完全変態母

 ヒヨリと母さん(魔法少女)の戦闘が続いている。


 一発の威力なら母さんの魔法の方が上のようだけど、ヒヨリが手数で圧倒しているようだった。


「くうっ……はあ……はあ……あなた、本当に魔王の手下なの? このあたしがここまで追いつめられるなんて……」

「私も……はあ……この神殿を守護する者として……はあ……負けるわけには……いかないのです!」


 母さんは立っていることもできず、膝をついている。そして、ちょっと引くくらいの大汗をかいている。更年期障害というやつだろうか? まだ早いか。


「フフ……こんなに汗かいたの、現役で踊ってた時以来だわ!」

「わかっただろ、母さん。ヒヨリはすんごい強いから敵わないって」

「まだよ! まだ母さんは変形をあと一回残しているわ!」


 それはどちらかと言えば悪役のセリフでは?


「そんな! まだ切り札を残していたのいうのですか!?」


 ヒヨリも普通に驚いてやるな。


「戦闘変態『幼女(プレティーン)』!」

「んなっ!?」

 母さんの体が光につつまれていく。これは確かに魔法少女っぽいが、実の母親の変身シーンを見たところでなんのありがたみもない。

 ちなみに「変態」は昆虫などの生物が成長の過程で形を変えることを指すが、今の母さんに関しては違う意味の方が当てはまるだろう。

 纏った光がほどけていき、母さんの姿が露わになる。


「な……ええええええ!?」


 服装には特に変化はない。

 ただ、身長が二割くらい縮んでいた。

 そこに居るのはランドセルを背負った、可愛らしい小学生だった。


「完全変態・魔法少女じゅりりん!」

 決めポーズをする小学生姿の母さん。

 なるほど、見た目は可愛らしいが「完全変態」という言葉はあながち間違いではない。


「フフ……驚いているようね。この年齢変化こそ、魔法美少女フレキシブルじゅりりんがフレキシブルたるゆえん! さあ、行くわよ! 体操着が入っている袋ハンマー!」


 幼女の母さんはランドセルにぶら下がっていた布袋を外すと、紐を持って袋の部分をヒヨリに向かって叩き付けた。

 ああ、僕も小学生の頃は、ああやって友達とふざけてたなあ……なんてレベルではない。

 武器名の語呂は最悪だったが、威力は最凶だ。


「きゃああああっ!?」


 シールドを展開したヒヨリをいとも簡単にシールドごと吹き飛ばしてしまった。

 なんたって完全変態だ。布袋であるはずがないと思ってはいたけど、よもやこんなに強力なものだとは思ってもみなかった。

 

「ヒヨリ! 大丈夫!?」

「くっ……」


 壁にたたきつけられたヒヨリはずるずると崩れ落ち、立ち上がれないでいる。


「これが完全変態幼女の力よ! あたしは若くなればなるほど強くなあああるッ!」


 幼女の母さんは布袋をびゅんびゅんと振り回し、防ぐことしかできないヒヨリに往復ビンタを食らわせる。


「ほらほらぁ! さっきまでの勢いはどうしたの!?」

「ちょっ……母さん! やめて! ま、魔王は僕なんだから、僕にやればいいだろ!」

「ダメよ。こんなに強い手下なら放っておくわけにはいかないわ!」

「違うんだ! ヒヨリは関係ない! 魔王でも手下でもない! だからやめて、このままじゃヒヨリが……」

「魔王じゃないって何よ! さっき烈人が自分で言ったんじゃない! そんな無責任な子に育てた覚えはないわ!」


 ヒヨリは母さんの攻撃に耐えきれず、再び吹き飛ばされてしまった。


「うぐうっ……く……」

「これで止めよ。すぐ楽にしてあげるわ」


 もう体を起こすこともできないヒヨリに向かって母さんはランドセルから縦笛を引き抜いた。

 まるで鞘から刀を抜くような所作でケースから縦笛を出すと、柄の部分だけが縦笛になった、赤く輝く光の剣だった。


「行くわよ……月経流刀剣術・初潮ノ型!」


 その酷いネーミングやめろ。

 緊迫した場面なのに、母さんの武器や技がいちいち緊張感に欠ける。

 だからかはわからないが、母さんがヒヨリに向かって駆けだした瞬間、僕の体も勝手に動いていた。


「やめてって言ってるでしょうが!」


 ラグビーのタックルのように、横から母さんに抱きついた。


「れ……烈人……いけません……危険です」


 母さんはおかまいなしに僕を引きずってヒヨリにせまる。


「こら離しなさい! 烈人! 幼女に抱きつくなんて事案よ! この変態!」

「完全変態幼女に言われたくないわ!」


 確かに母さんは強い。

 さっきはヒヨリとの戦闘でビビってしまったけど、不思議と恐怖なかった。

 だって、母さんだから。

 そりゃあ怒られたことは何度もあったけど、基本的には優しいし、やりたいことは何でもやらせてくれた。


「そんな母さんは……」


 一度母さんから離れると、ヒヨリと母さんの間に立ちふさがった。


「母さんはそんなことしない!」

「そこをどきなさい! 烈人おおおぉぉぉ!」

「やめてって言ってるでしょうが! お母さあああぁぁぁん!」


 今度は顔をそむけることはしなかった。

 目もつぶらなかった。

 微動だにせず、母さんと目を合わせ続け、精一杯、腹の底から声を張った。

 縦笛の剣は僕の前髪を少し焦がすくらいの位置で止まった。

 すると、すぐに光の刃は消え、母さんも光に包まれて大人の姿に戻った。


 一番変わって欲しい服装はそのままだったが。


「はっ!? あ……あたしは……なんてことを……。ごめんね、烈人。完全変態幼女になると、母親なのを忘れて子供っぽくなっちゃうみたいで……てへへ」


「てへへ」で殺されたのではたまったものじゃない。


「はあああああ……もう、どうなるかと思ったよ……ってこんなことやってる場合じゃない! ヒヨリ! 大丈夫!? ヒヨリ」

「わた……し、大丈夫……です。少し……消耗して……」


 ヒヨリは壁に手を着きながらヨロヨロと立ち上がった。


「ごめんなさいね。完全変態幼女で戦ったことなかったから、手加減できなくて」

「まったくだ!」

「そうだわ、烈人。母さん烈人に話があります!」

「へ……なに?」


 母さんがこの口調になるときは説教の前触れなんだが、異世界まで来てなにがあるっていうんだ。


「もう! 異世界まできて、そこらじゅうにこんなもの隠して! 母さん全部回収してきたんだから!」


 そういって母さんが布団叩きの杖をくるりと振るうと、空中に雑誌とDVDが出現してどさどさと床に落ちた。


「なっ!? こ……これは!?」

「男の子だからこういうのに興味があるのは仕方ないけど、もっと上手く隠しなさい!」

「だからなんで全部見つけちゃうんだよ! こんなの探すの母さんだけなんだから、見つけてもそっとしておいてくれればいいのに!」


 床に散らばったエロの類を、無様に這いつくばってかき集めていると、背後から殺気を感じた。


「烈人……? さっきそういった類の物は全部処分したといってましたよね? どうしてここにあるんです?」

「そ、そそそそれは……」

「烈人のお母様がおっしゃる通り、躾が必要なようです……ね……」

「いやああああああああ! やめてええええ! って、ヒヨリ!?」


 メガネをギラリと光らせた直後、ヒヨリは気を失ってしまった。

 僕は崩れ落ちそうになるヒヨリを慌てて支えた。


「あら大変! あたしがやりすぎちゃったから……」

「母さん、回復魔法とか使えないの?」

「そんな都合よくあれもこれも使えないわよ。でも魔法陣があればちょっとした治癒ならできるから、烈人も手伝って」

「できんのかよ……」


 母さんのことは尊敬している。

 僕と同じくらいの年頃からアイドルを続け、引退直後からは僕の子育てだ。

 それだけでも凄いのに、妹も産んで、育てて、週に数回とはいえダンスの講師をやりながら、毎日弁当も作ってくれる。

 そのうえ異世界に来てまでこの適応能力である。

 アイドル時代に培った物なのか、なにか体の中を一本の芯があるかのように、ブレない。

 肉体的にも、精神的にも。

 今日ほど母は偉大だと感じた日はない。

 色んな意味で。

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