家入大夢は留まる所を知らない

名苗瑞輝

第1章 家入大夢は留まるところを知らない

「先輩は、普段家でなにやってるんですか?」

 時は2021年。コロナウイルスが話題になって早一年が経ち、社会は目まぐるしく変わっていた。

 丁度大学に入学するタイミングでの出来事で、さらに一人暮らしを始めたということもあって、変化そのものには思いのほか順応しやすかった。ただ、思い描いていた大学生活とは全く違う現実。少なからず思う事は当然あるのだけれど。

 そんな状況を経て迎えた長い春休み。緊急事態宣言の続くこの状況で、どこかへ遊びに行くこともあまりできず、気づけば家でくすぶっているだけの日々である。

 別に友達が居ないわけではない。決してない。たぶん。いや、まあ、多くはないのだけれど。

 だから今日も俺は、自堕落にベッドでゴロゴロしながら漫画を読んでいた。


 おうち時間。


 正直言おう。もともと引きこもりがちな俺にとって、それはとても都合の良い言葉だ。

 実のところ何度か遊びに誘われはしたけども、そのすべてに応えるでもなく、時折俺はステイホームという言葉を盾にして引きこもることも、ままあった。

 そういうわけで、今日も引きこもり生活を満喫しようと決めている。漠然とそう考えているだけで、漫画を読む以外のことは特に決めていないけれど。

 とまあそんな状況だったのだけれど、玄関のチャイムが突然鳴り、俺の漫画時間が中断されてしまった。


「はいはいっと」


 宅配便だろうか。ネットショップでの注文を思い返す。しかし特に何か注文した覚えもないし、宅配なら事前に通知が来るはずだ。

 そうなると、何かの勧誘だろうか。このご時世でも、たくましい人は時折やってくるのだ。

 と、そこまで考えておきながら、俺は不用心にもそのまま玄関のドアを開けてしまった。その先にいたのは一人の女の子だった。


「どうも先輩、お久しぶりです」


 姿が見えるなり、そんな声が聞こえた。視覚と聴覚から得た情報から、すぐにそれが高校時代の後輩だと俺の脳が判断した。


「ってうわっ、先輩ヤバいですよ。何ですかその金髪。もしかして大学デビューですか?」

「……新聞なら間に合ってます」


 俺は何も見ていないし、何も聞いていないし、何も理解していない。熱心な新聞の勧誘だったことにして扉を閉める。


「痛たたたたたた」


 閉めたつもりだったのだが、扉は少しの隙間を残して閉まらないままだった。

 何故だろうと隙間の上から下までをよく見ると、下の方に何かが挟まっていたからだ。すぐにそれが足だと判る。

 もちろん偶発的なことではなく、彼女が扉が閉まらないようワザと足を入れたのだろう。

 流石にこのままでは扉を閉められないので、渋々俺は扉を開けた。


「酷いですよ先輩」

「何しに来た」

「はい。私、家入いえいり大夢たいむ、この度先輩と同じ大学に通うことになりましたので、ご挨拶にと」

「うえ、マジか」


 目の前に居る少女、家入は高校時代の部活の後輩だった。

 元々はあまり接点のないような間柄だったのだが、ある大会を機に話をすることが増え、俺が三年になる頃には学年が違うにもかかわず、気づけばそこに居るような距離感になっていた。

 しかし卒業後は特に連絡を取り合うこともなく、いわば自然消滅したような形だった。

 それがだ。今同じ大学って言わなかったか? また俺の後輩として目の前に現れたというわけだ。


「いやー、ヤバいくらい嬉しそうな顔してますね」

「どう見たらそう見えるんだよ。って、こら、勝手に入ってくるな」


 家入は俺の横をスッとすり抜けて家に入っていく。家入だけにってか、やかましいわ。

 まあ知らない間柄でもないし、ここまで来ると追い返すのも面倒になって、俺は状況を渋々と受け入れた。


「思ったより綺麗にしてますね。もっとヤバい感じだと思ってました」

「お前俺を何だと思ってんの。もういいから、まずは手洗いうがいしろ」

「えー、めんどくさいです」

「あのな、今や手洗いうがいは常識だろ。最近は感染者数が減ってきてるみたいだけど、まだまだ油断は出来ないぞ。それに、こっちは地元よりも人が多い。それが出来ないようなら帰ってくれ」

「むむ、しょうがないですね」


 渋々といった感じで家入は手洗いを済ます。なんだかんだ言いながらハンドソープも使って念入りに洗っていたあたり、根は真面目なんだと思う。

 そして家入は何かを考えるような仕草の間の末に、コップを手に取ってうがいまで済ませた。


「やれば出来るじゃないか」

「私のこと何だと思ってるんですか。子どもじゃないんですよ。それより先輩、このコップ普段も使ってます?」

「ん? あぁ」

「ふふん、間接キスですね。ヤバくないですか?」


 そこまで言われてようやく、彼女がなにを考えていたのかが解った。

 まるで勝ち誇るかのようなどや顔を俺に向けてくるのが憎たらしい。


「この辺に唇を付けたので、良かったら同じ所を使ってくださいね」

「消毒してから使うわ」

「酷いっ」


 俺の言葉に今度は不服そうな表情を見せる。相変わらずせわしない奴だなこいつは。

 しかしこうして揶揄からかってくるのも久しぶりだ。当時からこいつはこんな感じだった。

 なんて昔のことを懐かしみそうになった俺をよそに、家入はキッチンを物色し始めた。

 そしてすぐに鍋を見つけて取り出すや、そこに水を張って火にかけた。


「何やってんの」

「勝手知ったるなんとやらです。先輩はお昼ご飯食べましたか?」

「いや、まだだけど」


 時間を確認すると、丁度正午を回ったところだった。言われたせいか、時間を知ったせいか、なんだか腹が減ってきたような気もしてくる。

 昼飯何にするかなんて、全然考えてなかったな。と言っても、基本的にコンビニ一択なんだけど。


「お蕎麦を茹でるので、一緒に食べましょう」


 家入がここに来たときから手にしていた荷物のことは気になっていたけども、どうやら昼食の準備だったらしい。

 なんと準備が良いのだろう。コンビニへ行くのも面倒だったので、俺は彼女の提案を甘んじて受け入れた。


 * * *


「先輩は、普段家でなにやってるんですか?」


 家入はそうたずねると、ズルズルと蕎麦をすする。


「漫画読んだりゲームしたりだな」

「めひゃふひゃいんひゃれふへ」

「飲み込んでから話せ」


 俺の言葉に応えるよう、家入は無言で咀嚼そしゃくし、しばらくして飲み込んだ。


「滅茶苦茶陰キャですね。ヤバいですよ」

「改めて言わせなきゃよかったわ。でも、家で時間を過ごすなら割と妥当なところだろ?」

「まあそうですけどね。だったらテレビとか映画とか見ないんですか?」

「テレビくらいなら見るけど、映画はな。レンタルとか面倒くさいし、配信も金かかるだろ?」

「えー、もしかしてこの部屋、映像配信サービス何も見れない感じですか? ヤバいですね。絶対入った方がいいですよ」

「そうは言ってもやっぱ金がな。やっぱ月々節約するうえで、サブスクは削減の対象だろ」

「でも、通販で色々買ってるみたいじゃないですか」


 家入は部屋の隅に転がった段ボールを指しながら言う。

 段ボールには通販サイトのロゴがデカデカと載っている。


「プライム会員ならビデオも見れてヤバいくらいお得ですよ」

「新聞じゃなくてプライムの勧誘だったか」

「全然間に合ってないじゃないですか」


 再び家入はズルズルと蕎麦を啜り、今度はきちんと飲み込んでからこう言った。


「じゃあしょうがないですね。今日はゲームでもしましょうか」


 * * *


「ゲームって言ってもな。対戦?」

「素人相手にいきなり対戦しかけるとかヤバいですよ先輩。もっと気遣ってくださいよ」

「えぇ……面倒くさいな。俺がプレイしてるのを見てるだけとかも無いだろ」

「実況動画も嫌いじゃないですけど、気遣い的にはもっとヤバいですよそれは」


 となると、協力プレイができるゲームしかないか。

 幸いにもそれが出来るゲームに心当たりがあったので、それを家入に提案してみると「いいですよ」との答えが返ってきた。

 ということで、TPSのアクションゲームで協力プレイすることになった。ただ最初は説明のためということで、俺一人で説明をしながら簡単なミッションを攻略していく。


「えっ、何で先輩のキャラ女の人なんですか?」

「えっ。普通だろ?」

「普通同性のキャラクターじゃないですか? あ、もしかして先輩、こういう女の人が好みなんですか?」

「そういうわけじゃ……」


 どうしてもTPSという性質から、キャラクターの背面が常に画面に映ることになる。男の尻を見て何が楽しいのか、なんて意見をネットで見て以来、俺はこの手のゲームで男を使うのを止めたのだ。

 そんな弁解を頭の隅に押しやりつつ、ある程度の操作を説明していく。

 そしてその次に家入の分のキャラクターセットアップを始めることにした。人のキャラクターに文句を言うのだから、一体どんなキャラクターが出来上がるのかと思っていたら、家入は筋骨隆々の男性キャラを作り上げていた。


「なんだかんだ異性キャラクター作ってんじゃん」

「先輩が女の人を使ってるから合わせました。この筋肉、ヤバいですよね」


 ということでゲームが始まる。敵を倒しながら、与えられたミッションをこなしていくのがこのゲームの趣旨だ。

 初めのうちは俺が主導で進めていったが、暫くして家入も慣れてきたようで積極的に参加するようになってきた。

 だが家入が積極的になるにつれ、俺はどんどん頭を悩ますこととなった。

 フレンドリーファイヤー。家入の攻撃が時々俺のキャラクターに当たっているのだ。


「ちょ、お前の攻撃当たってるんだけど」

「すみません。いやー、ヤバいですね」


 そう言いながらも家入は改善もせずに俺に攻撃を当て続ける。

 そのくせ俺がうっかり攻撃を当ててしまうと、「先輩、流石にヤバいですよそれ」などと文句を言ってくる。真に恐れるべきは無能な味方とはよく言ったものだ。


 * * *


 夢中になって遊んでいたら、気づけば外は薄暗くなっていた。

 流石にこれ以上はよくないだろう。家入に帰りを促すと、少し渋りながらも彼女はそれを承諾した。


「今日はありがとうございました」


 玄関で家入は俺にそう言った。けれど礼を言われるようなことをした覚えはあんまりなかった。まあせいぜい、アポなしでいきなりやって来たのを招き入れたことくらいだ。


「まあ楽しかったわ、ありがとな」

「ふふん、礼にはおよびません。じゃあ私はこれで失礼しますね」

「あ、待て。送っていくぞ」


 部屋を出て行こうとする彼女の背中を呼び止めた。だが彼女はこちらを振り返らない。

 俺も後を追うように部屋を出たところでようやく家入が立ち止まる。

 しかしこちらへ向き直るでもなく、隣の部屋の扉に目を向けていた。そしてポケットから何かを取りだし、それを扉に差し込んだ。

 それが鍵であると理解した頃には、扉が開いていた。


「それじゃあ先輩、また明日も遊びましょうね」


 彼女はそう言って手を振ると、隣の部屋へと消えていった。


「……は?」


 俺はさっきまで居た場所、誰もいない廊下をしばらく呆然と見つめるしか出来なかった。

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