相棒から見る、宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(コメント交換編)

     ◆


 俺の電子端末がどうしても不調で、分解して整備することにした。

 古い型ではないが、ある程度の知識と器用さがあればいくらでも直せる。

 最初に電子機器を解体したのは六歳の時で、あの時はただ、バラバラに分解するだけだった。形だけ組み立て直すことができたのは、九歳の時で、当然、両親はいい顔をしなかた。

 俺にメカニックの最初の心得を教えてくれたのは、初等学校と家の通学路にあった、一軒のジャンク品を扱う店の店主で、元はやはり傭兵だった。

 どこだかで戦闘を行い、そこで左腕を肩から失った。

 テクトロンに限らず、医療技術が発展しているので、肩から腕がもぎ取られても、すぐに義肢は用意できる。機械製でも、生身の交換用の腕もだ。

 しかしそのジャンク屋の親父は、腕がなくなっただけではない、精神にさえ不調をきたした。

 俺も両親から、あのジャンク屋には近づくな、と教わっていて、それでもその店に入ったのは、興味に負けたからだ。

 すでに老境に差し掛かっていた片腕のテクトロン人は、俺を興味深そうに見て、店の一角にあった作業台で自分の左腕を見せてくれた。

 それは機械でできていて、工作機械が内蔵されている特別製だった。

 この腕一つで何でもできる、と得意げな親父に、俺も思わず笑ったものだ。

 それから週に一回か二回、ほんの三十分ほど、俺はその店に出入りして、手持ちの電子機器の分解や修復がうまくいかない時、意見を聞いた。

 初等学校の児童にしては勤勉だ、と親父は嬉しそうだった。

 しかしその店は、唐突に、俺が十二歳の時になくなった。それ以来、あの親父の顔を見たことはない。夜逃げしたというものもいれば、施設に入れられたというものもいたけれど、俺は何も知らない。

 とにかく、あの老テクトロンのおかげで、俺は今、こうして電子機器を分解できる。

 パネルを外して、目視で部品の劣化を確認して、いくつかの方法でテストする。

 部分的にわからない基盤があり、電子端末で検索して調べようにもその端末が今は使えない。

 不意に思い出したのは、一年前に手に入れた同人誌だ。通販で買ったもので、最新の電子機器をひたすら分解して、修復し直す、そういう企画の同人誌だ。

 同人誌など宇宙で数え切れないほどあり、刊行数は膨大だが、俺はいくつかを定期的に取り寄せていた。

 一度、寝室に戻り、ベッドの上の段にある雑誌の束を確認する。

 一年前に刊行の冊子を手に、リビングスペースへ戻り、パネルを外してある電子端末の内部と、冊子にある写真を照らし合わせる。

 型が違うので、ページを繰って一番近いものを探す。

 あった。

 そこへ相棒が操縦室からやってきた。電子端末の修理などなんでもないことを見せてやろう、と内心、やる気が少し大きくなった。

 冊子には分解方法が丁寧に文章で書かれている。ショートムービーもあるので、サングラスでアクセスコードを読み取れば、その映像がサングラスのレンズに映し出される。

 二度ほど、その動画を見て、実際に端末を本当に分解し始めた。

 コテで軟性合金を溶かしていくことで、部品は次々と外れた。

 スペアの部品は用意してあるので、付け替えていく。すぐに元通りになったが、端末は起動しない。やり直しか。

 いくつかの部品をテスターで確認し、一つ、死んでいる小さな基盤がある。これは自分で細工できない微小部品の塊なので、基盤ごと交換か。

 スペアはあったかな、と脇に置いているケースを漁り、ボロボロだが、一応、あることにはあった。

 これと交換しても、またすぐに修理かもしれない、とは思った。

 少し考えるために、同人誌を確認する気になった。はっきり言って現実逃避だが。

 冊子では様々な機器の解体がされていて、俺が知らない機器もある。

 巻末へ行くと、作者のあとがきがあり、意外に売れ行きが良くて感謝、などと書いてあった。

 こんなマニアックで、激しく趣味が限定される分野でも、俺のような読者が大勢いるらしい。

 不意に思ったが、電子雑誌という形で刊行しないのは、電子部品を解体する関係で、今の俺のように電子版が読めないのを前提にしているのかもな。

 冊子をじっと見ていると、目の前で相棒が席を立った。

 珍しく食事を用意してくれるらしい。カリーのレトルトの賞味期限など、このユークリッド人が管理した方がまともな気がするが、どうしてか、このユークリッド人は極端な分野にその知性を振り向けている。

 まぁ、それは俺も同じか。

 カリーのレトルトを温めるだけで済みそうなものだが、相棒は何か、アレンジするようで、すぐにカリーの匂いが漂ってくる。匂いだけで、品物は出てこない。

 俺も早く仕事を済ませるとしよう。

 冊子を脇に置いて、電子端末の部品を交換し、テスターで確認。こういう時に使うようなものではなく、宇宙船の装置をテストするものだが、大は小を兼ねるとは、よく言ったものだ。いつの時代のどこの国の誰の言葉かしらないが、意外に頻繁に耳をする。

 とにかく部品は正常に作動し、フレームの中に収めて、パネルを当てる。一発でピタリとはまり、小さな昔ながらのネジで留めた。

 これで元通りだ。

 電子端末を立ち上げる。起動画面の後、ロックを解除する表示。十八桁を入力すると、ホーム画面に変わった。

 立体表示で、複数のタスクが、分解前と今の間隙を埋めるべく、展開されているが、全部が無事に完了。

「飯はまだか?」

 キッチンの方へ声をかけると「まだ作ってるよ」と返事がある。

 やれやれ。変なところで凝り性なのだ。

 俺は自分の電子端末の調子を確かめるために、すぐ横に置いたままの冊子を手に入れた、同人誌の通販サイトをチェックした。

 検索をかけると、すぐに一覧が出るが、さすがに銀河連邦の全てを受け持つために、とんでもないタイトル数になる。

 検索を繰り返して絞っていっても、そう簡単には一〇〇を割らない。

 やっとの事で俺の趣味に合いそうな、機械工作の同人誌の一覧が組み立てられた。

 本当なら検索履歴を利用したフィルタリングができるのだが、俺はこの検索を続ける過程を繰り返す。途中で何か、気になるものに出会えるかもしれない、という淡い期待があるからだ。

 本当に淡いとしか言いようのない、滅多にない事態だが。

 同人誌のいくつかを試し読みする。電子版もあるが、俺はやっぱりあまり、電子版が好きではない。

 電子機器を扱っているせいか、どこかで電子機器の不正確さを意識している向きもある。

 何かがきっかけで一つの部品が故障するだけで、電子機器はそのもの全てが使えなくなる場合が多い。

 それと比べれば、紙の冊子は余程のことがない限り、確認するのが容易だ。

 同人誌の通販サイトには、購読者のコメント欄もあり、そこも内容の程度や需要をチェックするいい材料になる。

 二、三冊を見繕い、注文した。電子版のように即座に送れるものではないので、どこかで実際に受け取る必要がある。

 相棒にこれからの仕事の行程を聞くと、惑星オーリンへ行くという。都市名も訊ねると、すぐに返事がある。

 惑星オーリンで受け取れるように都市名も入力すると、無事にそれが可能だとわかった。惑星オーリンに長居するとも思えないが、本を受け取る余地はあるはずだ。

「できたぜ」

 皿を二つ持って、相棒がやってくる。

 ローテーブルに置かれたそれは、緑色をしたどろっとした液体が、麺にかけられているように見る。麺?

「ライスじゃないのか?」

「好き嫌いせずに食えよ、テクトロン。美味いと思うぜ」

 美味いと思う、というだけで、不安しかない。

「どこでレシピを見た?」

「適当なレシピ集を情報ネットワークで調べた。読者からのコメントは上々だから、味は悪くないさ」

 もう何も期待せず、添えられているフォークを手に、俺は麺を巻き取り、口に運んだ。

 ミックスカリーの味だが、どこか辛味が強い。

「スパイスを追加したのか?」

「そういうレシピだ」相棒も麺を口に入れて、しかし頷いている。「悪くないな。まだ改良できるが、やっぱり当たりだった」

 そうとも思えないが、と口にしたかったが、すでに目の前にあるのだ、どうしようもない。

 俺は黙って麺を全部食べ、皿に残るカリーも口に流し込んだ。口の中がピリピリして、舌がしびれている。ユークリッドは大丈夫なのか、と見てみると、汗をダラダラとかいている。

「何のレシピ集を見たんだ?」

 キッチンで自分のグラスと相棒のグラスに水を注いで戻ると、奴はグラスを受け取りながら、「宇宙生活者の料理」と答えた。ありそうな名前だ。宇宙に似たような名前の情報ページや雑誌が一〇〇はありそうだ。

「もっとマイルドにできないかね」

 そう言ってやると、苦り切った顔で返事があった。

「それは、このレシピを評価している読者に言ってやってくれ」

「コメントを堂々と送りつけても、俺は少しも恥ずかしくない」

「このレシピで健康な生活をしている宇宙生活者は、きっと大勢いるぜ」

 水を飲み干して、俺は肩をすくめてやった。

「俺の仲間とお前の仲間、どちらが多いかな」

 おいおい、とユークリッド人が笑みを浮かべる。

「俺もお前の仲間だよ、テクトロン」

「つまり今回の料理は失敗だったと?」

 途端に顔をしかめ、今度はレトルトはそのまま食おう、と、奴はほとんど敗北宣言を口にした。

 どちらが多いかはさておき、読者という仲間の存在は、不思議と、同人誌の向こうにも、レシピの向こうにも、どこにでもあるものだ。

 味方の仲間か、敵の仲間かはあるが。

 俺はもう一杯、水を飲むためにキッチンへ戻ろうとしたが、相棒が空のグラスを突き出してくる。

 そのグラスに、俺は手を伸ばした。

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