第6話 この部屋は幽霊が出る

「すぐ隣の部屋が特にオススメなんですけど、どうですか?」


 ここは内覧先のアパートだ。タクヤは定期的に引っ越しをしたくなる性分で、2年住んだ部屋に別れをつげ、新しい住処を探しているところだ。隣の部屋をすすめてきたのは、このアパートの大家だ。60代くらいで、いつから着ているのかわからない、くたびれたシャツに、こちらもくたびれたスラックスを身に着けている。


「隣? 角部屋の方ですか?」


「いやそっちじゃなくて、こっち側の部屋」。大家は右手側の壁を指さしながら答えた。


「こっちの部屋ね。――幽霊が出るんですよ」


 南向きで日当たりがいいんだよ、と同じくらい普通のテンションで大家はそう言った。


 事故物件の類かと思いきや、家賃は今いるこの部屋よりも5000円高く設定しているらしい。大家いわく、「今っていろんな人がいますからね。幽霊がいるっていうのも前面に打ち出していけば、需要があるかもしれないじゃないですか」ということらしい。そして、なんの偶然か、タクヤはそういうニッチな需要に合致する数少ない人物だった。


 長い人生、一度くらい幽霊に出会ってみたい。それに、もしあまりに怖かったり、その逆でちっとも出会えなかったとしても、また引っ越せばいいだけの話だ。住居にこだわりがないのは、こういうときに強い。タクヤは早速、大家と契約を交わし、その場で敷金礼金を支払い、来週から入居する手はずと整えた。


 そして入居して2週間。――いまだにタクヤは幽霊に出会えていない。


 部屋自体は古めかしく、確かにいつ幽霊が出てもおかしくない。しかし、肝心の幽霊が出てくる気配は一向にない。同じアパートに住んでいる大家に、何度か聞いてみるも、「相性が悪いんですかね」とか、「幽霊にだって都合ってものがありますからね」と、のらりくらりとした返事を返されるばかり。


 今更ながら、本当に幽霊が出るのか問いただすと、「前の住人が3日で出ていくというので、聞くと幽霊が出たと言っていた」「自分自身も何度も幽霊を見たような気がする」とそれっぽいことを言う。そりゃあ幽霊だって、幽霊集会とか、里帰りとかいろいろあるのかもしれない。そう自分に言い聞かせ、とりあえずひと月は待ってみようと決め込んだ。


 


 そして期限のひと月が経過した。しかしいまだに幽霊は現れていない。流石に頭にきて、タクヤは大家のもとに怒鳴り込んだ。


「ちょっと! ちっとも出ないじゃないですか!」


「いやー何度も言ったじゃないですか。きっと幽霊にだって都合ってものがあるんですよ。もう少し気長に待ってみたらいいじゃないですか」


「これが同じ家賃ならいくら待ったっていいですよ。でも幽霊が出るという触れ込みでこっちは5000円も高い家賃払ってるんです。幽霊が出ないんならここにいる意味なんてありません。出ていかせてもらいますからね!」


「お客さん、私は別に出て行ってもらってもかまいませんよ。でもその際は、敷金はお返しできませんからね」


「なんでですか! ひと月しか使ってないし、どこも悪くしてませんよ!」


 大家はその反応を待ってました、とばかりのしたり顔で答えた。


「……お客さん、だってあの部屋は『幽霊が出る』のがウリの部屋なんですから。幽霊が出るはずの部屋で、目玉の幽霊を出なくしといて現状が保持されている……なんて主張されましてもね。こっちもこれじゃ商売あがったりですから。敷金は置いていくか、あなたから幽霊にちゃんと出るように言ってやってください」

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