第6話 学校を休もう

「ただいまー」

 へとへとの身体でドアを開ける。やっとアパートに着いた。

「ただいまじゃ!」

 師匠が俺を押しのけて部屋に入る。

「師匠、他人の家に入るときは『ただいま』じゃなくて『お邪魔します』って言うんですよ」

「そんなこと知っておる! 今日からワシの家でもあるんだから『ただいま』でいいんじゃ!」

 そう言ってふくれっ面のまま部屋の奥に走って行った。

 帰り道で言っていた「宿のあて」とはやはり俺の部屋のことだった。修行のことを考えれば同居が一番良いのはわかる。それにしても賑やかな生活になるんだろうな。


 部屋に入ってすぐに荷物を隅っこに放って座った。

 師匠は部屋の中を興味深そうにキョロキョロしている。そうだと思ってテレビをつけてみる。スーツ姿のアナウンサーがニュースを読み上げている。

「あれ、箱の中に人間がいるって驚くと思ったんですけど」

 意外にも師匠は落ち着いたようすだった。

「バカにするでない。ワシは知っておるぞ! テレビジョンと言うやつじゃ」

 そう言いながら師匠はテレビの裏側を覗き見る。

「ひ、人が薄っぺらにされて箱に入れられておる!!!」

 俺はしりもちをついてテレビを指さしている師匠をみて笑った。

「知ってても人が中にいると思ってたんですね……」 


 その後もチョロチョロする師匠を尻目に俺はベッドに寝転んだ。

「つ、疲れた……」

 視界ににゅっと師匠の顔が現れる。俺のニット帽をかぶっている。

「さっきから鬼力がダダ漏れじゃぞ。それじゃ疲れるのも当然じゃ」

「え、でもメチャクチャすごいんですよね俺の鬼力……?」

 師匠は両手を上げてやれやれといったように首を振る。

「どんなに強い鬼力じゃろうと、その調子で垂れ流しておると死んでしまうぞ」

「え、俺また死んじゃうんですか……」

 も、もっと早く言って欲しかった。三途の川が頭をよぎる。

「ほれ、力を抜いてリラックスじゃ。深呼吸じゃ深呼吸」

 鼻から息を吸って口から息を吐く。心臓の鼓動が落ち着いてくる。

「そうそう、その調子で蛇口を徐々に閉めていくイメージじゃ」

 師匠の言葉通りに頭の中にイメージする。少しずつ蛇口を閉めてみる。

「そうじゃ。なかなかうまいぞ」

 良かった。右手を額に当てる。うっすらと右手が光って見えた。これが鬼力か。

 今日のできごとを思い返す。こんなにも疲れた一日は人生ではじめてだ。これからのことを考える暇もなくいつの間にか眠りに落ちていた。

 

 身体が重さで目が覚めた。昨日の疲れが抜けないのだろうか。

 お腹に師匠の頭が乗っていた。整った顔のちいさな口からよだれが垂れている。うーん、美人が台無しだ。

「……起きてください師匠」

「もう食べれん……おかわり!」

 どっちなんだかよくわからん寝言だ。たたき起こしてシャワーを浴びさせている間に朝食を作った。

 やはり身体が重い。朝食を作っただけでこんなにも疲れるとは。

 浴室のドアがガチャと音を立てた。

「お! ラーメンじゃ! 孫は気が利くのぉ~」

 身体も拭かずに全裸で師匠が駆け寄ってきた。

 俺はすかさずラーメンを掲げて目を瞑った。

「師匠、身体を拭いて。服を着るまで食べちゃダメです……」

 見えないが師匠がジャンプしている気配を感じて避けた。


「それでですね。なんか身体が重いんですよ」

 きちんと服を着た師匠はラーメンをすすっている。スープまで飲み干してから言った。

「また鬼力が垂れ流しになっておるぞ。出力を少量に抑えて身体のまわりにとどめるんじゃ」

 昨夜のことを思い出す。起きてからずっと俺の鬼力は垂れ流しだった。

「まずは鬼力を身体にまとった状態で普段通りの生活ができるようにならんとの」

「はい! がんばります!」

 気合いを入れて返事をすると鬼力が溢れてまたドッと疲れた。


 いつもと同じ通学路をゆっくり歩いている。

「孫~どこに行くんじゃ~」

 師匠が上着の裾をつかんでくる。

「さっきも言ったじゃないですか。学校ですよ学校」

「それは一ヶ月休みと言ったじゃろ!」

 俺は師匠を引きずったまま歩きつづける。

「それは休みますよ。でもちゃんと先生方に説明しないとダメじゃないですか」

「孫は律儀じゃのぉ」

 師匠はあきれたのか上着の裾を離してくれた。

「ま、いいじゃろ。歩くだけでも修行になるわ。どんなときも最小限の鬼力を身にまとう。無意識でもじゃ」

 意識すれば意外とかんたんにできる。問題は無意識でもってところだな。これが当たり前と思わなければいけない。

「あんよがじょうず! あんよがじょうず!」

 そう言って師匠は楽しそうに俺に着いてくる。

 

「オッス、吉備ちゃん」

 誰かが俺に軽快な声をかけてくる。吉備ちゃんと呼んでくるのは彼しかいない。

「おはよう犬井」

 パーマがかかった髪の前髪をヘアゴムで束ねていて派手な印象だが、人当たりが良く笑顔でやたらと話しかけてくるのですぐに仲良くなったクラスメイトだ。

「お! 吉備ちゃんの妹かな~? かわいいね~」

 師匠が俺のうしろに隠れながら答える。 

「ワシはエンマちゃん。こやつの師匠じゃ」

「そうなんだ~すごいんだね~! 俺は孫太郎おにいちゃんのお友達の犬井だよ~」

「そうじゃすごいんじゃ! 犬じゃな! 覚えたぞ!」

「こんにちは、わたしがイヌーです」

「こやつ犬じゃ~!」

 なにがおもしろいのか師匠は腹を抱えている。

 いつの間にか師匠は犬井と並んで歩いていた。こいつ、子ども慣れしてやがる。

 話が盛り上がっているようで笑い声が聞こえてくる。俺はふたりの背中をながめながら必死に鬼力をコントロールしながら歩いた。


 犬井が急に足を止めて振り向いた。

「話は聞かせてもらったぜ吉備ちゃん。大変なことになってるらしいな」

「そうなのじゃ」

 師匠も合わせてくる。

 ずっと笑っていたように見えたが真面目な話をしていたらしい。

「高校を一ヶ月も休んだら進級できなくなっちゃうよね」

「そうなの!?」

 それは想定外だった。鬼を倒すとかそういう問題だけじゃなかったんだ。

「ただし、それはバカ正直に一ヶ月休んだ場合……」 

 犬井は腕を顔の前に突き出して指を立てた。


「俺に考えがある」

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