第34話 傲慢の月曜日

 帰りのホームルームが終わったと言うのに珍しく教室に残っていた、掃除を終えた教室の廊下側の1番後ろの席から窓の外の真っ青な空を眺めながら。我々は死んだ後、どうなるのだろう。誰しも一度は考えるが、考えたところでわからない。死んでみないとわからないししその時にはもうこの世に伝えることはできないから結局誰もその真相はわからないまま世界は回っている。しかし古くからの伝承や言い伝えにより、こんな感じないんじゃない?程度には想像ができる。三途の川や天国と地獄、あの世のこの世など、言われ方は様々だが、往々にして死後の世界とは今生きているこの世界とは別のものとして捉えられている。果たして本当にそうなのだろうか。あの世なんて本当にあるのだろうか。

 こんな面倒なことを考えてしまっているのは、それもこれも全てさっきの倫理の授業のせいだ。仏教の教えをぼーっと眺めていたはずなのにいつの間にか変に触発されてしまった。涅槃寂静だとか一切皆苦だとかはどうでもいい。輪廻転生という言葉が妙に私の言葉に引っ掛かった。生まれ変わり、などと言われる現象が本当にあるのかどうかはわからない。しかし、どこぞの国で別の人間だった頃の記憶を持っている人だとか、夢の中で自分以外の人の人生をいつも見ている人がいる、などといった奇想天外なエピソードを聞いたことはある。人は皆、死に向かって生きていくことは生まれた瞬間から決まっている。いつか死ぬのになぜ必死に生き抜こうとするのか、死ぬことはそんなに悲観的なものなのだろうか、なんてことを考えていると自分の頭の中の脱出ゲームに迷い込んでいるような気がしてきたのでやめることにした。死について考えるのはまあいいがどこかでケリをつけなければ堂々巡りになることは必至だ。とりあえず考えるのはやめてさっさと帰ることにしよう。


「ねえ、私たちって死んだらどうなると思う?」

「ふぁえ・・・?」

 驚いた、今日自分が考えていたことと同じことを彼女が考えていたなんて、びっくりして変な声を出してしまった。

「どこから声出してるの?」

「あ。いや、すみません、なんか驚いちゃって」

「そんな変なこと聞いた?よく聞くことじゃない?」

「そうですね、そして厄介なことにいくら考えても答えは出ないですよね」

「答えは出せるわよ、それが真実かどうかわからないだけで」

「正解かどうかわからないじゃないですか」

「いいんじゃない?死んだらどうなるかなんて、正解を知らない方がいいもの。わからないくらいがちょうどいいわよ」

「そうですね」

「あんたはどう思う?」

「死んだらどうなるか、ですか?」

「うん」

 この手の話は自分の中だけで考えるのはいいが他人と話話題にするのはいかがなものかと思う。デリケートな話題だし、何度もいうように正解がない。帰着点を見つけにくい話題なのだ。しかし、彼女の真っ直ぐな瞳を一瞥した時に、そんなことはどうでも良くなっていた。

「そうですね、眠っような感覚になって気がついたら全く別の生き物として生まれ変わってるんじゃないですか?」

「ふむ、なるほどね。生まれ変わると思ってるんだ」

「えぇ、そうですね。そう思ってるというより、そうであって欲しいなって思ってます」

「そうなの?でも、生まれ変わったら前世の記憶がなくなるってよくいうじゃない。それでもいいの?」

「それは積極的に失いたくはないですけど、眠ったままならどっちにしろおぼえていてもしょうがないので」

「ふ〜ん」

「それに、きっと前世で強く結びついていた関係なら、どちらかがもしくは両方が来世を迎えたとしてもきっとまた何かしらの形で巡り合える。そう信じてるんです」

「案外ロマンチストなんだね」

「ロマンチストとかそういうものですかね?」

「でも、そう信じてるってことはもし死んでもまた会いたいって思えるほどの人がいるってことでよ?違う?」

 それは全くもってその通りだ。たまに「特にやることもないし40くらいで俺死ぬから」みたいなことを言う奴がいる。そこまで興醒めなやつではないが私もどちらかと言うと生きることに対してそれほど積極的ではなかった。しかしいつの間にか、死ぬことに対するイメージが変わっていた。と言うより、死別したくない人がいつの間にかできていたのだ。

「そうですね、死にたくないですし、何度でも会いたいですよ」

仮に「今すぐに死になさい、さもなければ殺します」と、理不尽極まりないことを言われたとする。その時に私はきっと、最後の最後まで生きることを望むだろう。いや、やはり違う。自分が生きる死ぬ、と言う点ではなく、好きな人と離れたくない、と言う点で生きたいと思うだろう。軽くそう思えるくらいには私は彼女のことが好きなのだ。そうだな、仮に今すぐ死ぬと言う状況になったらこの気持ちだけは彼女に伝えるのかもしれない。

「そっか、ねえ、それってさあ、私のことでしょ?」

 それは後で考えればそれほど意外なことではなかったのだろうが、その刹那、私の頭は真っ白になって何も言うことができなかった。彼女は馬鹿がつくほど真っ直ぐだが私たちの関係についてはどこか触れてこないでいるように感じていた。それがいきなり触れてくるんだもん。反応に困っちゃうよ。思わず語尾も少し可愛くなってんじゃん。

「あ、え、いや、なんでですか?」

「なんでって・・・そう思った、だけだよ」

「あ、そうです、よね」

 今までにないくらいしおらしい彼女を見て、私は何もいえなくなってしまった。何か言わなければいけないのに、なんならちゃんと伝えるべきことは伝えなければならないのに、言葉が出てこない。彼女と話して、少しずつ飼われているような気がしていたが、結局私は何も変わってないじゃないか。大切なこと一つ伝えられない。情けない。

「まあ、いいや。ごめんね、困らせちゃって」

「え。い、いや、そんなこと」

「私は嫌だよ、あんたと離れるのは。だって」


その瞬間、電車の到着を知らせるベルがけたたましく鳴り響いた。

「あ、じゃあ、またね」

「あ、はい」

彼女が何かを言いかけたのは気づいていたが、もう一度聴き直すことができなかった。言わなければ伝わらない、こんなに理解するのは簡単なことなのに、実際に行動するのはこんなに難しいなんて、知らなかった。


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