんだと!? ……どこだよ、どこにあるっていうんだよ?」


「ふふふ……教えてあげる。――カメラよ」


「カメラ?」


「そう、カメラ。もちろんあなたは気が付いていないと思うけれど、私は部屋にいくつかカメラを仕掛けておいたの。そこに犯行の一部始終が映っているわ。あなたが調子に乗って覆面を外した時の顔もね。さすがにあなたと連れ添って10年以上にもなると、よからぬことを考えているのは顔を見ればわかるのよ。だから最悪の事態にそなえて、事前に準備しておいたの。正直なところ、まさか本当に殺されるとは思わなかったけれどね……」


「いや、まて……待ってくれ。何を言っているんだ? だって、……君はもう死んでいるじゃないか」


「あなたこそ何を言っているのよ。あなたが今、目の前にしているのは誰? 一定期間、連絡がなかったら『私』を呼び出してもらうように予約してあったのよ。このイタコさんにね。――あとは、この体を使って、あなたがいない隙に家に帰って、設置してあったカメラを確認するだけ。便利なもんよね」


 カズヒロは頭を殴られたような衝撃を感じ、全身の力が抜け落ちていく。そのまま立っていることもできなくなり、膝から崩れ落ちた。


「データはもう警察に送ってあるから、近いうちにあなたのところに来ると思うわ。ご愁傷様。でも、これから時間はたっぷりあるから、塀の中で推理小説でも読むといいわよ。あ、ファンタジーの方がいいかしら……」


 その言葉を最後に、妻は老婆の体から消えさった。

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