第八揺 Remember me


 目覚まし時計が鳴っている。

 少し乱暴に止めて、時間を確認した。


 5月26日、6時30分。いつも通りの起床時間だ。


「朝、か…」


 カーテンから差し込む光に目を細め、朝の到来を実感する煌。

 まだ完全には覚醒していない頭で、夢のことを考える。

 色々な事があった。何度も何度も死にかけたが、かけがえのない時間でもあった。

 しかし、痛みの記憶は消えない。目を閉じれば、足を失う痛みが、手が折れる痛みがまざまざと蘇る。

 これほどの痛みを、その経験のない体が再現できるはずもない。それほどに鮮烈な痛みであった。


 断言しよう。あれは、ただの夢ではない。



 あの世界は、あの悪夢のゲームは実在している。



「…だからといって、どうなるわけでもないけど」


 …今日は、凛が仕事で朝早くから留守の日だったはず。


「…朝ごはん用意しよ」


 半ば思考放棄をした状態で、煌は布団から起き上がった。




 朝食をとり、自動型運転車で学校に向かい、教室に入って席に座り、太田に絡まれ、授業が始まり、昼休みを迎える。


 何も変わらない。本当に、何一つ変わらない日だ。まぁ、『クレイドル』の事は大抵の人間が知らないわけで、自分以外の日常が変わらないのは当たり前だが。


 ただ、煌の頭の中では疑念が駆け巡っていた。


 まず第一に、あの夢はどのくらいの頻度で現れるのか。

 流石に今日明日、ということは無いだろうが、このままでは寝るたびに、あの世界に巻き込まれることを恐れながら寝なければならなくなる。そう考えただけで、身震いがするというものだ。


 第二に、あの怪物を倒したわけだが、これからも『クレイドル』に巻き込まれなければならないのか、ということ。もし、あの怪物を倒せばゲームクリア、ということなら、これから寝るたびたびに死の恐怖を感じなくて済む。


 第三に、『クレイドル』で死んだとして、なぜ現実でも死ぬのか。夢の世界での死=現実での死なら、そこに二つの現象をつなぐ「なにか」があるはずだ。死因が分かれば、対策のしようもあるのではないか。


 他にも、時間が無くて聞けなかったことは山ほどある。

 早く解決しまいたい、と思う煌は、紅葉に話してもらおうとしていた。

 だがいかんせん、学校一の人気者とあって、中々フリーの時間が無かった。


 奇跡的に周りに誰もいなくなったのが、この昼休みである。

 この機を逃せば、今日は質問することが出来なくなってしまう。


(学校で話しかけるとか、数年ぶりじゃ…いや、覚悟を決めろ、夜野煌!)


 決死の思いで、紅葉に話しかけに行く煌。


「あー、えっと、更科さん」

「?!えっ…どうしたの、急に?」

「…?」


 何か、違和感がある。なんだ。何かがおかしい。

 違和感を押しのけて、内容が周りに伝わりにくくなるよう、オブラートに包んで話す。


「えっと、昨日の、夜のことなんだけど…」

「…?えーと、夜?何のことかな?」

「…え?」


 とぼけている、のか。いや、とても演技には見えない。どういうことだ。

 嫌な予感が、していた。

 生唾を飲んで、問いかける煌。


「…更科さん。『クレイドル』って、知ってる?」


 紅葉は、目を丸くして答えた。




「……ぇ」


 間違いない。演技ではなく、本気で言っている。


「な、なにも?なにも覚えてない?」

「ご、ごめん…ちょっと、思いつかないかなー、って…」


 そんな、馬鹿な。

 認めたくない。認められるはずがない。


「ッ!西条音子は!?笠原玄二は!?宮園夢莉は!?」


 紅葉は、困惑の表情で煌を見ている。


 目を伏せて、一番したくなかった質問をした。


「あの、約束のことは…?」

「約束…」


 言葉を繰り返したのを聞いて、もしかして、と顔を上げて。


「ごめん。覚えてない、かな」


 膝から、崩れ落ちそうになった。

 なぜ。なぜ、覚えていない。全て、忘れてしまったのか。


 くす。くす。


「…ぁ」


 その時、気づいた。

 教室中が静まり返っている。全員が、煌の奇行を見ていた。


 くすくす。くすくす。


 静かに、嘲笑う声が聞こえる。


「~~~っ!」


 顔を歪める。

 どうして、こうなったんだ。


 その空気に耐えられず、教室を走って飛び出す。

 背後から声がかかった気がしたが、気にする余裕はない。

 昼休みの、ざわめく廊下。顔を青くさせて走る煌を、周囲は驚いて見つめる。


 一緒に、笑い合いたくて。


 一緒に、過ごしたくて。


 一緒に、歩きたくて。


 命をかけて、頑張ったんだ。

 その果てに、かけがえのないものを得られたと。

 ようやく、信頼できる仲間を得たと、そう思っていたんだ。


 それなのに、どうして。


 階段を駆け上がって、屋上のドアを開け、立ち尽くす。



「そんなの…あんまりじゃないか…」



 今にも泣きそうな顔をして、言葉を溢す。


 屋上に、風がそよいだ。

 5月末のソレは、少し寒くて。



 煌は、また一人になった。






 教室から飛び出して行った煌。


「お、おい!?煌!どうしたんだよ!」


 太田が様子のおかしい煌を心配し、後を追って飛び出して行く。


 呆気に取られた紅葉。やがて彼女の耳に、煌に対するクラスメイトの陰口が飛び込んで来る。


(ねぇ見た?今の)(アイツやばくない?いきなり紅葉ちゃんに話しかけたと思ったらさ)(え?何アイツ、もしかして薬ヤってんの?)(あの顔面白かったなw)(ずっと黙ってて気味が悪いと思ってたけど、まさかあれほどとはねー)(顔がよくてもアレは駄目だわw)(てか昨日の夜ってなに?勝手に記憶改竄してんの?まじでアイツ頭おかしくね?)(知ってる?やばい宗教の幹部って、高学歴な人が多いんだって!)(あーゆーのがなるのかなー?生理的に無理だよねw)


 くすくす。くすくすくす。


 悪意に満ちた囁き声と嘲笑が広がる。


「夜野君…」


 そんな中、たった一人だけ、紅葉は彼の出た行った後を見ていた。





 ***




 よく考えれば、分かる話だった。

 なぜ、悪夢症候群で死亡することの正体が、寝ている時に行われる『クレイドル』の中で人が死亡することだと、世間の人々は知らないのか。

 50年以上も前からある病気なのに、未だに理由を知らないのは何故か。


 簡単な話だ。

 なるほど、『クレイドル』に巻き込まれた人が、いつも普通に寝られる理由はここにある訳だ。


 つまり、記憶を持っている煌が異端なのだ。

 自分だけが記憶を持っている、その理由は。


「俺が、役職ジョブを持ってない『無職』だからか…?」


 自分にある特異性となれば、最大のものはやはりソレだ。

 長いこと『クレイドル』にいると言っていた音子ですら知らない、例外中の例外。それが煌なのだ。


「何だよ、それ…こんな能力、何の意味もねぇじゃん…」


 屋上の椅子に寝転がり、目を手で覆いながら、独り言を言う煌。


『クレイドル』内では、なんの特殊能力もない。そのくせ、『記憶を引き継ぐ』なんていう、あの世界では何の役にも立たない能力が付いてきた。しかも、周りの人間からすれば、ただのヤバいことを言っている狂人でしかない。


「結局…一人か……」


 どこまでも、自分は変わらない。変われない。こんな特異性を与えられて、ただ打ち明けられない秘密を抱えて、孤独に生きるだけの―――



「あ、本当にいた!」

「…え」



 透き通った声が顔の上から聞こえる。


 手をずらすと、そこには、学校一の美少女の顔があった。


「ここって、立ち入り禁止になってるって聞いたんだけど…何で開いてるの?」

「…更科、さん」

「?うん、何?」

「…変なやつだって、思わないんですか」


 おずおずと聞く煌に、紅葉は微笑んで、椅子に座る。


「思わないよ。そんな人じゃないって、知ってるもん」

「―――」


「煌君は、私の尊敬する人なんだから!」


「………ぁ」

「あ、あれ?!なんで私、今、下の名前で…!?ご、ごめん夜野君!はしたない女とか、思わないでね!?」

「…思いませんよ」


 ならば、初対面で下の名前で呼んできた「西条」から始まり「音子」で終わる女は、はしたないのか。

 …はしたないな。


 内心で自己完結していると、


「…?夜野君」

「はい?」

「なんで、泣いてるの…?」

「えっ…?」


 気付かなかった。涙が、頬をつたっていた。


「あ、あはは…なんで、でしょうね…ごめんなさい…い、今、止めますから――」


 そう言って、顔を隠そうとした煌の手を止め、額を撫でる紅葉。


「…事情があるんだよね。私が何か手伝えることなら、なんでも言って。私、がんばっちゃうよ?」


 紅葉は、ちょっと戯けた風にそう言った。


 話して、いいのか。

 あの悪夢を。死と隣り合わせの、あの恐怖の世界を。


 伝えたくない、と言えば嘘になる。

 本当は、今すぐにでも話してしまいたい。楽になりたい。誰かと、共有したい。

 でも。


(これを伝えてしまったら、更科さんはこれから、ずっと寝る時に怯えるようになる)


 寝たら死ぬ、という恐怖。そんなものを、愛する人に伝えたいはずがない。


「…いえ、何でもないです。忘れてください」

「…うん。わかった」


 煌の頭を撫でながら、優しい表情で紅葉は身を引いた。


 そうだ。焦る必要はない。

 少しずつでいい。少しずつ、心の距離を狭めていこう。



 きっと、臆病者の二人には、それがお似合いなのだから。



「ちなみに、誰からこの場所を…」

「太田くんが、『アイツのことだし、どーせ屋上でメソメソしてるから、元気づけに行ってクレメンス!頼む!』って」

「あいつ、余計なお世話を…」

「ふふっ、いい友達だね」


 少し考えて、煌は笑った。


「ええ、親友です」



 屋上に風が吹いていった。


 5月末の風は、すこし暖かい。




 ***




 意識が遠のいていく。

 薄れた意識の向こうで、誰かが叫んでいる。


「――ずい!もう――がない!注射――う!みん――おね――!」


 聴き覚えのあるこの声は、多分、更科さんだ。

 ぼやけた視界のピントを無理やり合わせて、更科さんが持っているものを見る。



 それは、全長1メートル程もある、極太注射器だった。



「えっ」

「煌君!傷が酷くて、もう時間がないの!今から注射するから、痛いかもだけど我慢してね!」

「待ってなにこれ、え、悪夢ってる?俺今、悪夢ってる?」

「みんな、煌君のこと抑えてて!」

「「「りょーかい」」」

「え?何?!何!?」


 煌をうつ伏せにして押さえつける夢莉、音子、玄二の三人。


「はーい、お尻上げてネー」

「えっ、お尻?」

「そら、ケツだせケツ」

「も、もしかして注射って」

「ここ、肛門から入れます」


 浣腸薬じゃねーーーーーーーーーーーーか!!!


「待て待て待て待て待て待て本当に洒落になんないからその太さ!」

「はーい、チクッとしますよー」

「その大きさはチクッとじゃ済まないから!ザクッとだから!ダメだって怪我悪化するって!聞いて!ねぇ聞いて!」

「「「「せーの」」」」




「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっっっ!!?」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっっっ!!?」


 布団から飛び起きる煌。そして、横で上がる悲鳴。


(な、なんだ…夢か…)


 ほっ、と胸を撫で下ろす。


「いや元々夢じゃねぇかッッッ!!」

「さっきから何なんだ!?」

「え、あ、ごめん」


 側に転がって困惑している凛を見て、心配させてしまった、と謝り、気づく。


「…何してんの?俺の部屋で」

「え?!い、いや、何でもないよ???」


 よく見ると、カメラを背後に隠し持っている。


「…寝顔、盗撮してただろ」

「なんのことだろ、さっぱりわからないなー」

「…よく撮れたか?」

「勿論だ!なんなら見てみるか!?今日の一枚はいつも以上に良い出来だったから寝顔コレクションに加えようと思」




「うぅ…酷い…寝顔コレクション全削除だなんて…鬼ぃ…悪魔ぁ…コミュ障ぅ…」

「心外だな。肖像権を行使したまでのことなのに」


 淡々と朝食を取りながら、シクシク泣いている凛を軽くいなす。ちなみにバックアップまで削除済みだ。やたら機械系に詳しい凛のことなので、まだ保険が残っているかもしれないが。


「…なぁ、煌」

「なんだよ」

「最近、ちょっと明るくなったな」

「…そう、かも」

「なになにー?好きな子に告白して成功したりしたー?」

「……………」

「…え、嘘だろ?ほんとに?」

「……近しい、ことは」

「は???????????」


 床に転がっていた凛の雰囲気が一変する。


「その子の名前は?住所は?家族構成は?」

「え、なに急に…教えてどうすんだよ」

「徹底的に調べて弱点を見つけたところでネット上に個人情報晒す」

「最低最悪のサイバー嫌がらせじゃねぇかふざけんな!!教えるわけねーし、絶対にすんなよソレ!」


「仕方ない…こうなれば監視カメラをハッキングしてでも…」などと、なにやらブツブツ言っているが下手すれば本当にしでかすから、この義母は怖い。自動型運転車で毎日通学させたり、少し過保護が過ぎるだろう。


「…実行したら、凛の部屋にある『煌くんアルバム』vol.1~38を焼却処分するから」

「なっ、なんで知ってるんだ?!」




 ***





 凛が会社に出勤した後、煌も家を出る。


 あの夜から2日が経った。

 あの日、屋上で二人で話してから、昼休みは二人、屋上で昼ごはんを食べていた。

 他愛のない話ばかりだったが、それでも2年近く片想い、いや、本当は片想いでは無かったのかもしれないが、とにかく普通に話せる事が、なによりも幸せだった。


 …まだ、告白はできていないが。


 ちなみにだが、二度目の『クレイドル』は経験していない。もしかしたら、1週間周期だったりするのだろうか。あの日以来は音沙汰がない。…朝の浣腸の悪夢はノーカウントである。


 色々と手を回してくれた太田にも、それなりの感謝の意を伝え、これからはもう少し優しく接しようと思ってた矢先、「え、どしたの急に。キモ」と言われたので秒で断念、今まで通りの接し方で行くことが脳内で決定した。


 少しずつ、自分は変われていけているだろうか。

 クラスメイトからの視線は相変わらず冷たいが、いつかはそれも何とかしなければならないだろう。


 凛の自動型運転車が置かれている地下1階へとエレベーターが降りていき、下向きの加速度を感じた後、ポーン、という電子音が鳴った。


 今は焦らなくていい。自分を、着実に変えていこう。



 確かな決意と共に、エレベーターのドアが開き―――




「―――夜野煌だな。我々と来てもらおうか」

「…え?」




 そこにいたのは、八人の黒服の男達だった。

 自分より一回り大きい男を先頭に、エレベーターを囲む形で七人が立っている。まるで、逃がさないとでも言うように。


「えっ…と、何か用でしょうか。あと、なんで俺の名前…?」

「我々は政府の者だ。君を連行するよう上から指示が出た。一緒に来てもらおう」


 男達の雰囲気は穏やかなものではない。ひどく高圧的で、煌に有無を言わせない印象がある。


(連行…いや、それ以前に、政府?なんで政府がこのタイミングで…)


 何か、きな臭い。違和感を覚え、申し出を断ろうとする。


「いやでも、俺は今日学校が」

「――『クレイドル』」

「―――な」


 なぜ、その言葉が口から出てくる。


「やはり、覚えているな」

「…なんなんだ、あんたら」

「我々に素直に従うのであれば穏便に済ませよう。さぁ早く」

「だから、話を」

「まだ分からんのか」


 ため息と共に、心底呆れたような顔で煌を見下す男。


「黙ってついてこい。お前に拒否権などない」

「…は?」


 意味が分からない。なぜ、こうまで傲慢なのか、いや融通が効かないと言うべきか。政府の役人がこんな態度を取るなど聞いたことが―――


(…政府?)


 その時、煌の中で思考の靄が晴れる。


 悪夢症候群は原因不明の病気とされてきた。その真実は、夢の中でのデスゲームの結果が現実に反映されるというものであったが、それは夢から醒める際に内容を忘れてしまうが故に現実世界で原因が分かることはない、と考えていた。


 そう、勝手に納得していたが、おかしいのはそこだ。

 自分のように、夢の内容を現実世界に持ち込める人間は今まで一人もいなかったのか。五十年もの間、たったの一人もか。五十年もの歳月があって、世界中のどの国も真実を知らない、なんてことがあるのか。


 ただの疑念でしかない。だが、煌は


 そう、脳内マイクロチップだ。


 無論、あの小さなデバイス単体で、あそこまでリアルな世界を作るのは無理な話だ。だが、あの世界を創るのは無理でも、

 インターネットだって原理はそうだ。コンピューター単体であれほどの検索力を発揮しているのではなく、お互いの機器がネットワークで繋がることによって高速度の検索を可能としているのだから。同じことが脳内マイクロチップにも言える可能性は、無くはない。

 もしも、あの悪夢が誰かによって計画されているのだとしたら。誰かが、何らかの形で夢を操っているのだとしたら。

 そこに必ず脳内マイクロチップの存在が関わってくるはずだ。


 そして、脳内マイクロチップの管理を個人情報の秘匿を理由に管理しているのは、政府だ。


 ―――だとしたら、あの悪夢を操っていたのは、他でもない政府ではないのか。


 もし、あれが国規模で計画されたものなら、一個人の煌が出来ることなど何もない。

 であれば、やはりここは大人しく従うのが合理的。

 そう、合理的なのだ。


「…あぁ、わかった。ついていくよ」


 目線を下に向け、煌はそう言って。


 ―――持っていた鞄を男の顔面に叩きつけた。


「っ!?」


 大したダメージは無いだろうが、男は怯んだ。

 その隙をついて包囲網をくぐり抜けようとする煌。

 だが、男達とて甘くない。脇を通り抜けようとした煌の腕を掴み、そのまま地面に組み伏せた。


「がっ…!」

「無駄な抵抗を。合理的に考えれば逃げ道がないことぐらいわかるだろう」


 そう。合理的に考えれば、そうだ。

 だけど。


「…っ、合理的、だと…!」


 強く地面に押し付けられ息も苦しくなる。喋るのだって苦しい。

 だが、「変わる」と決めたのだ。

 ここで、合理性に従ってどうする。


「なにが、合理だ…人の命を好き勝手にして、死なせて、悲しませるのは、合理じゃない…!」


 涙目になりながら、煌は大声で怒りを発露する。


「人の命を軽く扱うお前らに従う筋合いはない!力でねじ伏せるだけの行為なんかで、人の、抗いの志を止められると思うな!!」




『よく言った、少年ッッッ!』




 男の声が響いた。

 自分を組み伏せた男ではない、他の――


『目を瞑って息止めて伏せていろ!』

「指示が多い?!」


 言われるがままに目を瞑り、息を止める。すると、目の前が高音と共に白く輝き、それと同時に缶が転がる音が聞こえた。拘束が緩み、よく聞けば背後から男達の苦悶の声も聞こえる。


(っ、なんだ?!何が起こってる?!)


『閃光弾と催涙弾を撒いた!苦しいと思うが、そのまま息を止めていてくれ!』


 唐突に体が浮遊感に襲われる。おそらく誰かに担がれたのだ。振動で走っているのが分かる。


『少年を救出した!ダメ押しで催涙弾追加しておけ!ハッカーチームは逃走ルートを確保!ルート上の監視ドローンとカメラのジャックも同時並行で進めろ!』

『『『了解!!』』』


 缶が転がる音と、発砲音。真っ暗な視界で、情報量の多さに混乱していると、いきなり体が持ち上がった。車にでも乗ったらしい。


『よし、もう大丈夫だ。目、開けていいぞ』

「え?…あ、はい」


 おずおずと目を開ける。

 そこは、機械類が多く積まれた大型の車の中。電子キーボード上で手を素早く走らせる人や、銃に弾薬の装填をする人、救急キットを携えた人など、乗っている人は様々だが――


「…ガスマスク?」


 煌を助けてくれたのであろう男と、他複数人は皆ガスマスクをつけている。


「隊長、外さないと」


 男の横にいたブロンドヘアーの、そばかすが特徴的な女性が声をかけた。


『む……そうだな』


 ガスマスクをおもむろに外す男。

 その素顔は、40近くの男性。髪は金髪、体は筋骨隆々といった感じ。おそらく外国人。翻訳機を介さず、流暢な日本語を喋っている。


「『無職』…『クレイドル』の記憶を持つ少年で合っているか?」

「…貴方達は」

「安心してくれ、私たちは君の味方だ」


 座ったまま、煌は彼らを見上げる。男は告げる。


「―――私たちは、叛乱軍。『リベリオン』と、そう名乗っている」




 ***




 少年と、「叛乱軍」を名乗る男達との出逢い。


 その日を境に、彼の運命は大きく変わっていく。


 彼は、『無職』が、ある『可能性』の萌芽であることを、まだ知らない。


 彼は、『クレイドル』が何なのかを、まだ知らない。


 彼は、大事な人間を失う悲しみを、まだ知らない。



 これから、何も知らなかった少年は、『クレイドル』の、そして世界の闇に立ち向かうことになる。



 これは、一人の青年が世界に叛逆する物語。


 現実と悪夢が織りなす、希望と絶望の物語。


 喜悦と悲哀が奏でる、欲望と惰性の物語。


 世界が、終焉の淵に向かう物語。




 その、序章に過ぎないのだから。


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