第5話 戦利品と俺

 パタパタ・・・・


 赤い液体が鼻から垂れる俺と、迫る編集長。

 この構図は傍から見たらどんな感じに見えるんだろうか。


「きゃああ!!は・・・鼻血が!?!?」

「このっ!!!わしの孫に何するんじゃ!?!?」


 おろおろする編集長と、俺をかばうように前に出るじっちゃん。最悪なことに今日は3枚1,000円の白シャツを着てきてしまった。本当に不運なことだ。


 あと、じっちゃん。じっちゃんが原因のところあるから、守ってるふりして無かったことにしようとしないでくれね?

 俺が鼻血出したとき、あちゃ~って顔してんの見たからね?俺。


「ご・・・ごめんなさい!!私が迫ったりしたから混乱させちゃったのかしら!?!?」

「そうじゃぞ!!編集長さんが迫るからわしの孫の鼻に限界が来てしまったんじゃ。昨日わしがこやつを転ばして鼻を地面にぶつけてしまったがこれは関係ないからのお!!!」


「じっちゃん。声に出てるよ。」


 じっちゃんは焦ると心の声が漏れる癖がある。

 俺はじとーっとじっちゃんの顔を見つめた。


「え!?!?」

「・・・すんません。俺の鼻はじっちゃんのせいっす。気にしないで欲しいっす。」


 鼻血を垂らしながら、慌てている編集長さんに、事情を説明した。


 かくかくしかじか・・・。


 説明し終わると、彼女の顔は安堵したものに変わる。


「ふう~。そういうことね。ってなかなかな斬新な止め方ですけどね!?!?お爺様!?!?!」


 ティッシュを俺に差し出しながら、少し怯えた目でじっちゃんを見る編集長。ありがたく受け取って鼻にティシュを突っ込む俺。じじいは頬を赤く染め、照れた様子で頭を掻いていた。


 空気が落ち着いてきた頃に、改めて、じっちゃんが話を切り出す。


「お騒がせして申し訳ないのお。なんてことは無いんじゃ。よくあることじゃよ。ただ、先ほどのお申し出は嬉しく思うんだがのお、1週間で熊本に戻るから了承はしかねるわい。」


 見た目はともかく、話をしてみれば全然普通だった編集長。申し訳なくは思うが、じっちゃんの言う通りで、安易に了承するのはお互いのためにならないだろうから諦めてもらう他ない。



「すんません。力にはなりたいと思うんすけど・・・。」

「そうじゃのお。」


 もう一度断りを入れる。


「そう・・・ですか。すみません。無理強いするつもりはないんです。また気が変わったらその名刺にある電話番号に連絡して欲しいです。」


 両者共々ぺこりと頭を下げて、口をつぐむ。


 何とも言えない空気が3人を包み込んだ。


 このまま解散になるのかなって雰囲気が流れ出したとき、俺はふと、この人が雑誌の編集を行っていると言っていたのを思い出した。


「あの・・・編集長さんって、良い服のがどこに売ってるとかって知ってるっすか??今から、俺の服買い行こうかって相談してたんすけど、どんなところがいいのか全く知らなくて。おすすめとかあれば教えて欲しいんすけど・・・。」


 何の雑誌かは知らなかったけど、この辺のことについては俺らよりは詳しいだろう。そんな軽い気持ちでそう、質問してしまった。


「なるほど、なあるほどお。そういうことでしたかあ。」


 視線をあげず足元を見ていた彼女が、ガバッと勢いよく顔をあげる。断られてからは一切視線をあげなかったのに。


「あ・・・あの??大丈夫です??」


 俺は唾を飲み込む。


「いえいえ大丈夫ですよお~。」


 何となく嫌な予感がした。


「でしたら私、得意分野ですねえ。雑誌もメンズの服が専門ですしい~。よろしければあーーーーーー


 ・・・・自然すぎて怖い笑顔がセットだったから。


 ーー私もご一緒しますよお!!!!」


 やけにドスの利いた声が耳に届く。気合の入った声だなあ。なんて他人事のように思ってみたり。

 先ほどの下りもある俺たちには・・・


 断るという選択肢を選ぶことはできなかった。




 ********




 そこからおよそ6日間。つまり、俺たちが家に帰宅する期限ぎりぎりまで、彼女は俺たちと共に行動した。


 遭遇した初日は、服を買いに。次の日はおいしい食事処に。さらに次の日は、観光地巡り。様々なプレゼンをしてくれた。

 東京観光はこれでもまだまだな方だそうで。


 さらにいうなら、管轄外であるはずの、スマートフォン使い方の教授まで・・・。

 仕事を放棄してまで案内してくれていたので、本当に彼女には頭が上がらない。





 そして今は空港の荷物検査を行う列に並んでる真っ最中。


「気が変わったら直ぐに連絡すんのよ!!絶対あなたは売れるんだから!!」

「はいはい~。」

「ほっほっほ。」


 この短期間でなんだかんだで仲良くもなって、携帯番号の登録も行った。敬語なんて当の昔に置き去りよ。


 6日間なぜ一緒だったかというと、彼女が距離を詰めてくるのが上手だったせいもあるが、彼女の商魂魂の強さを彼女のアイデンティティーと捉えられるようになったことがでかい。

 ただのよき友として、いつの間にか観光していた。



「何々?なんか売ってんの~??」

「あ、あの人かっこよくな~い??」

「髪の色すげえ~。」



 周囲からの視線を感じる。

 そろそろ順番も来るし、注目を集めてきていることもあるし、最後の別れを言ってさよならとしよう。


「マジであんがとね~。この1週間楽しかったぜ!!」

「お主の仕事が心配じゃわい。」


 別れはいつでも笑顔で。


「気にしないで頂戴。あなたと電話番号交換できたのは、ここ1月で大きな収穫よ。また、東京に来るとか、何か問題があったらすぐに連絡してくれて構わないから!!」


 この1週間でとても大きなものを得られた気がした。



 ******



《康吉サイド》


 私が最初に彼らを見つけたのは、ピッグカメラのビル前。

 シンプルなTシャツに、ジーパンという、素の素材が最も試される服装を着こなしている人がいるなあと、通りすがりに目を奪われたことがきっかけだったわ。


 通りすがったときはしっかり顔を見れてなかったんだけど、そのスタイルとか、顔の大きさとかは、視界のふちで確認が取れていたから、この子はイケメンだと気づいていたの。


 ビルに入っていくのを見たから、ビルから出てくるのを待っていたわ。ビルの中まで追いかけるのは不信感を与えてしまうからね。


 で、出てきた彼らを改めて見てびっくり。


 整っているのはもちろんのこと。キリっと切れ長だけど、きつくない目はくっきり2重。まつ毛もバシバシ。

 スッと通った鼻筋は、横から顔を見たときにとても美しいラインを描いている。

 黒髪、黒目なんだけど、何となく濡羽色って言うのかしら。

 色気が漂っていて、女性が恋愛対象である私も、危うくやられるところだったわ。


 あとは唇ね。

 薄いけど血色のいい色をしていて、笑った時に口の端に空間ができるのがたまらなくいい!!!もう可愛い?ギャップ萌えって言うの!?!?

 もうすごいわ!!!!


 ・・・失礼。盛り上がりすぎね。


 ここまで語っといてなんだけど、つまり何が言いたいかというと、彼はとてつもなく美人だということ。お爺様も種類の異なる整ったイケメン。ダンディーなイケおじ。


 そして彼らはその顔からは想像できないほど、結構がっちりした体格をしている。

 服の上からだとそうでもないんだけどね。近づいてから分かったわ。


 そんな彼らとちょっと強引だったけど、縁を結べたこと。改めてとてつもない幸運だったと思う。YouTuberとしてこれから売れるだろうし、これからが楽しみすぎるわ。

 スマホも触るの初めてだってことに驚きだけど、それが彼の素晴らしい個性となっていくでしょう。



 服もとっても似合うものを私がセレクトしてあげたし。

 彼の存在全てが売れるって、私の商魂センサーが反応していたから、仕事ほっぽり出してアタックしちゃったわ。


 空港でも街でも、男も女も振り返ってたからこのセンサーに間違いはないのよ?

 周囲の視線を独り占めってやつね。


 この金塊を私がやすやすと手放すとお思い??この縁が切れることが無いよう、どこまでもサポートする所存よ。


 会社??いいのよそんなもん。どうとでもなるわ。

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