27 兄妹の連携



 そして翌日――『ねこみや』に店員が一人増えた。

 急に決まったことなので、予備のエプロンを借りる形ではあったが、それでも女性店員ということで客の話題になりやすい。

 ましてやマスターである猫太朗の妹ともなれば、尚更というものであった。


「莉子ちゃん、ここで働くことになったのね。本当に良かったわ」


 常連客の佐武江津子が、カウンター席で紅茶を飲みながら嬉しそうに笑う。ちなみに今日は夫が用事で不在であり、一人で来ているのだった。


「――こっちはまんまと驚かされましたよ」


 そこに猫太朗が、白いクリームたっぷりのロールケーキを一切れ、皿に乗せて運んでくる。それを江津子の前に置きながら小さく笑った。


「まさか江津子さんが、僕や莉子の遠い親戚だったとは……」

「ゴメンなさいね。隠すようなマネをしてしまって」


 江津子はカップを置き、申し訳なさそうに小さく頭を下げる。


「私はあなたのお婆さまの末の妹にあたるの。歳もかなり離れていたし、神坂家とは殆ど無関係な形で過ごしてきたわ」

「そうなんですか」

「でも、私は大の猫好きでね。嫁入りした姉さんに計らってもらって、よくここにあった本家に遊びに来てたものだったわ。その当時から、猫ちゃんたちが当たり前のようにたくさんいたのよ?」

「それは分かりますね。僕のときもそうでしたから」


 思わぬ形で、本家の思い出話に花を咲かせる猫太朗。しかしここで、一つ気になることに辿り着く。


「あれ? でも僕、江津子さんの姿を見たことはないような気が……」

「無理もないと思うわ。姉さんが亡くなって以来、遊びに来てはいないから」

「ということは……十八年くらい前ですか」

「そんな昔になるかしら? 月日の流れはあっという間ねぇ」


 猫太朗の祖母が亡くなったのは、彼が十歳の時であった。特に二人が顔を合わせて話したワケでもないため、認識していなくても仕方がないと言えるだろう。


「――にゃあ」

「あら、クロベエちゃん。オバサンのところに来てくれたのー?」

「にゃっ」


 デレデレの表情と化した江津子の膝元に、クロベエがぴょんと飛び乗る。そして優しい手つきで撫でられ、気持ち良さそうに身を預けていた。

 そんなクロベエと江津子の姿に、猫太朗は改めて思う。


「そういえば……この店の一番最初のお客さんも、確か江津子さんでしたよね」

「へぇー、そうだったんだ?」


 会計を済ませ、店を出た客を見送った莉子が戻ってくる。


「私に兄さんのことを教えてくれたのも江津子さんだったし……なんだかんだで一番のキーパーソン的な存在って感じね」

「嫌だわぁ。別に私はそんな大層なものじゃないわよ」


 明らかに嬉しそうな反応を示しつつ、手をパタパタと振る江津子。もしここに夫の義典がいたら、大層呆れられていたことだろう。


「私はただの猫と喫茶店の大好きなオバサン――それだけの話よ」

「ハハッ、そう思っておきますね」


 猫太朗も軽く笑いながら、その言葉を素直に汲み取る。心の中で感謝の気持ちを伝えるのを忘れない。


「――あっ、ちょっとあっちのテーブル、お冷の交換行ってくるね」


 莉子が気づいて、新しいピッチャーに氷水を注いでいく。そして猫太朗もスッと動き出した。


「それ終わったらあっちのテーブル」

「うん。そろそろお会計だね。レジは私やるよ」

「よろしく」


 そんな小声の会話を繰り広げながら、兄妹は素早く動いていく。程なくして、とあるテーブルの二人連れの客が立ち上がった。まさに二人の読みどおり、スムーズに会計を済ませることに成功する。

 そんな流れるような動きを、めいはマシロを撫でながら感心して見ていた。


(凄いわね。流石は兄妹……いやいや、そんなもんじゃないわ)


 いくら兄妹と言えど、昨日出会ったばかりの割には、息がピッタリ過ぎるように見えてならない。

 莉子が喫茶店仕事の経験者であるのも、かなり大きいだろう。それに加えて、なんだかんだで二人の間には、奥底で通じ合う部分があるのかもしれない。

 もし、普通に同じ家で育っていたらどうなっていたのか。

 それとも離れ離れだったからこそ、このような姿を拝めるということか。

 種明かしをすれば、それほど大したことではないのかもしれない。しかし猫太朗も莉子も、神坂家という特殊な家の出身なのだ。それ相応の不思議さを抱いている可能性は十分にあるだろう。

 少なくともめいは、心から強くそう思っていた。


(なんかこう、いいなぁ。羨ましい……)


 ぼんやりとそんなことを、めいは考える。

 しかし――


(いやいやいや! 一体何考えてんのよ、私ってば!)


 すぐさま我に返り、思わず顔を小刻みに左右に振り出すのだった。その際にマシロがどうしたんだろうと顔を上げているが、めいは全く気づいていない。


(羨ましいだなんて……そんなの……)


 そして再び視線を向けると、忙しそうに動きながらも楽しそうな笑顔を浮かべている兄妹の姿が、めいの視界に飛び込んでくる。

 作られた営業スマイルとは違う。心から出している笑顔そのものであった。

 二人とも楽しんでいる。喫茶店を通してお客さんと交流することを、楽しみながら仕事をしている。

 めいは純粋に不思議に思えてならなかった。

 そもそも仕事って、楽しくできるものだったのか、と。

 それだけ猫太朗と莉子の笑顔は、キラキラと輝いて見えたのだった。仕事を楽しく思える――ずっとそれを感じてこなかっためいからすれば、『羨ましい』の一言に尽きるというものだ。

 しかしながら、彼女の抱く思いはそれだけではない。


(莉子さんも楽しそうだなぁ……出会ったばかりなのに馴染んでいて……)


 心なしか猫太朗との距離も近い。兄妹なのだから当然と言えば当然だろう。事あるごとに彼のことを『兄さん』と呼んでいるため、今のところ客に誤解されるような事態にも陥ってはいない。

 しかしそれでも、めいは思う。


(私だって猫太朗さんの……ううん、ただ見苦しいだけだわ)


 何か深い考えにのめり込みそうになった瞬間、めいは再び首を左右に振る。


(ここでコーヒーを飲んで、マシロと遊んでいるだけ……あの二人の姿に嫉妬する権利なんて、あるワケないじゃない)


 認めざるを得ない。自分は悔しく思っていたのだと。

 本当は自分が猫太朗と距離を近くしたいのに、先を越された気分となって、苛立ちを覚えてしまっていたのだと。

 昨夜、莉子からビシッと指摘されたことも影響していた。

 おかげで余計に意識してしまっており、今までの自分とは違うと、変な気分とともに感じてしまっている。


(私……こんなに嫌な部分を持ってたんだ……)


 ひっそりとため息をつきながら、めいはしょんぼりとする。どうしたのと、マシロが鳴き声を上げるが、答えの代わりに背中を優しく撫でるのみだった。


 ――カラン、コロン♪


 するとそこに、ドアの開く合図が聞こえてきた。


「あ、いらっしゃいま……」


 瞬時に出迎えようとした莉子が、現れた客を見て硬直してしまう。何事かと思いながら猫太朗やめいも視線を向けてみると、一人の青年が厳しい表情で、莉子をジッと見つめていた。


(誰かしら? 年は莉子さんと同じくらいに見えるけど……)


 めいが首をかしげていると、その青年は一歩近づく。


「莉子、お前こんなところで何やってんだよ? メッセージ送ってんのに全然反応してくれないし」

「え、あ……ゴメン、そういえばスマホの充電切らしちゃってたんだった……」

「あのなぁ」


 青年が深いため息をつく。そこに猫太朗が近づいてきた。


「莉子、お前の知り合いか?」

「――っ!」


 その瞬間、猫太朗に対して青年はキッと睨む。それだけで周りは、何を考えているかすぐに分かってしまう。

 ちなみにめいも、例外ではなかった。


(あ、これちょっと面倒な展開っぽいかも?)


 めいはそう思いながら、マシロをキュッと抱き締めるのだった。


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