宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ アナザーサイド

和泉茉樹

相棒から見る、宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(よくある、おうち時間編)

     ◆


 俺は宇宙船サイレント・ヘルメスのリビングスペースで工作に熱中していた。

 どうしてもぐずつく第二補助スラスターを補正する必要があって、そのためのツインスイッチャーを直しているところだった。

 本来的には正規品でも海賊版でも、使えるものを買えばいいのだが、相棒たるハルカ・シャークが財布の紐を握っていて、出費も思うようにいかない。

 それでも嫌がらせでオオイシサイの干し肉をまとめ買いしてやった。ほんの小遣い程度の出費だが、どうせ文句を言うだろう。

 ツインスイッチャーだって、一つ五〇〇ユニオもあれば買える。

 まったく、吝嗇家が宇宙船なんて所有するもんじゃない。

 右手にある汎用簡易コテで、人差し指と中指の動きで軟性合金を適当に押し出し、高熱で溶かし、それでジャンク品のツインスイッチャーの小さな基盤を、丁寧に修繕していく。

 しかしとにかく、煙がひどい。コテ自体もだいぶくたびれているが、それよりも軟性合金を安物にしたため、不純物が多く、それが煙になっているのだ。

 リビングスペースにはあっという間に煙が充満している。

 しかしここでツインスイッチャーの在庫を作っておくのは大切なことだ。

 リビングスペースの扉が開き、一瞬、立ち止まった後、相棒が入ってくる。

 煙に文句を言うのを、俺はサングラスの向こうに見据える。

 小柄だがどこか機敏そうで、意志が強いと思わせる光り方をする瞳がメガネの向こうにはある。

 奴は俺の向かいのソファに腰掛け、咳き込みながら電子端末を使い始めた。

 案の定、すぐに俺のいたずらに気づき、保存食を買ったと言ってやると、憮然としていたようだ。言葉遣いはいつも雑だが、その向こうの響きで感情はわかる。

 その程度に長い付き合いになっている。

 傭兵崩れ、などとからかう辺りは、テクトロン人を舐めているとしか言えないが、俺はあまり暴力向きではないので、手は出さないでおいた。

 オオイシサイの干し肉をくれてやると、やはり不愉快そうだったが、奴も黙って棒のような干し肉をしゃぶり始めた。

 俺も干し肉をくわえたまま、作業を続行した。

 ツインスイッチャーはなかなか直らない。傍に置いていたテスターを使うが、うまくエネルギーが流れない。くそ、軟性合金が安物のせいだ。

 腹立たしいが、やりがいがあると思えば、少しは溜飲も下がる。

 どうにかこうにか、三つ目のツインスイッチャーに取り掛かった頃には、数時間が過ぎている。次の目的地であるヴァルーナ星系まで、エクスプレス航路で三日とハルカは言っていたから、残り時間は二日はある。

 準光速航行の間はやることもなく、缶詰だ。

 暇つぶしが多いに越したことはない。

 ハルカがカードで遊びたいようだったが、俺は三つ目のツインスイッチャーが出来上がるまで、焦らしてやった。特に意味はないが、相棒をいじるのも大事な暇つぶしだ。

 やっと、三つ目の部品の修繕が完了し、テスターでの反応も悪くない。ややもたつく気もするが、許容範囲だろう。

 俺はハルカとカードゲームをしてやることにした。

 エイティエイトという奴が得意にしているゲームだ。

 どこか繊細な印象のハルカの指が鮮やかな動きでカードをシャッフルし、すぐに手札が配られる。

 このゲームを二人でやるのは、はっきり言ってつまらない。駆け引きこそが面白いのだ。せめてあと二人はいないと、ゲームはあっという間に終わる。

 それでも俺は律儀に手札と山札の間でカードを交換し、そこそこの手を作った。

 ただ、ハルカは平然と俺より強い手を見せ、いやらしいことに、圧勝しないように手加減している。

 ユークリッド人は勉強ができる、とは知っていても、ハルカという男の計算力、記憶力、洞察力はちょっと群を抜いている。もともと連邦中央大学の数学科にいた学生が、何を思ったか運び屋になるのだから、世も末だ。

 三つのツインスイッチャーを持って、俺はリビングスペースを出た。

 短い通路を抜け、突き当たりには今は重要な荷物も入っていない貨物室があり、俺はその手前の扉を開けた。さっと触れると自動で開くのはありがたい。

 扉の向こうは物置で、明かりも自動でついた。

 棚が二台並んで、そこには様々なものがギッシリと詰まっている。

 もしもの時の交換用の部品は、俺が安心するために在庫をだいぶ抱えている。ジャンク品が大半なのは、新品や正規品が買えないから、というより、このサイレント・ヘルメスの装備が古いからだ。

 ヘルメスの足は俺が知っている同程度の輸送船より抜群に速い。

 その代わり、安定性は極端に悪い。少しでも速度を出せば、どこかで不具合が出て、整備が必要になる。だからこうして部品を積み込んでいるのだ。

 大規模な装置の不具合は起きないように、定期的な点検で目を配っているが、小さな不具合は、ここにあるものでどうにかフォローできる体制を作ってあった。

 棚の空いているところにツインスイッチャーを三つ、そっと置いて、整備済みを示す目印をつけて、改めてジャンク品の群れを見た。

 明日、直した方がいいものを見当をつける。

 外へ出られない生活というのも、やるべきことを見つければ、退屈しないし、充実することもある。

 とりあえずは、シャワーでも浴びるか。

 物置を出て、寝室に向かった。二段ベッドが二台あり、しかし俺とハルカで、一台ずつ使っている。俺も奴も、下の寝台に寝て、上の寝台は物置にしていた。

 着替えを手にシャワー室へ向かい、あっという間に汗を流し、体を乾かし、着替えた。

 リビングスペースに戻ると、もう俺が発生させていた濃い煙は消えていた。空気浄化フィルターの交換をしなくちゃいけないかもしれない。今回の仕事の前に交換してあったので、陸へ降りるまでは問題ないはずだ。

 ソファに腰掛けた姿勢で、ハルカは眠っている。メガネが少しずり下がっていた。

 普段はそうでもないが、眠っていると意外に幼い表情になる。

 金髪はだいぶ伸びていて、よく観察すれば顔は結構な美男子に見えるが、眉間のシワが消えることがないあたり、少しとっつきにくさを生み出している。

「おい、相棒、風邪ひくぞ」

 俺はそう声をかけて、キッチンへ行った。背中を向けているので見えないが、ハルカは目を覚ましたようだ。

「疲れているのか、それとも煙にやられて酸欠になったのか、教えてくれ」

 嫌味を口にするハルカに、俺はコーヒーをカップに注ぎながら、振り向きもせずに応じる。

「どちらかを選ぶなら、酸欠死してくれ。事故死として、俺の懐も少しは潤うかもしれないからな」

「誰がお前に保険金がおりる契約なんて結ぶかよ」

「じゃあ、誰が受け取るんだ?」

 カップを手に振り返ると、頬杖をついて憮然とした顔でハルカがこちらを見ている。

「はっきりさせておくが、俺が死んだら、俺が背負っている借金が全部、お前に行くようになっている。保険金があろうと、返しきれない負債だよ」

「そうなれば、船を売るさ」

「銀河連邦指定組織がそう簡単に諦めるとも思えないな」

 指定組織、というのは、要は銀連邦が公認にしている反社会勢力だ。

 俺も何度か接触したことがあるが、噂に違わない暴力性と残虐性を体現している連中だった。

「とにかく、俺とお前は一蓮托生だ、エルネスト。俺はヘルメスが飛ぶ道筋をつける。お前はヘルメスが飛ぶようにする。オーケー?」

「オーケーだよ、相棒。コーヒーでも飲むか?」

「泥みたいな奴をくれよ」

 俺は素早くコーヒーを作ってやったが、簡易コーヒーの真っ黒い粉に適量の半分の熱湯で作ったので、やや粘度の残る液体が出来上がった。

 俺はソファに戻って、ハルカのマグカップをローテーブルにおいて、自分のコーヒーをゆっくりと啜った。

「あの干し肉だが」

 美味いとはとても思えない液体を飲みながら、ハルカが言う。そういえば、手元に持っていないから、干し肉一本、ちゃんと食べたのだ。

「気に食わなかったか?」

「いや、びっくりするほど腹いっぱいだよ。どういう魔法だ?」

 思わず俺は笑っていた。

「オオイシサイは惑星クルーンの名産品でな、現地だとひき肉にして食べるのが多いんだ」

「答えになっていないぜ」

「オオイシサイはそれほど大きな生物じゃない。しかしその肉は、すごい膨張の仕方をする。最初にあの動物の肉を食った奴は、胃が裂けたらしい」

 おいおい、などと言いながら、ハルカは自分の腹の辺りを手で撫でている。

「まぁ、明日になれば、ちょっとは腹も減るだろう」

「傭兵御用達の食料ってわけだ」

「いや、傭兵はもっといいものを食うだろうな。命をかけているんだから、毎日毎食、最後の食事だよ」

 不愉快そうな顔をしてから、ハルカはぐっとマグカップの中身を飲み干した。

「今後の予定だが」

 ハルカが空のマグカップをテーブルに置いて、身を乗り出す。

「ヴァルーナ星系にある、惑星ファルで荷物を引き受けられるはずだ」

「何を積み込む?」

 いつものブツだよ、とハルカが唸るように言って、頭上を見上げる。

「ずっとこうして、船にのり続けられたら、楽なのになぁ。船の中に閉じこもっていられたらいいのに」

「仕事をしなくちゃ、生きていけないぜ」

 思わず正論を口にしていたが、俺も別にそうは思っちゃいない。

 思っていないのに、口から出てしまうのが正論だ。

 ハルカがこちらを見て、笑う。

「俺たちの仕事は、命がけだからな。仕事しているのか、生きているだけなのか、曖昧になるな」

 立ち上がったハルカは、「先に寝るぜ」と手を振ってリビングスペースを出て行った。

 俺はその背中を見送ってから、奴がテーブルにマグカップを置きっぱなしにしているのに気づいた。大人げないことはしない、というほどでもないが、サービスとして俺はそのマグカップも洗ってやることにした。

 俺だって毎日、機械部品をいじっていられれば、と思わなくもない。

 ただこういう、限定された場所にい続けるのも、違うんだろうな。

 時間はすでに二十二時を回っていた。

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