天袋内地獄

 ああ……メンチビームの痛みはどれほどのものなんだろうか。

 燃え上がった挙げ句、直接的な死因は呼吸困難……なんてのは勘弁だ。一番苦しい死に方らしいじゃないか。

 できれば銃で頭を吹き飛ばすように、一瞬で楽にして欲しい。


 そのとき、バサッと音がした。

 今の所、僕の体は燃え上がる気配も、頭を吹き飛ばされる気配もない。

 恐る恐る目を開けると、どうやら一冊の雑誌が僕が押入れに倒れた衝撃で開いた天袋から落ちてきたらしい。

 その雑誌は……血気盛んなお年頃の少年が、押し入れの奥に仕舞わざるを得ない本である。


 一応言っておくが、僕の本ではない。父さんのだ。

 父さんが小さい頃などは、「そういった類の本」をやっとの思いで入手しても、母親の捜索を逃れるのに四苦八苦したらしい。

 そんな本が上から降ってきた。

 そして、おそらく何度も開かれたせいで開きやすくなったページが自動的にフルオープン。

 メイド服を着崩した、豊満ボデーのモデルさんが見開きで「アーン」な状況になっている、おそらく父さんにとってのとっておきのページだ。

 やめろ!

 本とかビデオテープとか、所持者の性癖の片鱗が残るやつ、ほんとやめろ!

 これだから昭和のメディアは!


 父さんの知りたくもない性癖を知ってしまい、げんなりとしていると、白いお姉さんがそのエロ本(あ、エロ本て言っちゃった)を手にとって、不思議そうに見開きのページを見つめている。

 この隙に逃げ出せればよかったんだけど、白いお姉さんは僕の前に立ちふさがったまま「読書」にふけっているので、そうもいかない。

 そうしているうちに、白いお姉さんの頬が、耳が、徐々に紅潮してくる。だんだん理解が追いついてきたらしい。


 今度こそ殺されるかもしれない、と思ったとき、今度は天袋から妹が小学生のときに使っていた鍵盤ハーモニカが降ってきて、「読書」に熱中している白いお姉さんの頭を直撃した。


「なっ!? 何事ですか!?」


 白いお姉さんが上を向くと、母さんが買った(そして、すぐに飽きた)腹筋ローラーが続けて落ちてきて、顔面を直撃した。


「い、痛いっ!」


 たまらず白いお姉さんは鼻を押さえて尻もちをついた。

 チャンスだ!

 今のうちに逃げ――と、思った瞬間、今度はよりによってサバイバルナイフが降ってきた。その刀身をむき出しにして。

 父さんが「中学二年生のときに、ジャンプの一番最後のページの通販で買った」って自慢してたやつだ。

 存在すら忘れてるくせに「捨てていい?」と聞くとダメと言う。そんなモノばかりが僕の部屋の天袋に詰め込まれている。

 9つ目の地獄かな?


 なんて言っている間に逃げればよかったものの気がついたら咄嗟にサバイバルナイフをキャッチしてしまっていた。

 ちょうど刃の部分を。


「いたたたたたたたた!」


 あのまま落下していたら、白いお姉さんに突き刺さっていたかもしれない。

 僕を攻撃してきた人なのに、どうして助けたのだろう?

 まあ……美人だったからだろうなあ。

 改めて見ると、本当に綺麗な女性だった。

 乱れた銀髪とズレたメガネだけで、エロ本の百倍色っぽかった。


 気がつけば、白いお姉さんの翠の瞳と見つめ合っていた。

 僕は立ち上がって、手を差し出そうとした瞬間、続けて天袋から降ってきた物体により、後頭部に激しいツッコミを入れられた。

 衝撃に目をちかちかさせながら宙を舞う物体を確認すると、それは父さん所有の年代物のゲーム機だった。

 父さんがよく「烈人、これはな、100メガショックなんだぞ?」と、わけのわからない自慢をしていたそのゲーム機だ。

 おそらく数キロはあるだろう物体が不意に後頭部に直撃したものの、僕はなんとかそれをキャッチ。

 だが、それは本体ではなくスティック型のコントローラーだった。

 ご丁寧に本体と接続されていたらしく、ケーブルに引っ張られる形で落下してきた、これもまた数キロはあるであろう本体は、白いお姉さんの顔面に着弾した。

 

 白い人は「ぎゃん!」と言って、動かなくなった。


「あ、あの……大丈夫……じゃないか……」


 目からビームを放つような人物を一撃で気絶させるとは……。

 100メガショック、おそるべし。

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