0016:理知

サラが気づいたのは能力を及ぼす対象のことである。


サラの仮説はこうだ。


ものを操る能力でいうものが指している範囲は物理的に存在しているものだけではない。


さらに正確に言うと、物理的に存在しているものでないと能力を及ぼすことはできないが、及ぼそうとするものが物理的に存在しているものを指していればそれ自体が存在していなくても良いのだ。


例えば、自分の手に持っているスマホを拡大させようとするなどの場合には簡単で、そのままスマホが拡大鏡で見たように大きくなっていく。


逆に、「大きい」と言う言葉があるが、これを拡大させることはできない。そもそも「大きい」を拡大するということが意味がわからないし、大きいとは具体的に何かものを指しているわけではなく、形容詞である。


では、「空間」という言葉はどうだろうか。空間は現代の物理では存在する物としては扱われていないが、確かに目の前に存在している。


いや、存在すると言い切るのは正しいことではない。存在しないと信じている人間にとっては確かに存在していないものである。しかし、現に目の前にあるのだから存在しているだろう、と考えた時点でその人にとってはその人にとって存在していることになり、同時に、空間という言葉が存在するものを指していることになる。


そう、サラは自分の考える空間というものを自分の頭上数センチまでの自分とツル植物との間に存在しているものに限り、その上で能力を及ぼすことで、自分の周りだけ不自然に拡大させ、結果、ツル植物を破裂させるに至ったのである。ここで、重要であったのはサラが空間というものは自分の頭上数センチまでに存在するものだ、と考え、信じたことにある。何も考えずに空間に及ぼそうとしていたら、最悪サラ自身がこの世に存在すると考えることができる限りの空間に能力が及んでいたかもしれない。しかし、そこはサラの賢いところで、自分にとっての空間というものの範囲を限定することで、ただ空間に能力を及ぼす、としても前述のような事態にはならなかったということである。


幸か不幸かサラはこの難解な能力に見合っただけの頭脳を兼ね備えていた。


さて、とうとうウィルマは自分で予想した通り最後の一人になってしまった。


もはや脱出する気力も残っていなかったので時々思い出したように涙が流れるだけで特に何もせず、ぼーっとしていた。


何もしていない時に限って思考は巡るもので、頭の中を様々なことが埋め尽くす。今の彼女の関心はなぜリンショウはこんなことをするのだろうかということに向いていた。


試しに一度思ったことを呟いてみる。


「確かに能力を極限状態でどう使うかということに関しては適しているのかもしれないわ、でもやりすぎじゃないかしら」


一度文句を言い始めるともう止まらない。


彼女は今までの弱気そうな顔とはまるで別人のような、人相になり、誰に訊かれているわけでもないのに捲し立て始めた。


「そもそもおかしいじゃない。厳しくて寄り付けない教官とよくわからないルールで勝手にこっちを罰してくる常時笑顔のサイコパスがいればもう一人の気軽な感じの人は優しいイケメンと相場が決まっているのになんなのよこの仕打ちは。やっていることはよっぽどキクチとかいう教官よりもサイコパスじゃない。

考えれば同期達にしたって薄情じゃない。もしこれがよくある学園ものの世界ならばみんなが教官に対抗して私を助け出してくれる。そしてみんなは言う。何か具体的には思いつかないけれど教官を唸らせるようなことを。それこそが物語序盤での気弱キャラかつ最劣等生の扱われ方よ。」


自己中心的で怒りっぽい、彼女は気づかないうちにもう一人の自分に支配されつつあった。


ウィルマ・コスナー


彼女はヴィスパの裕福な家庭で産まれ、両親の十分な愛を受けて育った。そのため、普段は非常に慎み深く、淑女たる行いというものを考えて動くことができた。しかし、生来持っている性質は隠せない。彼女は同時に非常に自己中心的な考えの持ち主であった。


そして、端的に言えばアンガーマネジメントに関して非常に大きな問題を抱えていた。


普段は模範的な淑女である彼女は臆病であるが故に色々と思考を巡らせてしまう。そうしているうちに、次第に現在の状況にあるのは周りのせいだ、という方向に考えが行き、怒りを覚えてくる。その怒りを鎮めてくれる要因がなければその怒りは次第に大きくなっていき、爆発寸前となる。


小さい頃はそれでよく癇癪を起こしてその度に両親はあまりある優しさを持ってそれを鎮めていたが、淑女として成長するに至り、その爆発寸前の怒りを押し込めてしまうようになった。押し込められた爆発物はいずれ限界が来る。


そうなるともう手はつけられない。手近にあるものはとりあえず破壊し、それが済んだらその収まらない怒りを発散すべく、周りに人がいれば当たり散らし、大怪我を負わせることも少なくはなかった。そんな彼女を沈めることのできた数少ない人物のうちの一人が彼女の母親、アニカ・ノーウッドである。そのため、学校で騒ぎを起こしたらすぐに彼女が呼ばれ、大事になる前にことを収めていた。そんな状況にウィルマ自身が非常に申し訳なさを覚えており、進学することになり、寄宿舎制の学校に行きたいと提案した。当然、両親は共に反対する。


「もちろん私たちとしてはあなたの気持ちを尊重したいわ、でもね、近くにも素敵な学校があるじゃない?そこじゃだめかしら……あなたがそんなに遠くへ行きたいと言うのなら止めないけど少し寂しいわ」


ああ上手いな、ウィルマは思う。理由は言わず、別の事柄に注意を向けさせ、さらに罪悪感も抱かせる言い方。ウィルマはこういう手法に弱かった。


「……わかったわ。あたし、近くの学校に行くわ。わがまま言ってごめんなさいね」


両親は申し訳なさそうな顔をする。やめてほしい、申し訳ないのはこちらだ。


「じゃあ手続きのために学校に行ってくるわね、帰りにあなたのお気に入りのお菓子を買って帰るわ」


両親は車に乗って出かけた。玄関から出る両親の顔は逆光になってよく見えなかった。


そして、その日両親が帰ってくることはなかった。


交通事故である。


そして、ウィルマは事情を説明しにきた警察官の前では怒りを堪え、謝りにきた相手方の前でも極めて落ち着いた態度をとった。その姿に警察官は心の中で涙したが、彼女の内心は一転、烈火の如き怒りで埋め尽くされていた。当然怪我をしている相手を労わりつつ、病院まで送り、密かに病室番号を控えた。


その夜、彼女は遺品を整理していた時に見つけた両親がひた隠しにしていた護身用の銃を持ちだし、ウィルマの両親は普段使いともう一台、予備の車を持っていたのだが、その車に乗り込んだ。

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