第3話 帰り道

「どうしたの?」


 隣を歩く七緒が覗きこむようにして俺を見上げる。こめかみを押さえて眉を顰める俺を案じているようだ。


「いや、ちょっと記憶を辿っていただけですよ」


「頭が痛くなるような?」


「そうです」


 溜息。


「幽霊」


「はい?」


 思わず聞きかえす。


「幽霊が出るんだって。うちの学校」


 いきなり脈絡のない話題を振られても返答に困る。というわけではないのだが、俺は多少なりとも戸惑った。七緒はいつもこんな調子だ。


「夜にね。髪のなが~い女の人の幽霊が」


 片手を上げて不敵に微笑む七緒。もしかして怖がらせようとしているのか。


「そういう趣向も悪くないですね。退屈な高校生活に花を添えるにもってこいです」


「スイちゃんは怖くないの?」


 きょとんとした表情を浮かべる七緒に、俺は不覚にも見入ってしまった。すぐに咳払いで取り繕う。


「まあ、俺はそういうの信じないタチなので」


「つまんないなぁ」


 七緒はまったくつまらなくなさそうに言う。俺は眼鏡を上げる振りをして顔を手で覆った。別に赤くなったりしていなかったと思うが、なんとなく顔を見られたくなかった。

 七緒は俺の気持ちに気付いているだろうか。

 俺は、七緒の気持ちに気付いている。

 それでも一歩を踏み出せずにいるのは、幼馴染みという厄介な関係と、近すぎる距離のせいだ。思えば奇妙な関係である。仲は良いし、お互いに遠慮というものがない。肉親のような――そう、まるで兄妹のような存在で。けれど、本当に望んでいるのはそんなことじゃなくて。

だから俺は――。


「スイちゃん?」


 無意識に手に力が入っていたらしい。咄嗟に握力を緩める。

 七緒の瞳が向けられていた。それがあまりにも綺麗で、俺は目をそらす。


「なんでもありません」


「ほんと?」


 俺は無言で頷く。

 沈黙。居心地の悪さはない。

 夕日が、繋いだ手を紅く染めていた。

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