第四十二揺 LIE OR TRUE?

 

「時に、夜野少年。貴方は貴方自身の役職ジョブについて如何ほど把握していますか?」

「……?」


 長時間にわたって行われる講義の内容にゲッソリした様子の煌は、ルーファスの問いに首を傾げた。ルーファスの質問の意図が分からなかったからだ。

 意図は分からなかったが、問われた以上は答えねばならないだろう。一考してから、煌は軽い見解を述べる。


「能力については大体。殺した処刑人の能力……というより、特徴を武器として反映したものを具現化する能力と、通常時が五倍、人数が半分を切ると更に2倍の補正が掛かる能力上昇バフ。この二つが俺の能力です。前者も人数が半分を切らないと発動しません」


 煌の能力は、処刑人と対峙し、殺すことにより向上するものだ。彼らの能力や武器を具現化して戦うので、手数を増やせるのがデカい。

 特徴を武器として反映する、というのは、能力説明欄が真っ白なままである煌が勝手に推測したものだ。


 猪突猛進の鴉頭を殺せば、凄まじい突進が繰り出せる能力が付随する大鎌が武器に。

 悪辣非道の道化を殺せば、手品のように大量に生み出せるジャックナイフが武器に。

 金城鉄壁の豪傑を殺せば、矛にも盾にもなるような白銀色のガントレットが武器に。


 先日斃した吸血鬼については能力を把握できていないが、おそらく吸血鬼の能力と似たような性能を持つ武器が生成できるはずだ。

 同時に複数種類の武器を装備することは出来ないが、換装さえすれば手数が生かせる。そういう意味では、煌は自身の能力を使い勝手がいいものだと思っていた。


「はい、報告ではそう聞いています。そして、叛乱軍でそれを知っているのは幹部や一部の人間……君を含めてもそう多くはありません。これは、我々が君の能力を秘匿しているからです」

「……確かに、あまり口外するなと言われましたが」


 オズウェルから能力については箝口令が布かれており、煌も自発的に広めたりはしない。現実世界に戻れば記憶を失う『クレイドル』のプレイヤーについても同様だ。能力については穂乃美を除いて口外していない。彼女に伝えたのも、煌の戦いに同行すると言った彼女の生存率を上げる為だ。穂乃美の性格であれば、無駄に他言することはしないだろう。


「君の叛逆者リベールとしての能力を秘匿するのと同様に、叛乱軍に属するもう一人の叛逆者リベールに関しても情報は秘匿されています」

「―――『』の叛逆者リベール


 曰く、叛逆者リベールには『固有の能力』が存在するらしい。

 筋力補正の値は同じなのだが、もう一つの能力に関しては内容が各叛逆者リベールで異なっている。煌が『殺した処刑人の武器を作り出す』能力であるのと同じように、他の役職ジョブには見られないような特殊な力を行使することができるのだとか。


 その話の通りなら、叛乱軍に属するもう一人の叛逆者リベールである『碧』もまた、煌とは異なる形の強力な固有能力を有しているのだろう。


 ルーファスは煌の言葉を無言で首肯し、『碧』の叛逆者リベールの名を背負う人間について語る。


は今、アメリカにある本部の方で活動しています。その活動内容ですら極秘、もちろん能力も極秘です。人相ぐらいは……まぁ、向こう側にバレているかもしれませんが」

「彼女……というと、女性なんですね」

「えぇ。ルックスは抜群な方ですよ。ルックスは」

「……? なぜルックスだけを強調して」

「さぁ話を戻しましょう。閑話☆休題」


 椅子の上で鼻風船を作って居眠りしているロドリゴにブランケットをふわりと乗せると、ルーファスは半ば強引に話題を切り替えた。


「我々がここまで叛逆者リベールの能力を秘匿する理由は分かりますね?」

「……叛逆者リベールの能力が、政府側に対する切り札になり得るから」

「ご名答です」


 煌の回答に対してルーファスは鷹揚と頷く。

 クレイドルの記録を唯一持ちだすことができる存在の叛逆者リベールは、叛乱軍にとって情報の宝だ。クレイドルに関して欲しい情報を持ってきてくれるし、その逆も然り。叛逆者リベールに情報を渡せば、クレイドル内で指示に従って動いてくれる。しかも、当人はクレイドル内で最強の力を誇るときた。

 クレイドルに、そして悪夢ナイトメア症候群シンドロームに対してあまりに無知な叛乱軍にとって、叛逆者リベールは何物にも代えがたい存在である。


 だからこそ、その能力の情報が相手側に渡ってしまうのは不味い。

 能力が知られてしまっているということは、煌の力の底が簡単に推測出来てしまうということなのだから―――


「もし、それは大きなディスアドバンテージだ」


 政府側の叛逆者リベール

 今もなおクレイドル内で間接的に殺戮を行う政府に与するという選択をした、もしくはせざるを得なかった、人民の敵ともいえる人間だ。


「その通りです。能力が知られてしまえば、もちろん対策を講じることも可能。いざ敵側の叛逆者リベールと戦うとなった時、自分の能力が知られてしまっていては、やりづらいにも程があります」


 クレイドルに関する任務を遂行している際、政府側の叛逆者リベールと接敵する可能性は十分にあり得る。そうなった時は、恐らく戦闘にもつれ込むだろう。

 相手がどんな能力を使うか分からないのに、自分の能力は相手に知られてしまっている。それはあまりにこちらが不利だ。


「ですから、我々は敵に活動を妨害されないために。相手は我々に情報を侵害されないために。互いの叛逆者リベールの能力を隠す必要があるのです」


 叛逆者リベールの秘匿性は、クレイドル内での自由度に直結する。

 能力などの内情が知られていればいるほどクレイドル内で動きづらくなり、逆にきちんと秘匿できていれば叛逆者リベールは自由に動ける。


「だから、絶対に能力を政府に知られてはいけない……というか、政府側はなんで俺達の能力を知らないんですか? 政府がクレイドルを管理しているはずですよね」


 ふと疑問に思ったことをルーファスに問いかける煌。考えてみれば、クレイドルの管理をしている政府に煌の固有能力が知られていないという前提を立てるのは見当違いというものではないか。

 煌から投げかけられた問いに対し、ルーファスは肩をすくめて答える。


?」

「さぁ、って……え、分からないんですか?」

「はい。

「……」


 予想の斜め上をいく返答に、煌は頬をひくつかせる。ルーファスが自信ありげに言っている情報のソースが謎である可能性が出てきて、途端に不安になり始めた。


「そんな顔しないでください。理由はありませんが、根拠はあります」


 机の上に置いてある書類や電子機器類を軽くまとめながら、ルーファスは煌に視線だけを寄越す。どうやら地獄のように続いた長時間講義も終了するらしい。現在進行形で目の下にクマを飼っている煌としては有難いことこの上ない。


「これは、『碧』の叛逆者リベールが『白』の叛逆者リベールと接触した時に得られた情報なのです」

「!」

「なんでも、向こう側は碧の能力を知らなかったんだとか。単純に初見で対応しきれていなかっただけなのか、はたまた情報が行き届いていなかったのか……真偽は不明ですか、そもそも『政府は悪夢ナイトメア症候群シンドロームを御しきれてない』というのは以前から提唱されていた話ですしね」


叛逆者リベールの能力までは把握していないのかもしれません」と述べるルーファスを尻目に、煌は彼の発言を機に過去に提供された情報を思い出していた。

 煌が叛乱軍に匿われたばかりの頃、オズウェル達から情報公開を受けたことがある。あの頃は鴉頭の処刑人を倒して、道化師の処刑人とはまだ出会ってなかった時だった。煌が寝返る可能性があったため、叛乱軍が渡した情報は決して多くなかったが、その中に叛乱軍の悪夢ナイトメア症候群シンドロームへの見解があった。


悪夢ナイトメア症候群シンドローム』は、政府が意図的に起こしたものではない。


 それこそ、叛乱軍が現在想定している真実だった。


「2035年……突如として全世界で老若男女問わずに人々が1億人も死亡した事件。憎き悪夢ナイトメア症候群シンドロームの始まりとも言えるあの出来事。そして―――」

「いま叛乱軍が『クレイドル』の元凶だと考えている脳内マイクロチップは、その後に普及し始めたものだった」


 以前にも玄二と紅葉に話したことがあったが、その時に玄二が疑問に持った点。それが、『時系列が逆』だということ。

 煌達を苦しめている『クレイドル』は脳内マイクロチップが引き起こしているモノ。しかし、悪夢ナイトメア症候群シンドロームが発生した時には誰も脳内マイクロチップを脳に入れていなかった。そこに時系列の矛盾がある。政府が悪夢ナイトメア症候群シンドロームを引き起こしたのだとしたら、それは脳内マイクロチップを仕込まれた後であるはずなのだ。

 時系列が逆である以上、悪夢ナイトメア症候群シンドロームが政府によって引き起こされたものであるという仮定自体が間違っていると考えるべきで。


「つまり、悪夢ナイトメア症候群シンドロームは政府が起こしたものでは無く……自然発生した災害のようなものを政府が制御しているという可能性がある」

「あくまで可能性ですがね。全て想像の域を出ませんが……『悪夢ナイトメア症候群シンドロームを制御しきれていない』という仮定が合っているのだとすれば、政府ですらもクレイドル内の情報を完全に把握できているわけではないと考えることもできます」


 もしルーファスの言ったことが事実だとするのなら、煌達のような叛乱軍側の叛逆者リベールの能力を把握していないことにも説明がつく。ただルーファスの言った通り、仮定の域を出ないものではあるが。


「つまり。叛逆者リベールの能力は政府側に絶対にバレてはいけない、と」

「そうです。……あぁ、そこで提案なのですが」


 まとめた書類を机でトントンと揃えた後、煌へと向き直るルーファス。モノクルの位置を指で整え、その顔にとびっきりの笑みを浮かべた。



「もし石見凛と交渉することになったら、



「……は?」





 ***




「―――『紅』の叛逆者リベールの能力、と」

「あぁ。それが今回此方から提供できる情報だ」


 煌から持ち出された交渉の材料に対し、凛は僅かながら眉を上げる。だが、それだけだ。必要以上のリアクションをとることも、その見目麗しき美貌を崩すことも無い。


(目立った反応はなし……まぁ、分かりやすく動揺するわけもないか)


 ポーカーフェイスを保ったまま微動だにしない情報統制局局長を目の前にして、煌は改めて彼女の強かさを感じた。交渉の場など何千回と経験してきているであろう凛は、煌に自身の隙を全く見せない。


(本当にこの交渉材料が効いているのか、それすらも疑いたくなってくる)


 ここまで毅然とした態度をとられると、『紅』の叛逆者リベールの能力という切り札が有効なものなのかが怪しくなってくるというものだ。

 だが、ここで日和るのが悪手であることも煌は理解している。


(……落ち着け、動揺を見せるな。ここで動揺したら相手の思うつぼだ)


 凛が動揺しないのは、それ自体が煌への揺さぶりなのだろう。煌が凛に何の反応も無いのを見て動揺したら、それは『叛逆者リベールの能力は有効な情報である』ことに確信がないことの裏返しになる。凛もそれが分かっているから、あからさまな反応は見せないのだ。


「政府が欲しがっている情報はそれだ。こっちにだって、それぐらいの見当はついてる」


 そう言って、凛を揺さぶりにかかる煌。これは政府が叛逆者リベールの能力を把握していないという事実に裏付けをとるための確認だが―――


叛逆者リベールの能力の情報を欲しがっている? 私達が? 何を根拠にそんなことを」


 しかし、凛が簡単に手の内を晒すはずもなかった。感情を消した起伏の無い声で、煌の問いかけを見当違いだと軽くあしらおうとする凛。それに対し、煌は双眸をスッと細くする。


(しらばっくれる、か……だけど、これはルーファスの想定通りだ)


 最初から凛が肯定するとは思っていなかった。ルーファスも、凛が白を切ることを事前に予測していた。


 ―――だから、手は打てる。


「強がるなよ。政府だって悪夢ナイトメア症候群シンドロームを完全に掌握出来てるわけじゃないんだろ。『クレイドル』内での優位性を保つためにも、ここは素直に聞いておくのが得策だと思うけどな」

「ほぉ。『私達が悪夢ナイトメア症候群シンドロームを完全に掌握出来ていない』と。しかも、『叛逆者リベールの能力という情報に重きを置いている』ことを確信しているといった言い分だが。それはつまり、?」


 言葉の最後に混ぜられた凛の疑問に対して、煌はノータイムで返答する。



 勿論、嘘だ。


 確信などしていない。そうであってほしいという希望的観測に過ぎない。だが、一か八かというほど分が悪くないと考えるからこそ、この場で自信を持って嘘をついた。


「―――……そうか」


「……?」


 奇妙なワンテンポを置いた凛の反応にやや違和感を感じた煌だったが、ここで動揺してはならないのは先ほどと同じ。

 政府が叛逆者リベールの能力を知らないのだと知られてしまえば、その『情報の価値』が跳ね上がる。とはいっても、政府の中での価値ではなく、叛乱軍の中での価値が、だが。


 原理は異なる市場の間で行われる商談を考えてもらえば分かりやすい。鎖国解禁当時の日本人と外国人商人とで行われていた金と銀の価値比率の話を例にとるとしよう。

 当時、ヨーロッパでの銀と金の価値比率は日本での価値比率より悪かった。いうなれば、ヨーロッパでは銀貨15枚で金貨が1枚交換できて、日本では銀貨5枚で金貨1枚と交換できた、みたいな話だと思ってくれればよい。ヨーロッパにおいて、金の価値が日本のそれよりも高かったということだ。

 これに目を付けた外国人商人は、まず銀貨4枚を一分銀(当時の日本銀貨)12枚に両替し、それを小判3枚と交換した。そして交換した小判を自国で売る。すると、小判3枚がメキシコ銀貨12枚になって返ってくるのだ。

 元手がメキシコ銀貨4枚だったのに、小判と交換したことでメキシコ銀貨は12枚になって返ってくる。結果的に、両替をしただけで銀貨8枚分の儲けが出たわけだ。

 つまり、いにしえの転売ヤーである。

 この原理を知らない日本人達は「銀と金を両替したらオマケも付けちゃうよ!(そりゃ銀貨8枚の儲けが出るんだから多少は羽振りを良くしても痛手にはならないわな)」的な甘い文句につられ、せっせと銀と金の両替を行いまくった。結果、大量の金がヨーロッパへ流出してしまい、結果的に経済に大打撃を負うことになったのだが、それはまた別の話である。


 ここで得られる教訓は、「交換物に対する価値の相違が大損を生み得る」ということだ。

 金と銀の交換比率が日本とヨーロッパとで大きく異なっており、両替を行えば日本はどんどん貧しくなるという知識を持っていれば、彼らとて交換はしなかっただろう。交換するにしても、外国人が金銀転売ヤーしないように何かしらの条件を付けたはずだ。

 持っているモノの価値が違えば、それは弱みとなる。商売敵は、自分達の損失がそんなに大きくないことを誤魔化して、最大限の利益を上げようとするだろう。

 だから、相手にとって交換物がどれだけの価値があるものなのか、それを把握しておくことは極めて重要だ。逆に、その本当に価値を把握していないと知られると、相手は全力でカモりに来る。


 だから、煌は虚勢を張る必要があった。『叛逆者リベールの能力』という情報の価値を知っている、と。その情報に、と。


(そう。だから、これは必要な嘘だ)


 凛が情報の価値を否定したがっていたのも、叛乱軍内での『叛逆者リベールの能力』という情報の価値を下げるための行動だ。それを真っ向から否定するために、あれは必要な嘘だった。

 頭ではそう理解している。理解している、のだが。


 


 そんな漠然とした不安が、煌の心中を駆け巡っていた。



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