第16話 桃鬼丸

 コンクリートが崩れる音が聞こえる。

 その音の直後に重力を感じなくなった。

 大きな音が絶え間なく続く。その音があちこちから反響する。頭が割れそうだ。

 ドスンという大きな音を最後に反響した音がだんだんと小さくなっていく。

 いつの間にか重力を感じる。

 静かになった球体の中。密着した師匠が動いているの感じた。

「生きてますか師匠」

「ワシは死んだことがない」

「お元気そうでなによりです」


 外に出てみるとそこは瓦礫の山だった。ついさっきまで建っていたビルなど元から存在しなかったかのように。

 遠くにショベルカーが見える。角刈組が捜索のために用意したのだろう。

 その近くから組長がこちらに手を振っている。

「さて、ヤクザにお宝自慢でもしにいくかの!」

 そう言って師匠は両手をふって箱を放ってくる。

「ああ、危ない! もっとていねいに扱いましょうよ!」

 師匠の投げたその箱を慌ててキャッチする。


「生きとるやんけ!」

 組長が駆け寄ってきた。

「あたりまえじゃろ!」

 そう言って師匠はドロップキックを放つ。見事に組長に直撃した。

 この人たちは俺たちが死んでいたらどうするつもりだったのだろうか。

 組長は立ち上がり、服の砂埃を払っている。

「いてて……かなわんわぁ。お、その箱はどうしたんや」

 俺が小脇にかかえている箱に気付いたようだ。

「孫、開けてみい」

「はい」

 俺は箱を地面においてゆっくりと蓋を開ける。

「おっしゃ!」

 思わず声を上げてしまう。ゆるやかに湾曲した黒い鞘が光った。

「か、刀やんけ!!!」

 のぞき込んだ組長も声をあげた。

「ええ」

 俺は刀を箱から取り出す。鞘を掴んで目の前に掲げた。

「DX孫太郎ブレードです!」

「ちがうわ!」

 師匠に頭を叩かれる。

「これは桃太郎の愛刀『桃鬼丸』じゃ!」

「トウキマル! メチャクチャ格好良いじゃないですか!!!」

 DX孫太郎ブレードよりも格好良い名前でテンションが上がってしまった。

 柄を握って刀身を引き抜く。刀身は光に反射して白く輝いていた。

「どうですか?」

 思い付きでてきとうに刀を構える。 

「「超格好良い!!!」」

 師匠と組長が声をそろえた。ふたりとも目が輝いている。

「ワシもやる!」

「わしにも貸して!」

 その後、みんなで代わりばんこで刀を握ってポーズをとった。写真もいっぱい撮った。

 組長は自分のモノにならないことを相当に悔しがっていた。しかし約束を守り、桃鬼丸は俺たちのモノとなった。ヤクザのくせに約束を守るなんて、まあ師匠のエンマ様のおかげかもしれないが。


 その日のバイトから刀を扱う修行もはじまった。

「おい! 絶対に客のこと切るなよ!」

 店長が声をあげる。

「ワシは刀は使わんからの! 特に教えることはないんじゃが、常に握ったままで生活して自分の腕のように扱えるようになるんじゃ!」

 ということで、師匠の言葉を受けて俺は抜き身の桃鬼丸を握ったままラーメンを運んでいる。

 ドアが開いてお客さんが入ってくる。俺をみたお客さんが怯えている。

「いらっしゃいませ……ちがいます! ちがいますから! 嘘です!」

 このやり取りもこれで10回目になるだろうか。その度に師匠が爆笑している。

 せっかくだからとチャーシューで試し切りしてみた。切れ味は抜群だった。


「そういや今日の夕方に熊が出たらしいな」

 店長がお客さんと話している。

「ああ、俺ん家の近くだよ。でも妙なんだよなぁ」

「なにが妙なんですか?」

 気になって俺も聞いてみた。

「熊が出たっていうんじゃなくてさ、熊が殺されてたんだよ。体中にひっかき傷があってさ」

「熊同士の喧嘩じゃねぇのか?」

 店長が言う。

「あーそうかもしんねぇなぁ」

 そう答えるとお客さんは満足したのか、いつの間にか別の話題になっていた。

 俺は妙に気になっていた。店長はああ言っていたが、はたして熊同士で殺し合いまでするのだろうか。

 なぜかタイガージの顔が脳裏によぎった。


 バイトを終えて俺たちは夜道を歩いていた。もちろん俺は刀を握ったままだ。

「……ていう話があったんですよ」

 師匠にバイト中に聞いた熊の話を説明した。

「う~ん、なにか気になるのぅ」

 やはり師匠も納得いかないようだ。

「明日になったら見に行ってみましょうか」

「そうじゃな。はよう帰って寝よう」

 あくびをしながら師匠が言った。

 師匠につられてあくびがでてきた。連日いろいろなことがあってくたくただった。早く寝たい。

 俺たちは足を早めて帰宅した。


「え? 風呂に入るときも刀を持って行くんですか!?」

 風呂に入る前に桃鬼丸を置こうとしたら師匠に止められた。

「どこの世界に風呂に入るときに自分の腕を外すヤツがおるんじゃ?」

 自分の腕のようにっていうのはそこまで徹底するのか。

「いや、濡れたらサビちゃいますよ」

 師匠はやれやれといった表情を作る。

「いいか。その刀はおまえの腕じゃ。腕に鬼力を纏うんじゃよ」

 そう言われて身体をまとう鬼力を刀まで流してみる。

「あれ、できた……」

 思いのほか簡単にできてしまった。自分の身体の一部として扱うとはこういうことなのか。

「そうじゃ。『できる』と自然に思うことが重要じゃ。その刀は風呂の水には濡れん!」

「すごい。完全防水じゃないですか」

「よくわからんがそうじゃ」

 師匠が言い切る。

 

 シャワーをかけても浴槽に沈めても刀はまったく濡れることはなかった。IPX7くらいあるかもしれない。鬼力ってすげぇ!  

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