落ちていく時計の針(終)

 あの後、急ぎ学校を脱出した僕たちは高田さんを家まで送り届け、そのあと円藤邸に帰宅となった。

 沙也加お嬢さんとセキ氏を先頭に、僕と藤子さんが続いていく。


「しかしどうです、セキくん。私はあなたがいなくともあれだけの活躍ができるのですよ。あれは元々、高校時代に使っていた呪具なのです」

「鶴姫一文字、か。上杉謙信の使っていたと言われる剣だよね。だから毘沙門天の真言だったんだな。―――まさか本物じゃないだろうな」

「まさか。本物は米沢博物館に収蔵されています。あれは刃渡りと拵えを最大限似せた写しですよ」

「―――てことは、まさか真剣?」

「マジと読んで真剣です」

「銃刀法とかは」

「日本国民である前に私は退魔師なので」


 先方二人は何やら楽しそうに会話を続けていて、なるほどああいうペースで行けばお嬢さんともうまく付き合えるのだな、と納得していた。僕は出来そうも無かったが。


 家路へつく中で、自分なりの今回の件を考えてみる。

 1回目に比べれば、成功と言ってもいいだろう。


 少なくとも今回は支払いを渋られることは無かった。

 支払った後に渋られるようなことをしたような気がしないでもない。ただ、それを主導したのは沙也加お嬢さんだった。何かあれば彼女に責任転嫁しようと思う。


 家につき、夕食を取った後。

 僕は沙也加お嬢さんに呼び出されて応接間まで赴いていた。

 応接間に入ると、そこには先客がいた。お嬢さんでは無く、セキ氏である。


「あ、どうも。……座ります?」

「ああ、はい」


 何となく、何とも言えない時間が過ぎた。

 この人物の立ち位置をいまいちはかりかねるところがあった。

 正直、僕はお嬢さんが苦手だ。

 したがって、お嬢さんと仲の良いこの男性とも親しく出来る気がしなかった。


「お待たせしました。すみませんね、どうも」


 やがて、お嬢さんがやってきた。

 彼女はセキ氏の横に座り、僕と相対した。こうすると、なんだか面接でも受けているような気分になった。


「今日呼んだのはほかでもありません。あなたの能力についてと、今後の計画についてです」

「はぁ」

「まず停止の千里眼についてから。今日、あなたはこの剣を停止させた。―――聞くところによると、あなたの能力は悪しきものと解釈したものを停止させるのでしたね?つまり、この剣を悪しきものと感じた」

「そうなります」

「なるほど。……セキくん、どう思います?」

「どう思うも何も―――人の魂を込めて切る、なんてさ。はなからオカルトかつ異常な代物だと思うんだけど。その、座間さんが悪しきものと考えるのも道理というか」

「そうでなく―――いえ、これ以上は後にしましょう。まぁ、そういう次第です。少なくとも私たちはこの剣を使って除霊をしています。この剣にセキくんの魂を定着させ、それで怪異を切る。そういう仕組みです。ですので今後はなるべく、この剣からは視界を外すようにお願いしたいのです」


 今日は無意識にやってしまったために、その効果を停止させてしまった。

 ―――少なくとも、それによって退魔にひと手間追加された。今後は気を付けなくてはならないだろう。はい、と答える。


「ええ。お願いしますね。さて、それともう一つは―――今日、ひとまずの解決を見た事件についてです。私にはどうも、これで終わるようには思えないのですよ」 

 

 それは僕も思っていたことだった。

 結局、高田さんの手足を操ったあの怪異が何だったのか、僕たちは解明しえていない。剣によって祓いはしたが、しかし元々、あの場所には霊などいないはずだった。飛び降りる霊などあの場所にはいないはずだった。高田さんの狂言だったはずなのだ。それにかかわらず、あんな現象が引き起こされた。


「その件については説明がつきますけどね。以前も言った通り、怨霊は生前のその人物の意思が引き起こすものでは無く、残された生者の後ろめたさが生み出すものです。だとするなら、高田さんの狂言から霊が発生してもなんらおかしくないはずです。しかし―――セキくん?」

「ああ。僕には―――彼女が何かを生み出したようには視えなかった」


 なんでも。セキ氏にも霊能力のようなものがある、とのことだった。あの剣の中に入っているとき、彼は普段とは違う視界で世界をとらえることになるらしい。

 その視界において、怪異の発生経路と人間への影響を視ることが出来るのだという。

 そしてセキ氏が言うには、怪異の発生源は高田さんでは無かったらしい。


「もっと別の―――どこからか伸びる意図。そういうものがあの女性にまとわりついていたような。そんな気がした」

「そうなると、つまりまだ終わっていない、と考えるべきです」

「それは―――もちろん」


 高田さんにはその後、何かあれば連絡をして欲しい旨を伝えてある。また何かあればすぐさま向かうべきだろう。


「ええ。そうすることにしましょう。私たちも何かあれば協力します」


 ―――まぁ、お嬢さんは好きになれないが、頼りにはなる。協力してもらえるというのなら、それは頼むべきだろう。仕事の上では円満な関係を築いていきたかった。


「しかし。前回が13時30分。今回が14時30分。これはなんだか気になる符号です」

「沙也加さんともあろうものが、そんな解釈をするとは。そういう思考が怪異の発生源なんじゃないの?」

「そういう思考を理解することで対処しようとしているのです。私が思ってるわけじゃありません。―――と、それはともかく。13時30分から14時30分。時間帯で言えば未です。しかし―――午前の時間と考えると、丑にあたる」

「……はい」

「あるいは。時計の時間を干支で当てはめる、という考え方から怪異が生み出された可能性もあります。そうなるとあなたが手掛けた事件は、丑寅の時間帯に起きたことになる」


 丑寅。干支でいうところの、1番目と2番目。いわゆる鬼門と言われる位置である。もちろん、本来は午前1時から午前3時意向を指す言葉だ。だから当てあはまらない。しかし、お嬢さんのいう『生者の認識が怪異を生み出す』という説が正しければ、勘違いや拡大解釈から怪異が生まれても可笑しくない。


「まぁ、次も時間にまつわる仕事を引き受けるとも限りません。もしかしたら全く違う事件になるかもしれませんし。あるいは時間だとしても、次は15時30とかになるかもしれません」

「干支と時計を対応させる説だと卯か。なんかあったかな、卯……つまりウサギだろ」

「モンティパイソンに出てくる殺人ウサギとかが出てくるかも」

「……だとしたら聖なる手榴弾が必要だな」

「あははー。じゃあ用意しときますね」


 能天気な二人の会話をしり目に、法則について考える。

 いずれも丑の時間帯。時計と組み合わせれば丑寅の時間。


 その発想が無かった。いや、結び付かなかった。もちろん丑寅は知っている。鬼門も知っている。だが、西洋の時計と組み合わせて考えるという発想は無かった。

 

 丑寅の時間に引き起こされる怪異。

 それを僕は知っている。それについて心当たりがある。あれが―――僕が長らく封印していた怪異。九頭鬼と呼ばれるその怪異。僕があの家を離れ、封印が緩まったあの怪異。


 ―――考えすぎだ、と思う。

 たとえあの鬼の封印が解けたとしても、これまでの事件と結びつかない。僕たちが関わったのは、いずれも僕が庄司グループから追い出される前の事件が発端となっている。

 だから関係ないはずなのだ。


 しかし、思考が導き出した結論とは別に、僕の心情は異なる結論を出している。あの鬼はまだ生きていて、この世界のどこかにいて、そしてそれと対決する義務と権利が僕にはある。


 その義務と権利を誰かに奪われたとしても―――いつかまた、僕のところに帰ってくるのだと。

 

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