ホットケーキに、生クリームと苺ジャムを添えて

彩霞

第1話 葉ちゃん

「これと言って、変わったことはないねぇ」


 スマホの画面に映っている叔母がぼんやりとそう言ったので、私は「どういうこと?」と尋ねた。


「今まではさ、英里とテレビ電話をするときはスマホでしていたんだけど、今回初めてパソコンでやってみたって言ったでしょう?」

「うん」

「だけど、特に大きな変化はないなぁって。そう思っただけ」


 確かに叔母のようちゃん(名前が葉子ようこなので)とは、以前から頻繁にテレビ電話をしていた。声だけの電話で済むことも、何故か彼女とは顔を見て話したくなってしまうので、いつも画面にお互いの顔を映してくだらない話をしていた。


「じゃあ、あまり新しい感じはしない?」


 世間がリモートワークやリモート授業をするようになったので、今までスマホでしていたものをパソコンでするか、となってやってみたのだが、彼女は変わり映えがしないというのだ。それもそうだろう。いつもやっている人にとってみれば、ただ単純に画面の大きさが変わっただけなのだから。


「大きく見えるようになったから、見やすくはなった」

「それはよかったね」


 葉ちゃんは、デスクトップのパソコンは持っていたから、カメラを買って付ければ最初から大きい画面で話が出来たのだが、古くて操作は遅いし、セッティングだのなんだのが面倒だと言って、結局お金を貯めてカメラ付きのノートパソコンを購入した。

 そして今日は、それが初めて出動したのである。


「それにしても」

「うん?」

「まさか世間でこういう状態が一般的……でもないだろうけど、推奨されるとは思わなかったな」


 私は少し考えてから、葉ちゃんの言葉を自分なりに置き換えてみた。彼女はたまに独特な表現をすることがある。


「こういう状態って、家が近いくせに、ってわざわざテレビ電話をすること?」


 すると叔母は頷いた。


「端的に言えば、そういうこと」


 私たちはお互い、車だったら二十分、電車だったら十五分乗って十分程度歩けば会うことが出来る場所にいるのに、テレビ電話を使って会話をしている。それは2020年に新型コロナウイルスが世界中に広まる前から始まっている。原因は、私が中学生のときに家出をしたせいなのだけれど。


 今から五年前、当時中学三年生だった私は冬休みが始まろうとしていた直前、急に受験勉強が嫌になって家に帰らなかった日があったのだ。その後、叔母の家いると分かった母は、翌日私が帰ってくるなり「葉子と話したかったら、会いに行くんじゃなくて電話をしないさい」と言ったのだ。母は言葉が少ないし、感情を強く面に出すようなことをしないので、娘の私でも掴み切れない時が多々あるのだけれど、相当怒っていたと思う。それは何となくだけれど分かる。


 当然私はそれに逆らえるはずもなく、初めは受験が終わるまでをテレビ電話で会話するとしていたのだけれど、母に断らず葉ちゃんと話したくなるときはどうしても後ろめたい気持ちになって、テレビ電話での会話は今も続いている。


 ちなみに「あの日」は、元々「葉ちゃんに会いに行きたくて母に連絡をしなかった」わけではない。しかし母がそういう解釈をしてしまったので、私と葉ちゃんはそうせざるを得なくなったのだ。


 そしてその名残で高校受験が終わった後も時々そうしていたのだが、いつの間にか世間方がテレビ電話が当たり前になってしまった。

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