第3話 幕開け

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 その村は、山の中腹にある林業を中心とし古く寂れていた。若者は少なく年寄りばかりになり、あと十年も経たないうちに廃村となってしまうだろうと初めて訪れた者はそう思うに違いない。


 しかし、この村は昔からこの状態なのである。年寄りばかりで特に何も無く、しかし、それでもずっと変わらず村として存続しているのだ。


 なぜなら、ここはこの国の偵察部隊の中継基地になっており、それを寂れた村としてカモフラージュしていたのだ。だから廃村するわけでもなく、ひっそりと存在し続けている。


 村に到着する前に、ぼろぼろのマント姿になりフードを深く被ったCodeNo.1103と戦場監察官の二人は、一軒の藁葺き屋根の家の前に止まり、乗ってきた馬を、隣にある古い馬小屋へと入れた。


 しかし、いくら待っても馬小屋から二人の姿が出てこない。馬に何かしらのトラブルがあったのだろうか。


 実は藁葺き屋根の家屋の方は実際に人は住んでいるがダミーで、馬小屋には隠し階段があり、その階段は地下にある隠し部屋に繋がっている。また、その部屋の出入り口も一つや二つではなく、村にある家屋内や別の馬小屋、はたまた空井戸や村の裏手までとたくさん作られてある。もしもの時の為である。また、用心に用心を重ね、どこで情報が漏れるか分からないため、村人役の人間も全員に全ての場所を教えているわけではない。また、村人役の人間達がその任務を終えた後、どこに行ったかは誰も分からない様にするなど、徹底的に秘密を守り通している。


 そんな部屋に能力者三名、戦場監察官三名、軍関係者二名の八名が集まっている。


 軍関係者の一人であるシュワンツ大尉から、ここから少し先に行った隣国との国境線付近の山林に能力者数名が、時々国境を越え不法入国し、偵察部隊や国境警備隊との戦闘を繰り返し、最近、派遣した増援部隊及び偵察部隊の全滅を確認。能力者の人数は不明。ただし、増援部隊は男型の能力者を要した部隊であることから、敵の能力者は三人以上ではないかと推測される。


 そして、今回の作戦として、CodeNo.1103を主として、CodeNo.1009とCodeNo.963の二名を補助として配置する。CodeNo.1103の実力もだが、CodeNo.1009と963の実力も折り紙つきである。しかし、何があるか分からないのが戦場であり、最悪の事態に備え、この村とは別の場所にある、能力者数名を待機させている。


 シュワンツ大尉が説明し終わると、もう一人の軍関係者と部屋の奥にある部屋へと移動した。


 部屋に残された能力者三名と戦場監察官三名は、もう一度、作戦の確認の為、中央にあるテーブルに集まり地図を確認している。今回の作戦に来ている戦場監察官達は、お互いに見知った顔であり、スムーズに確認作業を終えることが出来た。


 「久しぶりですね、イヴァンナ監察官」


 CodeNo.1009の戦場監察官が、イヴァンナと呼ばれた1103の戦場監察官へ声をかけた。


 「そうですね、ノンナ監察官」


 二人は同期であり、共に同じ戦場を能力者達と生き抜いた戦友でもある。そこへCodeNo.963の戦場監察官であるユリア監察官も混じり、近況などについて話している。


 戦場監察官は、先に述べた役割が仕事であるが、それを遂行するにあたり、能力者と共に戦場で生き残る程の戦闘力、そして強い精神力、的確な状況判断力、素早い決断力などを求められるエリートしかなれない。しかし、能力者相手という事と過酷な仕事環境もあり、いくら報酬が同じ階級の兵士よりも格段に良くても、志願する人間は少なく、志願した者達も周りから変わり者扱いされる事が多い。定年の早い戦場監察官……基本的に三十五歳……を引退したものは、兵士として戦場へ戻らず、育成監察官となる事が多くある。


 「あれが死神少女DeathDollかい?」


 ユリアがCodeNo.1103を親指で指さしイヴァンナに尋ねる。CodeNo.1009とCodeNo.963に比べるとやはり七歳の少女はとても小さく、あの死神少女DeathDollと呼ばれ恐れられているとは到底思えないだろう。


 「そうですよ、ユリア先輩」


 「やっぱり、小さいですねぇ。こんな子が戦線で戦うなんて想像がつきません」


 「まぁ、能力者は見た目じゃわからんし、元々の能力値の高さにあのアンジェラ監察官の育成。間違いないだろう」


 ノンナ監察官と共に行動するCodeNo.1009は、年齢十五才。身長は約百六十センチ。金髪緑眼。腰ほどまで伸びた長い髪を三つ編みにして一つに纏めている。また、その愛らしい見た目とは裏腹に、戦線では緑眼の捕食者predatorと呼ばれている。


 ユリア監察官と共に行動するCodeNo.963は、年齢十七歳。身長は百七十センチと三名の能力者の中では一番大きく、黒く艶のある髪は背中の中ほどまであり、前髪は眉の上で綺麗に切りそろえられており、その美しさを際立たせている。しかし、一番目を引くのは、その美貌ではなく、左腕がないことだろう。しかし、片腕であっても戦線で戦うことには支障はなく、隻腕の殺戮姫SlaughterPrincessと呼ばれ、死神少女DeathDollの様に戦線の兵士を恐怖へと陥れている。


 確かに、百七十センチの963と百六十センチの1009と一緒に百十五センチの1103が立つと、その体格の小ささが特に際立っている。






 イヴァンナ達が馬小屋の地下で作戦会議を行っているその頃、山村から数キロ離れた山林の中で、静かに息を殺しながらゆっくりと進む九つの影がある。


 その中の一人は、他の者達よりも先行し、音も立てずに枝から枝へ飛び移り、辺りの様子を窺っている。


 そして、周りに敵の気配や罠などが無いことを確認すると後にいる仲間たちに合図を送り再度先行していく。


 リーダーと思われる人間を真ん中に、リーダーのすぐ横に一人、前に二人、左右に一人づつ、そして後方に二人。先行している者も含めた全員が、くすんだオリーブ色のぼろぼろのマントを纏い、顔にもオリーブ色の布で目から下を覆い隠している。


 とても良く訓練された部隊の様で、移動中においても一切乱れることなく、自分と他者との間隔を一定に保ち進んでいく。


 ある程度、移動していくと、リーダーと思われる者がすっと手を挙げた。すると、周りを囲み移動していた七名はそれに従い、動きを止め、リーダーの周りに集まってきた。先行していたものだけが木の上で辺りの様子を窺い続けている。


 リーダーは、顔を覆っていた布を下へとずらした。二十代半ばと見られる女性であった。隣国の戦場監察官であるヴァレリーである。


 そして、彼女を囲む七名と木の上で待機している一名の八名こそが、最近、国境線付近で戦闘を繰り返している能力者の部隊である。


 しかし、軍部は隣国の能力者は三人以上と予想していたが、まさかそれでも八名もいるとは予想外の人数であった。


 「国境線は超えた。今回の任務は数キロ先にある山村を襲撃し壊滅させる」


 ヴァレリーは地面に地図を広げ、自分たちの位置と山村の位置を指さす。


 「今から赤猫が先行し、山村の家屋に火を付け騒ぎを起こす。ある程度、火を放ち騒ぎとなったら、赤猫は村の西側に待機。そこで黒猫と合流しろ。そして、騒ぎに便乗して、二人一組で、それぞれ山村の東西南北から襲撃する」


 赤猫と呼ばれた能力者は、こくりと頷くと黒猫と呼ばれた能力者と目を合わす。


 「気を付けろ。今回はあちら側も狂戦士を連れて来ている可能性がある。数十キロ離れた向こうの山岳地帯で死神少女DeathDollが我が帝国の部隊を全滅させているからな。万が一、二人のうちのどちからかがやられた時は、なりふり構わず逃げろ。逃げきれぬ場合は……自爆しろ」


 ヴァレリーは、そう言うとマントを捲り、胸の辺りにある赤い紐をみんなに示した。その赤い紐を引くと、着火装置が作動し、心臓の真上辺りに取り付けられている超小型爆破装置に点火し爆発する。とても小さな爆発だが心臓が吹き飛ばされ確実に死ねる。


 静かに頷く能力者達。幼さの残るその目には何の迷いも見えない。


 「ふん、万が一、お前らがみんなやられた時は、私も一緒に地獄へと付き合ってやるさ」


 ヴァレリーはにやりと笑うと、時計を確認。そして、みんなと時計の時刻をぴたりと合わせ、山村の方へと視線を向け言った。


 「さぁ、作戦開始だ」

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