第19話 モデルと俺

昨日は、編集長の会議が終了した後、用意してくれていたホテルにて1晩を過ごした。

移動の疲れを癒すため俺はいつもより1時間早い、8時に就寝し、朝3時に起きた。


明日はどんな感じなんだろう。だとか。やっぱりいきなりすぎてこんなんできっこないよなあ。とか。

今更ながら俺すげえことしてんなって思うわ。


そして仕事当日。

緊張はあったが、命かかってないって思ったら案外いけるかもって思えてきた。

人はこういうのを悟りを開くって言うのかもしれないけど、悟りを開くにはそれなりの理由があるんだって学べてよかったぜ。


ホテルを出ると、迎えに来てくれた胡桃さんが車で待っていてくれてた。

編集長は準備があるんだってさ。


車で移動しながら今日の仕事について詳しく聞く。


相変わらず車から見える景色には、緑が少なくて、なんか落ち着かない。


「今日は夏服のモデルをやっていただきます。」


今は春なのにもう夏なのか??

ていうか、春も夏も俺、大体一緒なんだけど。薄さとかいろいろ。

あ、でも一番暑い日は服着ねえな。下は履くけどさ。


「え。まだ夏じゃなくね???」

「そうですね。具体的に言うと、夏というより、微妙な季節の服装と言った方が正しいでしょうか?今が3月なので、大体5月6月ごろの気候に合った服を今日は撮影します。」


え?5月も6月も俺おなz・・・・・


「よくわかんねえけど。わかった。」


古着を着るぐらいだもんな。こだわりがあるんだろう。東京の人はさ。



現在朝の4時。

仕事は今日1日がかりで行うのだとか。野外での撮影になる為、移動する時間を考えて、この時間に集合したそうだ。


俺はそのまま胡桃さんが車で送ってくれるそうだが、着いたら即着替えと化粧?をするんだと。

男が化粧??と思ったけど、じっちゃんもよく顔に泥付けて帰ってくるから同じもんか。


場所は公園。

芝生がとても茂っていて、ピクニックには最適な場所なんだそう。

いつもたくさんの家族連れが遊びに来ていて、静かなひと時を楽しんでいる。


犬もよく散歩していると胡桃さんに聞いて、俺は早く到着しねえかなって。仕事の事よりもそっちに気が向いてしまった。


車に乗って2時間。


仁は揺さぶられながらも、現場に到着した。



*******



「おおおおお!!緑だああああ!!!!」


着いた場所には東京にしてはたくさんの緑。

ああ!!肺に染み込む空気がうまうまのうまだぜ!!!


俺と胡桃さんは駐車場に入ってから、中央にある広場へ移動する。

そこには今日のためのスタッフと思われる人が10人前後。

機材ももちろん持ち込まれていた。


「仁君!!待ってたわあ~。今日1日よろしくねえ。」


座っていた椅子から立ち上がり、こちらに向かってくる編集長。

いつにもましてオーラがどぎつい。


彼女の髪の毛に反射して目にあたる太陽光がまぶしすぎる・・!!!


「うす。オナシャス。」

「今日は皆張り切ってここに来たからね。きっといいものが出来上がるわよ!!さささ!たくさん撮らなきゃだから。移動して移動して。」

「え、ちょ・・・ちょっと・・・え!?!?!」


編集長に押されて、現場近くに駐車されているワンボックスカーに連れていかれる。

そんな俺たちを見つめていた胡桃さんは、いつもと皮わぬ表情で手を振っていた。





「はい。じゃあ。仁君をお願いね。」

「は~い。わかりましたあ~。任されましたよお~。」


車のそばで待機していた人に一声かけ、俺には「この人がすべてやってくれるわ。」と言い残す。

その流れで、彼女はじゃあねとどこかへ行ってしまった。


俺ともう一人は軽くぺこりと頭を下げて、自己紹介を始める。


「今日はあ~よろしくですねえ~。私が仁君のメイクを担当しますよ~。佐久屋さくやです~。」

「おなしゃす。」


ピンクの長い髪が特徴的な女の人。

間延びした言い方からのんびりした人なのかなと思った。


「軽米 仁っす。よろしくです。」

「ではでは。早速ですねえ~。一番後ろの席にある服を着てくださいねえ~。私は外で待機してるので~終わったら声かけてください~。」


佐久屋さんがこちらから入ってくださいねえと、車のドアを手動で開けてくれる。


そんなに気張らなくて大丈夫ですからねえ~という声を背に、俺は車に入った。


車にあるのはたくさんの服と鏡と座るところ。

鏡のある所には筆とか、絵具のパレットみたいなものが置いてある。


「すげえ。」


何かはよく知らないが、特殊な空間に思わず感嘆。


って、いけないいけない。見とれるのはほどほどにして、ちゃんと服を着ねえとな。


一番後ろ・・・一番後ろっと。

あ、これか。


置いてあったのは黒スキニーと、黒のタンクトップ。薄手で無地、かつ、白の襟ぐりの深いTシャツ。着てみると、首から肩回り、裾からタンクトップが結構見えている感じになっていた。

靴はサンダル。


涼しくいのにしっかりと締め付けられている感じがたまらなくGOOODだ。


「上のTシャツはあれだな。伸びちゃったってことなのかねえ??やっぱりわからんなあ。東京の人はさ。」


着心地を確かめた俺は、若干ファッションに疑問を抱きながらも佐久屋さんに着用したという合図を送る。


ドアを開けながら、


「着ましたー。」

「はーい。」


佐久屋さんは、うんうん。と頷きながら服装の確認をし、「あげるべきか・・・あげざるべきか・・・。」とつぶやいていた。


彼女は何かに悩んでいたらしい。10秒ほど考えたのち大きくうなずいた。


「うん。片側上げにしましょうかねえ~。よし。仁君ではでは~あそこに座ってしばらく動かないでください~。」


彼女の中で折り合いがついたらしい。今度は佐久屋さんと一緒に車の中に入った。


車の中に入るとき、腕が鳴りますねえ~と、楽しそうにつぶやく佐久屋さん。

最初に見た、のんびりそうな感じからは到底想像できないような、切れのある光を瞳に宿していた。


「じゃあ今から特急でセットしますよ~。痛いとか、肌に合わないなあとかあったら言ってくださいねえ~。」


それから佐久間さんはいろんな道具を使用して、顔から上をいじいじした。


べとべとしたものを髪の毛に塗りたくり、堅くする。

ツンツンさせたり、させなかったり。

見えない部分までしっかりやっていて、完成したときにはガラッと雰囲気が変わっていた。


「化粧は・・・・・ってめちゃ肌綺麗ですねえ~。何か使ってますかあ~???」


肌・・・??

ああ、そういえば、ばっちゃん特性の糠漬け顔パックなるものを風呂で毎日やってるなあ。

ばっちゃんの顔チェックが毎日あるもんだから・・・・。


それを佐久間さんに伝えたところ、私よりきれいやも・・・・と、ガチ目のトーンでショックを受けていた。


「いや、でも俺のが若いし・・・そんなに肌荒れてるように見えないっすよ??」

「私のは化粧で誤魔化してるんですよおおおお!!!」


フォローを入れたつもりだったが、どうやら、地雷を踏んでしまったらしい。


いつもばっちゃんから女性の肌関係は突っ込んじゃいけないよ!!って言われてたのに・・・・。


「まあ、いいです。化粧の仕様がないというところまで把握できましたので~。眉を整えますねえ~。」



********



「は~い。完成ですよ~。」


佐久屋さんの仕事は30分ほどで終わった。

やる前と後では、どうも自分が自分だと思えないほどの変化がある。


違和感しかねえ・・・・。


最後に服の確認を行い、車から降りる。


「俺、あの広場の人いっぱいいるとこに行けばいいんすよね??」

「そうですよ~。」


これからどこへ向かえばいいかの確認も取れたことなので、先ほどの場所に向かう。

車のある場所からは、木が邪魔で、直接撮影場所と思われる場所は見えていない。


少し駆け足気味で、俺は現場に駆け付けた。


「おなしゃーす!!」





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