孤高の魔導師と八人の妻による世界を敵に回したホームコメディー

高橋一歌

第01話「妻との未来のためならば」

1.全軍VSヴァン・スナキア

 ***


 ヴァン・スナキア。最強の魔導師一族・スナキア家の末裔。


 その力はたった一人で全世界を圧倒できるほどであり、ウィルクトリア国の国防のほぼ全てを担っている。国民たちはヴァンのおかげで平和に暮らすことができるのだ。


 ヴァンは全国民に感謝され、尊敬され、愛されて然るべき立場にある────はずなのだが……。




 ウィルクトリア国軍、演習地。


 これから始まる戦いに備え、ヴァンは即席テントの中でブーツの紐を結び直していた。


「ヴァン・スナキア特務顧問! いるか⁉︎」


 ふと、外から騒がしい声を聞こえる。ヴァンが応答する間もなく、厳めしい装備を纏った軍人が侵入した。ヴァンはその人物に怪訝な目を向けて苦言を呈す。


「……ドレイク大将、返事をもらうまでがノックですよ」


 しかしドレイクは意に介さず、威圧的に逞しい腕を組んでいた。ヴァンは嘆息した。こんな横柄な態度を取られればろくな用事ではないことが充分察せられる。


「何の御用ですか? もう演習を始めようと思うのですが」

「その演習についてだ。ヴァン、俺と賭けをしろ」


 やはり。何か面倒なことを言い出した。


「今日もお前と我が軍が戦うわけだが……今度こそ一泡吹かせてやる。我が軍がお前に傷一つでもつけられたら俺の要求に応じろ」

「はぁ……。要求とは?」

「言うまでもなかろう。いい加減子どもを作れ!」


 またその話かと、ヴァンは再びため息をつく。


「お前が後継を残さなければお前の一族の力が失われるんだぞ⁉︎ そうなればこの国も滅亡だ! ああもう、セックスしまくれ馬鹿野郎! お前なんか誰でも何人でも選び放題だろうが!」

「し、してますよ。俺には妻が八人もいるんですよ?」


 その言葉を聞き、ドレイクの怒りが頂点に達したらしい。


「お前の妻は全員異種族・ビースティアだろうが! お前とは子どもができん!」


 これが国家の守護者でありながらその国に疎まれている理由。「ヴァン・スナキアは子どもを望めない結婚を繰り返している」。国民にとってそれは死刑宣告に等しい。スナキア家を失えばこの国は即座に崩壊するのだから。


 ヴァンには異種族と結婚しなければならない事情があった。だがそれを議論していると話がいつまでも長引きそうだ。ドレイクの憤慨を無視し、賭けについての話を続ける。


「ドレイク大将、そもそも条件が不公平では? 俺は今から三万の兵を一人で相手するんですよ? しかも全員が魔導士・ファクターです。そんな集団を相手取って傷一つ付けられたら負けって……、そちらの勝利条件が緩すぎませんか?」

「絶対に勝ちたいからな!」

「め、めちゃくちゃだ……」


 ドレイクの提案はあまりに横暴で、わざわざ秤にかけるまでもなく釣り合っていなかった。だが彼はヴァンが不満げにしていることが不満らしく、何度教えても割り算を覚えられないアホガキを相手にしているかのようにうんざりしていた。


「不公平はむしろこちらのセリフだ! お前はファクターの始祖ルーダス・スナキア様の直系! 我が軍どころか世界中の軍隊に攻撃されてもビクともしないだろ!」

「ま、まあ、それはそうなんですけど……」

「図に乗るなよクソ七光りが!」

「あの、俺一応上官ですよ?」

「俺はお前が気に食わんから階級は無視して好き放題言うことにしている!」

「軍人とは思えない発言だ……!」


 ヴァンは肩を落とす。こんな無意味な勝負など無視して構わないはずだ。だが簡単には逃げられそうもなかった。ドレイクは地獄の果てまで追い回してきそうなドス黒いオーラを放っている。


「せめてこちらにもメリットがあるといいのですが……。俺が勝ったら何か頂けるんですか?」

「…………達成感」

「あんまりじゃないですか……?」


 ヴァンの反応を見たドレイクは、流石にこの条件ではヴァンが乗ってこないと考えたらしい。ほんの少しだけ譲歩の姿勢を見せる。 


「じゃあ何が欲しいんだ。一応言ってみろ」

「何かしら妻が喜ぶものを頂きたいです」


 ヴァンは即答する。ヴァンが欲しいものといえばそれ一つしかない。


「妻だと⁉︎ 貴様ヌケヌケと……!」


 ヴァンの注文はドレイクの逆鱗に触れたようで、彼は鼻を膨らませて声を荒げた。だがヴァンは余裕たっぷりに微笑を返す。むしろ勝負が楽しみになってきたほどだ。


「俺を盤上に乗せたいのであればそれが条件です。気が進まないのであればこの話は無かったことに」

「……クッ、わかった。だが、要求を忘れるなよ!」


 ドレイクは声を絞り出す。ヴァンを引きずり込むためには止む無しと判断したらしい。彼は身を翻し、荒々しい歩みでテントから退出した。


 ヴァンがほっと胸を撫で下ろすや否や、外から地鳴りのような轟音が飛び込んできた。兵たちの雄叫びだ。ヴァンが了承した旨を伝えられ士気を高めたのだろう。


 それは、この軍にヴァンの味方が一人もいないことを示していた。


「孤独だ……」


 ヴァンは掠れた声で独り言ちた。 


 ────まあいい。軍でいくら孤立しようとも、家に帰ればヴァンを熱烈に愛してくれている妻たちが待っている。早く帰ってあの甘々な空気に浸かりたい!

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