第10話 おはようイブニング

 目が覚めると白い天井。それと見たことがある顔たちに囲まれていた。

 あ、この顔は師匠だな。

「あれ……師匠……なにしてるんですか」

「なぁに、バカ弟子の顔を眺めていただけじゃ」

 またまた、こんな良い弟子なかなかいないですよ。そう思っていると腹のほうに何かが覆い被さってきた。重い。

「やったね吉備ちゃん! 勝ったよ!!!」

 覆い被さってきたのは犬井か。

「ここは保健室だ」

 雉尾の声だ。どうやらここは保健室らしい。

 犬井はなんでこんなに喜んでるんだ。発作かな。

「そうだ……俺は気絶した……ん? 勝ち?」

「ああ、吉備の勝ちだよ」

 そう言って猿江が説明してくれた。


 俺の右拳が岩田先生のアゴを捉えたところまで覚えている。勝ったと思ったらそこで俺は気絶したんだ。

 しかし気絶したのは俺だけではなかった。俺の一撃を食らった岩田先生も気絶した。両者ノックアウトだ。

「ん? ちょっとまて、それだと俺の負けにならないか? ルールだと俺が立っていれば勝ちだろ。まさか俺が10分経つ前に起き上がってたのか?」

 俺が覚えていないだけで、そうだったのかもしれない。

「いや、ふたりが気絶したのが9分30秒。そのままふたりとも10分を過ぎても気絶したままだった」

 猿江の言うことが正しければ俺の負けってことになると思うんだが。

「それでなんで俺が勝ちになるんだ?」

「意識は失ってたけど、倒れてなかったってことだよ」

「うん?」 

 つまりはこうだ。ふたりとも前のめりに倒れる。俺たちは近距離で殴り合っていたわけだから、前に倒れるとお互いにぶつかる。それが支えになった形で俺は倒れていないと判断されたそうだ。それにしてもあのデカい岩田先生の下敷きになりそうなものだが。

「吉備ちゃんとね。岩田がちょうど『人』のかたちみたいになってたんだよ」

 犬井が笑いながら言う。そのまま犬井は笑いすぎて喋れなくなったので、猿江が教えてくれた。

 岩田先生は俺たちが『人』の字になっていたことに感動して大号泣したらしい。俺を抱きしめるもんだから30人がかりで引き離して、そのままこの保健室へと運んできてくれたそうだ。

「んじゃ、俺らは授業いってくるね」

 そう言って犬井たちはぞろぞろと保健室を出て行った。


 保健室は師匠と俺だけになった。

「まあ、なにはともあれ。孫の勝利じゃ! よくやったのぉ……」

 師匠はそう言って俺の額へ手をおいた。ちいさな手から温かさが伝わってくる。安堵からかそのまま俺は眠ってしまった。


「おい!!! 吉備!!! 大丈夫か!!! おい!!! 起きろ!!! 死んだのか!!!」

 やかましい声で起こされた。窓から西日が差している。

「なんじゃうるさいのぉ……」

 師匠の声だ。声のしたほうを見ると綺麗な顔が見えた。

「なんだおまえら!!! 同衾か!!!」

 岩田先生にそう言われてガバッと身体を起こした。

「師匠、いつのまに一緒に寝てたんですか!」

「添い寝したくらいで大騒ぎしおって……お、顔が赤いぞ~」 

 師匠は目をこすりながらニヤニヤしている。

「さすがヤンキーだな吉備!!!」

 岩田先生もニヤニヤしている。いや、あんたは注意する側だろ。

「全国制覇だっけか!? この俺に勝ったんだからなァ!!! 吉備なら絶対にできるぞ!!!」

 なるほど、全国制覇はしないが応援してくれていることだけは伝わった。

「ええ、学校は一ヶ月は留守にしますがまたよろしくお願いします」

 そう伝えると岩田先生は満足そうに保健室を出て行った。

「なんだったんじゃ? あのゴリラは」

 師匠がわからなそうにしている。俺もわからないようなわかったような感じなので何も答えなかった。 

 もう夕方だ。それからすぐに俺たちも保健室から出て学校をあとにした。

「あ、師匠。そのシーツは学校の備品です。持ち帰らないでください」


「今日はなんとかなりましたけど、閻魔流の修行って毎回こんな感じなんですか」

 師匠とふたりで歩く帰り道。無事に学校を公認で休めるようになった。俺はあらためて気持ちが修行に向く。

「うむ。地獄熊がいないのでどうしようかと思っておったが、なかなかに岩ゴリラは良い稽古相手じゃった。鬼力による攻撃力の強化ができて及第点なんじゃが、まさか鬼力をつかって防御までできたんじゃからな!」

 そう言って師匠は勢いよく小石を蹴った。

 俺もまさかあそこまでうまくいくとは思わなかった。

「でも本当にたまたまですよ。本当は鬼力を拳に集めたかったんですが、腕全体に集まっちゃって……」

 師匠がくるりとこちらを向く。

「たまたまでもなんでも良いんじゃ。いくらワシが口で説明したところで、それを聞いておいそれとできるもんじゃないからのぉ。その体験を通して身体でわかることが重要じゃ」

「頭でなく身体で理解するってやつですね」

 師匠が首をかしげている。あれ、間違えたかな。

「よくわからんがそうじゃ」

 良かった。あっていたようだ。本当だろうな。

 とりあえずで俺は胸をなでおろした。

「まあ何はともあれ、今回の修行はばっちしじゃ! 閻魔流の試練は全部で6つ。あと5つの試練、心してかかるのじゃ!」

「押忍!」

 気合いを入れて返事してみた。

「お、それ格好良いのう!」

 師匠が気に入ったようなのでこれから使っていこう。それにしてもあと5つか。今日のようにうまくできればいいが。少し不安になった。 

「ちなみにその試練ってどんな感じですかね」

「…………」

 師匠の目が泳いでいる。おいおい、まさか。

「まだ、考えてないとか……?」

 口笛を吹いているつもりなのだろうか。師匠のすぼんだ口から空気が漏れている。

「師匠……?」

「押忍!!!」

 勢いで誤魔化そうとしているな。しかし、師匠は急に思いついたように語り出した。

「そ、そうじゃ! 実は試練とは別で秘密兵器があるのじゃ!」

「秘密兵器! なんですかそれ!!!」

 魅力的なワードに飛びついてしまった。師匠がニヤリと笑う。

「ふふ、そう急くな。この地に眠るは伝説の刀……それはじゃな……」

「それは……?」

 秘密兵器、もったいぶらずに教えて欲しい。


「桃太郎の刀じゃ!!!」 

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