第23話 流れる時と俺

「日下部さん。俺があーちゃんと今日1日いろいろ回ってきましょうか?」


姉さんの許可ないし、知り合って間もないから、預かるのは世間体的に無理だけど・・・。


「夕方位に連絡をくれれば、指定のところ俺行くんで。」

「・・・・?ほぼ初対面のあなたに預けると思っているの?何するかしれないのに??いい迷惑よ。気にしないでさっさとどっか行ったらどう?」


少しヒステリック気味な日下部さんの声に、先ほどから重たかった空気がさらに重みを増した。


「・・・・あのさ。俺やっぱあんたにあーちゃん預けるのやだわ。ごめんだけど。正直言ってあーちゃんのママのお姉さんも母としても責任がなってないと思うし。」


幼少期の環境というものがどれだけ大切なのか。この人は分かっていない気がする。愛情を知らないで育ったら、この子は周囲に愛情を持たないことが普通だと思って育つかもしれない。

人に迷惑をかけてはいけないと思って育ってしまうかもしれない。


自分の事しか考えられないこの人に、姉さんに。あーちゃんを預けたらだめだって気がしてきた。

いっそ俺の集落に連れて帰ろうか・・・。


腕の重みに、俺は胸が苦しくなった。


次の言葉で連れて帰るかどうか判断しよう。

そう決意を込めて、彼女を見つめる。






日下部は、学歴も、容量も、容姿も。すべてが姉に劣っていることがコンプレックスだった。身勝手で自由な姉。その天真爛漫さに惹かれるのか、姉の周囲にはたくさんの人が集まっていて。

・・・・気づいたころには、劣等感を感じるようになっていた。


劣等感を持ち始めたころから、自分は姉に対抗するように自己主張をした。学校でも、どんなときでも。

自分を知れば、姉なんかよりも、自分のほうが価値があると分かってくれるんだと思ったから。

自分はこんなことができる。こんなことをした。


「すごいね」


それが自分の心を支える魔法の言葉。


その言葉を聞くために、努力を怠ったことは無い。勉学では努力が実を結び、それなりにいい大学に入ることができた。


しかし、会社に入れば自分の能力なんて、努力なんて、大したものではないと嫌でも気づかされる。

有能な部下に、優秀な上司。

板挟み状態になりながらも、自分に「すごい」の魔法をかけて必死に仕事をこなした。


そして、仕事に明け暮れることで、姉と比べられることに対する劣等感が薄れた時。・・・言い換えたら自分の姉を意識し、それ以外を排除するという、盲目さから抜け出した時。

その時に気が付いた。


それは・・・・



(なぜあなたがそんなことを言うの!?何も知らないやつが。私の何の苦労も知らないお前が!今までの苦労を否定する気なの!?・・・知らないくせに!!知らないくせに!!)



周りから人がいなくなっていたこと。


きつい人。めんどくさい人。そばに居たくない人。


(・・・私だって!!好きでこうなったんじゃない!!)


幼い頃の自分が、泣き叫んでいるような気がした。

・・・虚勢を張り、泣くのを我慢していたかつての自分。決して見せたことのない泣き顔をさらす自分を、心の中で叱責する。


軟弱になるな。今までがすべて無駄になるじゃないか。自分で自分を否定するな。


食いしばっていた口を緩める。


「うるさいわね!!!!!!早く返しなさい!!!」


否定の感情を浮かべる、仁の視線に耐えられなくなった日下部は、バッと彼の腕の中にいる幼い子をかっさらい、迷子センターから駆け出した。


・・・・自分が一番自分を否定しているのに。

頭の片隅にいる誰かに、ささやかれたような気がした。




残されたのは、仁と、おじちゃん。


「・・・・俺余計なことを言ったっすかねえ・・・??」

「・・・・ん~。悪いこととは思いませんけどねえ。まだまだ若いねえって感じです。君も、彼女も。」


しょうがないよ。彼女にも彼女の事情があるんだ。今日はもう帰りなさい。

そういうおじちゃんに背を押され、俺も帰路に着いた。


今日はもう、何もやる気が起きなかった。



******



『おん??これ肉弾戦のが実はよかったり・・・・ってことはありませんよねえ~!!ですよねえ~!!!!』


『フフフ・・・俺に斧を持たせてしまっていいのかなあ??現役斧を使ってるやつが持ったらそれはもう体の一部と変わらん・・・・・はええ!?!?なんでこんなに溜めがあるんだ!?!?噛まれちゃう!?!?避けろおお!!』


『ふぎゃあああ!!!走れえええ!!走ってくれえええ!!!!おせーーーよ!!お前まだいけんだろ!!諦めんな!!足を動かせえええ!!!』


「・・・フフフ。こんなものでいかがかな??」


緊急要請の仕事も終わり、無事に熊本へと帰還することができた俺。

あのあーちゃんの一件から、日下部さんに会うことは無く、連絡も取れずじまい。・・・少し気がかりだったけど、編集長に相談したら、「家族がなんとかするでしょ。」と言われ、確かに他人がとやかく言う資格はなかったのかもしれないと反省した。


3月に行った東京がもう当の昔に感じる。

5月に入るともう暑くて暑くて。

既に半分裸族になりかけている今日この頃。



念願のゲーム実況と言うものに乗り出した俺はようやくそれらしいものを作り上げることができるようになった。

今はホラーというジャンルで、森の中で食人族と戦うやつをやっている。


以前上げた山での様子はどうやら話題性があったようで、2月で5万ほどと再生数が伸びていた。


ちなみに登録者数はコツコツ上がり続けており、先日1000人を超えることができて、じっちゃんと「将来は安泰だ!」喜んだものよ。


意味分かんねえ。なんで敵こんなに強いんだよと文句を垂れながら頑張って編集した動画はなぜか、皆楽しんでくれているようで。

俺もとても嬉しい。


「さてさて。今日の17:00に予約投稿をしてっと。」


集中していた脳みそが悲鳴をあげているのを感じた。

カチッとクリックをして今日の目標にしていた作業を終えた俺は、体中が、やり切ったあ!!という達成感に包み込まれるのを感じた。


グググっと椅子の上で伸びをしていると・・・・


「パシャッ」


後方にあるドアの方でシャッター音が鳴った。

俺は背もたれに体重を乗せて、さかさまになる形で確認する。


「じっちゃん今日はもう終わったの??」


さかさまになりながら、にやにやしながら、もう一度シャッターを押すじっちゃん。


「そうじゃよ~。今日は雌じゃった。脂はちとすくないが、とれたてはどれもうまいからのお~。ほれ。ピースじゃ。ピース!」


この人は最近、俺がuwatwitterなるものを勧めたばっかりに、はまりにはまりまくっている。常にいろんな写真をあげており、もう特定されるのとかどうでも良いみたいなスタイル。

一応人の顔は上げないように全力を尽くす(載せないとは言っていない)らしいが、何を撮っているのか。そのフォルダの中身が心配だ。


俺よりも投稿してるからな・・・このじじい。ハイピース。


「いいのお。髪の毛がぼさぼさしててかっちょいいではないか!!あ。そういえば1週間後は麻人あさと優斗ゆうとが帰ってくると連絡があったからな。ばあさんに言われとったんじゃ。」


絶対、麻兄いたちが帰ってくるの伝えるのが本命だったろ・・・。

にやにやしながら戸を閉めて出て行ったじっちゃんを見送った。


そういえばそろそろ15時にもなるか。朝の畑仕事やってからずっとこもってて、日光が足りてない気がする。今日の目標も達成したことだし、ちょっと散歩がてら日光浴してくっかなあ。


仁はそう思い、庭にいたシュヴァルツとグレイを呼んで散歩に出かけることにした。

虎徹は猟に行った際は餌を食べて必ず睡眠をとっているため今回は除外。じっちゃんの部屋でごろごろするのが彼のルーチンなのだ。



「ヴァフ!!」

「グルルルル。ヴァル。」


歩いて向かった先にいた2人は元気いっぱい。

遠目で俺がいるのを確認した彼らが、グググっと足に力を籠めるのが確認できた。


「ちょまっ・・」


手を出して静止をかけようとしたがもう遅い。

待ったなしで飛び掛かってくる。


「ちょいちょいちょい!!俺は日差しに目がくらんでいるからとびかからんでくれ!!」


サッと避けて、流れるような作業で手に持っていた鈴を首輪に装着した。

万が一別の猟師に見つかった時、狼だと間違われないためだ。


「グルル!!」

「ヴァフ!!」


ぶんぶん振られる尻尾。モフモフの毛皮が当たって心地よい。


嫌、やっぱりちょっと暑いから離してもらっていもいいすか??


もう5月。日向にいると汗が滲んでくる時期だ。














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