宝くじを当てて浮かれていると借金取りに追われてる美少女に出会いました。次の日から美少女が俺の家で「おかえりなさい」と出迎えてくれるので全速力で帰ります。

平涼

第1話 甲賀大樹と間宮雫

 「……嘘だろ」


 何度も頬を抓り、頬を叩き、頭を叩きつけるが目の前の景色が変化することはない。

 ただ、顔面が痛いだけ。


 「きた!きた!まじかーーー!!俺は人生の勝ち組だ!」


 何度も跳躍し全身が火照りながら発狂し続けるとお隣さんからカッコよさ皆無の壁ドンの音が聞こえて身体が委縮する。

 ……夢じゃない!!


 俺、甲賀大樹こうがだいきは――宝くじに当選しました!!


 テレビに映し出されている数字と俺が手に持っている宝くじの数字を何度見返しても全部当たっている。


 「…さ、ささささ、三億円が当たったんだ」


 身体が興奮しすぎて震え、歯がカチカチと鳴りまともに喋れない中で言葉を反芻する。


 「…ど、どうしよう」


 何度も全力で家の中を駆け抜けたい衝動を必死に抑えて、外に出る準備を始める。

 これ以上、お隣さんに迷惑を掛けるわけにはいかないし今のままでは間違いなく夜に眠れない。


 四月の夜はまだ肌寒いので黒のアウターを寝巻の上に着込んで、ポケットの中に宝くじの当選紙を握りしめてポケットの中に入れて靴を履く。

 用心のために鍵を閉めて真っ暗な夜空の中を眺めながら外に出ると、白い吐息を吐きだしながら歩く。


 ……今まで運が良かったことは多々あるがまさか宝くじに当たるとは想像していなかった。

 高校受験の時に偶々勉強していた所が出た、道に一万円が落ちていた、スマホのソシャゲで良いのが連続で当たる、旅行で百万人の来客者として豪華賞品を受け取るなど色々と幸運は付いていたが、まさか宝くじに当たるとは少しだけ熱が冷めた今でも信じられない。


 街灯に照らされて微かに聞こえる車のエンジン音、バイクの排気音が耳にBGM代わりに聞こえながら歩いて行く。


 「――働かずに生きていけるかも」


 人生で何億あれば生きられるのかは不明だが、俺は六十年以上は生きられる気がする。

 幸せな時間に浮かれてスキップをしながら歩いて行く。


 「――キャ!?」


 「いっ!?」


 夜空を見上げながらフラフラとスキップをしながら歩いて前を見ていなかった。

 女性の小さな悲鳴と俺と衝突し胸に痛みが走るのは同時で慌てて前を見る。


 「ご、ごめんなさい!前を見てなくて…って間宮さん?」


 身体が衝突したのは俺と同じ学年の学校一美少女の間宮さん。

 透き通る黒の髪の毛、綺麗な顔立ち、長いまつ毛にぱっちりとあいた眼が俺を見るが、その瞳は酷く揺れて恐怖の顔に滲んでいる。


 「…本当にごめん。何処か怪我をした?」


 「あの、貴方は」


 間宮さんは当然というべきか俺の事を知らない。

 まあ、当たり前だ。

 相手は学校一の美少女で男子達の標的の的、俺は同じクラスでも無ければ同じ学年というだけの普通の一般学生だ。


 実は学校一美少女と関りがあるなどとラブコメ主人公の特殊能力は持ち合わせていない。


 「俺は同じ学年の甲賀大樹。分からなくても当然だけど一応同じ学年だよ」


 「そ、そうなんですか。す、すみません。今は少し忙しいので」


 「追い付いたぞ」


 「逃げ足の速い奴だ」


 「ん?」


 間宮さんが酷く怯えた様子で体を震わせている中で、背後から黒い正装を着込んだ屈強な男が二人現れる。

 一人は短髪のスポーツ刈りで二十代前後の男性、もう一人は少し白髪が混じり顎髭を長く生やした五十代ぐらいの爺さんだ。

 どちらも目つきが鋭く相手を威嚇するには十分すぎる図体だが、明らかに間宮さんの怯えは目つきだけではない筈だ。


 二人が近づいたのに合わせて俺もまた二人の前に立つ。


 「この子に何の用ですか?」


 「あ?お前は誰だ?」


 短髪のスポーツ刈りの男性の鋭い瞳が更に険しく光り、俺を睨みつける姿に委縮してしまいそうになるが、ここで退くわけにはいかない。

 怖いし足は震えそうになるのを必死に唇を噛みしめて耐える。


 「そこを退きな。俺達はそこのお嬢ちゃんに用があるんだ」


 「嫌だよ」


 一歩前に出そうになるのを俺は横にずれて通せんぼする。

 このまま間宮さんの所に二人を連れて行くわけにはいかない。


 「痛い目に遭わないと分かんねえのか?」


 「あいにく女の子を傷つけてまで退けとは親に教えてもらってないんでね」


 「ハッハハ。愉快え勇敢な男の子だ。しかし、私達も退くわけにはいかない」


 傍観していた白髪交じりの爺さんが豪快に笑いながら間宮さんを指差す。


 「彼女の父親の借金――二億円。父親がいない今はその娘さんがその手で払って貰わなければ私達が生活に困ることになる」


 「え?」


 突然の出来事に慌てて背後を振り返ると間宮さんが目を伏せて悲しみに憂いた表情をしている。


 「…どういうこと?」


 「…わ、私の父が借金をして二億円の負債を抱えているんです。だけど、父は突然消えてしまって…家に帰るとその二人が来て急に借金を返せと言われてしまって。私は慌てて逃げたんです」


 段々と話が見えてきた。

 この人たちは借金取りで、借金をしたのは間宮さんではなくその父親。

 間宮さんが帰ってからこの人たちが現れて逃げ出した所で俺が偶然にも遭遇したという事か。


 「間宮さんにお金を払わせる前にまずは父親を探さないんですか?」


 「探した後だよ。最終的には海外に消えたってよ。その子の家族はもうこいつしかいないからな。運が悪いとはいえ仕方がねえ。俺達も生活があるんでな。お金を受け取らなければ俺達がクビだ」


 分かっている。

 この人たちは今の話通りなら何も悪くはない。

 間違っているのは間宮さんの父親だ。

 海外に逃げていることも事実なら間違いないく間宮さんを嵌めている。


 「分かればそこを退きなさい。これは仕事なのですから」


 二人が俺の間を通るのを黙って見過ごしてしまう。

 どう考えても正しい事を喋っているのは向こう側で俺はただ何も出来ない通りすがりの平凡な高校生。

 止める権利も無ければ止められる理由もない。


 ――――だけど、それがどうした。


 「分かった!なら、俺が借金を全額支払ってやる!これで文句はないだろ!」


 後ろを振り返り借金取りの二人にポケットの中に入っている宝くじの当選番号の紙を見せつける。


 「はあ?お前はまだ高校生だろ?払える訳ねえだろ」


 「よく見て下さい。これは、宝くじの当選紙だ。嘘だと思うなら今回の宝くじの当選番号を確認してください。俺は、三億円を持ってる!」


 「ほう」


 白髪頭の爺さんが俺に近づき老眼なのか眼鏡を付けて俺の当選番号を見てスマホを取り出した。

 確認したのかスマホをポケットの中に入れて溜息を一つ零す。


 「…ホホ。確かに当たっておる。驚いた。これでは本当に払えてしまう」


 「マジか!?」


 短髪の人の方も気になったのか俺の当選番号を見て慌ててスマホを見つめている。


 「――ガチじゃねえか」


 「これで良いでしょう?交換して指定の口座に振り込むから間宮さんには手を出さないで下さい」


 冷や汗を流しながらも俺の三億円生活が水の泡になって少しだけ涙が出そうになるが後悔はしていない。


 「実に面白い話だ。しかし、一つだけ気になる点がある。私から見ても君と彼女は偶然出会ったばかりなのだろう?どうして、ここまでするのかね?」


 確かに不自然な話で気になるかもしれないが、俺は……、


 「後悔したくないからです。目の前で泣いて今から酷い目に遭う人を見捨てて生き続けても一生その後悔を抱えて生きるのは嫌です。それに、俺が持ってても無駄に使うだけですから」


 「ホッホホホ。これは面白い人に出会った。近頃の若い者は駄目だと聞きますが中々どうして面白い。分かりました。今日の所はお引き取りしましょう」


 白髪交じりのお爺さんは愉快な顔で笑いながら俺の方を一瞥して通り過ぎていく。


 「…因みにこちらの紙にサインを頂けますか?」


 「は、はあ」


 白髪頭の人が思い出したのかハッとした表情で見せられたのは借金を肩代わりする為の契約書類だったので入念に変な部分が無いか確認してサインをした。


 「…これで、完了です。今後、もしも払わなければ貴方に請求が来ると考えて下さい」


 「絶対に払うから安心して下さい」


 俺がサインを描いた契約書を綺麗に折ってポケットの中に入れて去り際に忠告されるがここまでして逃げるわけがない。


 「あ、因みにもう一つお伝えしたいことが」


 ん?

 今度は白髪頭の人がニヤニヤと悪戯っ子の様な笑みを浮かべている。


 「我々は正規の借金取りです。彼女に危害を加える気も身体で払わせる気も無かった。精々、メイド喫茶などで働いて返して頂こうと思ってましたよ」


 「は?」


 はああああああああああ!?


 「え、それはどういう……」


 「ホッホホホ。どういうことでしょうね」


 白髪のお爺さんはこれ以上喋ることも無く真夜中の静かな空間で愉快な笑い声だけが聞こえている。

 ……全部俺の勘違い!?

 


 「嘘だああああああああああ!!」


 今までの興奮も全て消え去り、血の気が引いて淡白な顔色になりながらポケットから手を出して絶叫しながら全速力で家に帰った。


 ◇◇


 今日も学校が終わり友達と少し談笑をしてから帰路へと歩いている途中に昨日の件が蘇り何度ものたうち回りそうになるのを必死に隠す。


 『後悔したくないからだ』


 何て言いながら本当は普通の借金取りでメイド喫茶などで働かせるなんて聞いた時には俺は羞恥心で死にたくなったぞ。

 ……いや、本当に恥ずかしい。


 まあ、助けたことは全く後悔はしていないけど俺が漫画の主人公の様な台詞を吐くなんてカッコつけたのが間違いだった。


 「……無駄にカッコつけるのは主人公だけで十分だな」


 俺の趣味は漫画、小説、アニメと根っからのオタクで家に引き籠っている訳ではないが、部屋には本が山積みに置かれている。


 因みに俺が一人暮らしを始めたのが漫画や小説のせいでもある。

 家に置くスペースが無くなり捨てるか売るかの二択を迫られたので、高校に入学をするのを機に一人暮らしをすることを決意した。

 なので、テレビや布団などの必要最低限の物以外は全て漫画と小説で埋め尽くされている。


 そろそろ整理をしたいが、流石に本が二千冊を超えて直すのが億劫になっている。

 家政婦などを雇いたいが高校生で一人暮らしをしている俺に雇うお金なども…いや、待てよ。


 俺にはまだ二億円は消えたが、一億円は残っているので家政婦を雇う事も出来る!

 考えたら即実行が俺のモットーだ。


 家に帰ったら週に一日でも家政婦を雇って本の整理を頼もう。

 後はカップラーメンなどのごみや台所に置かれている冷凍食品の山積みも……って、本格的に掃除をしないとゴミ屋敷と間違われそうだ。


 「ただいまー」


 誰もいないと分かっているが、今までの習慣的に発言して家の中に入って思考が停止し、動きも止まってしまう。


 「……え」


 おかしい。

 俺の玄関は靴が二足、サンダルが三足とバラバラに散らかって置いてあるはずなのに、今は綺麗に整えて置かれている。


 「…泥棒ではないよな」


 泥棒がわざわざ勝手に入って綺麗にするわけも無いし寧ろ綺麗にする前が泥棒に入られたかのような部屋だったのに綺麗にするメリットはないだろうし。


 「あ、帰って来たんですね。昨日は本当にありがとうございました!」


 部屋に入ると美少女であり昨日に出会ったばかりの間宮さんがピンク色のエプロン姿で現れる。


 「え?」


 「おかえりなさい」


 満面の笑みで迎え入れてくれる間宮さんだが…美少女が俺の家に入っていて出迎えてくれるってどういうことですか?

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