初恋の幼馴染と再会の酒盛り

久野真一

第1話 疎遠になった幼馴染と八年ぶりに再会した件

 春を告げる花といえば、皆が思い浮かべるのはきっと桜だろう。

 俺もそう思う。ただ、それよりも早く咲く梅の花が俺は好きだった。

 ひょっとしたら、初恋のあの娘を思い出すせいかもしれない-


「やっぱり、三月は梅の花やねえ」


 人っ子ひとりいない、夜の公園で、それを見上げながらつぶやく。

 街灯に照らされた、真っ白な梅の花はどこか神秘的ですらある。


(しかし、俺ももうすぐ大学三年生か。早いもんや)


 白い梅の花に心洗われる気持ちになりつつ、振りかえる。

 大学生活は、はっきり言って充実している。

 気の合う仲間と馬鹿やったり、徹夜麻雀やったり。

 高校までと違って、おもしろい講義もたくさんある。

 ただ、この梅の花を見ていると、どこか感傷的になっているのに気づく。


(なんでやろうな)


 その疑問の答えを見つけるべく、思索にふけっているとー


「あれ?ひょっとして、優作ゆうさく?」


 聞き覚えのあるような、ないような声に振り向くと、一人の女性がいた。

 肩までかかる、ウェーブのかかった黒髪に、キョトンとした顔。


「あれ……梅ちゃん?京都に行ったんやないの?」


 友達経由で、梅ちゃんこと東浦梅ひがしうらうめの近況は聞いていた。

 中学に上がるときに京都に引っ越した彼女だが、京都の大学に進学したと。


「そうそう。忘れられとらんくて、ほっとしたよー」

「いや、それは忘れられんけど。なんで大阪に戻って……」


 と聞こうとしたものの。


「ええやない。理由なんてどうでも」


 なんだろう。やけに無理やり遮られたような。

 とはいえ、久しぶりの再会でそこを掘り返しても仕方がない。

 素早く思考を切り替えることにする。


「ま、そうやね。でも、思えば八年くらい会っとらんかったよね」

「そうそう。ほんと、おひさ!優作!」

「梅ちゃんも、ほんと久しぶりやね」


 なんとなくノリで、パァンとハイタッチをする俺たち。


「優作は元気しとった?ちょい痩せたんちゃう?」

「元気元気。でも、梅ちゃんも随分美人さんになったなー」


 あの頃の彼女といまをくらべてみる。

 最後に会ったのは、まだちんちくりんな少六の頃だ。

 あの頃は、髪ももっと短くて、胸も出てなくて。

 一方、今はもう大人の女性という感じだ。


「優作も言うようになったもんやねぇ。昔やと考えられへんかったよ」


 返ってきたのは、不敵な笑み。


「昔ってな。そりゃ、女子に誉め言葉ぽんぽん言える小学生も多くないやろ」

「あはは。そういえば、中高も別やったもんねえ」

「そうそう。八年会わんかったら、色々変わるって」


 彼女が成長したように、俺だって成長したのだ。


「でも、私から見て、優作はそのまんまやなーって思うよ?」

「さすがに成長したと思いたいけどな」

「悪い意味やなくて。明るくて素直なとこ、そのまんまやよ」

「そういう梅ちゃんも、そのまんまやね」


 八年間会っていなかったのに、不思議とその言葉が出ていた。


「不思議なもんやね。すっごい久しぶりやのに……」

「わかる。なんか、最近まで会ってたみたいや」


 お互い二十歳を過ぎてるのに、なんだろう。この感覚は。


「優作はここの梅の花見にきたん?」

「そうそう。毎年の恒例行事みたいなもん」


 ふと、視線を梅の花にむける。


「ここは、あの頃からそのままやね。綺麗やわあ」

「ん。そやね」


 ちらと彼女の様子を窺うも、梅の花に釘付けらしい。

 そうして、二人してぼーっとすること約三十分。


「な。ここで再会したのも縁やし、どっかで飲まへん?」


 なんとなく梅ちゃんと離れがたくて、そんな事を言っていた。


「そやね。でも、この辺、久しぶりやし。いい居酒屋さんある?」

「居酒屋でもええんやけど。俺の家とかどうや?」


 あ。言ってから、唐突なことに気がついてしまった。

 旧友とはいえ、ドン引きされるに違いない。そう思ったのだけど。


「行きたい!優作の家とかすっごい久しぶりよねー」

「お、おう。それじゃ行こか」


 凄く乗り気だった。


「優作のお母さんとか元気してる?」

「元気元気。オカンは最近テニスなんか始めたし、オトンも動画配信とかいい歳して始めてなー」

「ええやん。そういうの素敵やと思うよー。久しぶりに会えるの楽しみー」


 俺の家に行く途中の道で、世間話で盛り上がる。

 しかし、梅ちゃんはなんか致命的な勘違いをしてるような。


「あれ?優作の家って、左折じゃなきゃいけないような……」


 少し不安そうな顔をして聞いてくる梅ちゃん。やっぱ、気づいちゃったか。

 いや、俺も紛らわしい言い方したのがまずかったんだけどな。


「ええとな。大学になってさすがに独り暮らししたくなったから。近くやけど、別のとこ住んどるんや」


 オカンもオトンも口うるさい方ではないものの、色々自由に出来る、独りの部屋が欲しかったのだ。

 それに、友達を呼んで夜通し盛り上がるにも、親が居ると気を遣わないとだし。


「あ、そ、そうなんだ。で、でも大丈夫やよ。うん。昔からの付き合いやもんね!」

「そ、そうそう。昔からの付き合いやし。大丈夫、大丈夫!」


 お互い、物凄い早口になっているのに気がつく。何が、「昔からの付き合い」だ。

 八年間ロクに会ってもいなかったのに。


「あー、でも、気になるんやったら。今から実家でもええよ?オカンたちも歓迎してくれるやろし」


 さすがに気まずいかと助け舟を出すものの。


「ご、ごめん。気を遣わせちゃって。優作の事やし、信用しとるよ」


 まだ、少し緊張気味なものの、そう言って微笑んでくれたのだった。

 信用、か。思春期を一緒に過ごして来なかった俺たちなのに、どうしてそう思ってくれるんだろうか。

 でも、そう思ってくれるなら、応えないとな。


◇◇◇◇


「お邪魔しまーす」

「ほいほい、どうぞ、どうぞ」


 それから歩くこと約十五分。

 俺たちは、1DKの少し古びたアパートの一室に到着していた。


「わー。風景写真、めっちゃいっぱいあるねー。それに上手ー」


 部屋に上がるなり、壁に貼られた写真を見て歓声をあげる彼女。


「ま、下手の横好きって奴よ」

「ひょっとして、照れとる?」

「そりゃまあ、ね」


 家に呼んだ友達にもよく褒められるのだが、彼女に言われるのはまた別格だ。


「そういえば、昔も、優作は照れ屋さんやったよね」


 さっきまでの緊張はどこへやら。

 ニンマリと微笑んで、生暖かい視線を注いでくる。


「三つ子の魂百までって言うやろ」

「そうかも。私もよく、友達に変わってないって言われるんよねー」

「わかる。ひかりも、「あの子は変わっとらんよー」とか言っとった」


 仲里光なかざとひかり。俺と同じく大阪で生まれ育った幼馴染の女の子。

 そして、梅ちゃんとはずっと付き合いがあり、光経由で俺は色々聞いてはいた。


「あー。優作も光ちゃんとずっと付き合いあるんよねー。納得」

「ひょっとして、光経由で俺の情報聞いとった?」


 なんとなく、だけど、そう感じた。


「ん。光ちゃんと遊ぶ時にやけど、ときどきな。なんでわかったの?」

「第六感って奴」

「嘘臭いー」


 と、そういえば。


「梅ちゃんはなんか飲む?酒も常備しとるよ」

「え。優作って、結構なお酒飲み?」

「一通り揃えとるよ。日本酒に、焼酎に、ワインにチューハイ。ビールも」

「実は私もお酒大好きなんよー。じゃ、とりあえず、チューハイ」

「ほいほい」


 冷蔵庫に行って、冷やした缶チューハイと缶ビールを取ってくる。


「じゃあ……とにかく、カンバーイ!」

「何がとにかくなんだろ……ま、いっか。カンパーイ!」


 缶をぶつけ合って、ゴクゴクとビールを流し込む。


「あ、このチューハイ美味しいね」

「やろ?なんか、近所のスーパーにしか置いとらんかったんやけど」

「これやったら、いくらでも飲めそう!」

「はいはい。おかわりはいくらでも」


 ちゃぶ台を囲んで、こんな風にしている風景を、ふと、不思議に思う。


「でさ、梅ちゃんの近況やけど。どうしとる?」

「光ちゃんから聞いてるかもだけど。建築学部の二年」

「光からはそこまでは聞いとらんな。昔から、建物のプラモ好きやったよね」

「そうそう。だから、建築物に関係する事やってみたくて。まだまだ、やけどね」

「ええやん。梅ちゃんが設計した建物とか見てみたいもんや」

「ええー?さすがに、それは無理やって」


 酒で赤くなった顔で、手をパタパタとするけど、照れているのが丸わかりだ。

 でも、彼女は昔から努力家だった。

 だから、有名な建物を設計する、なんて将来もあるんじゃないかと思えてくる。


 その後も、お互いの近況や光との事。

 それと、お互いの空白期間である中学時代や高校時代の事。

 酒をガンガン飲みながら、昔話に花を咲かせていると、だんだんと理性が薄れてくるのを感じる。


「なー、梅ちゃん。そーいえば、思い出したんやけど」

「ん?どーしたん?優ちゃん」


 きっと、素面だったら話しては居ないだろう。

 でも、酒の勢いという奴か、あるいは昔の話と流してくれると思ったのか。

 つい、その言葉は口をついて出ていた。


「小学校の時やけど、梅ちゃんの事好きやったんよ。初恋っちゅうんかな」


 ぼんやりとした頭で、ふと、昔の事を思い出す。

 そう。昔、俺は彼女の事が好きだった。


「そ、そう、なんや。実は、その、私も、好きやったんよ」


 なんだかぼんやりとした声で梅ちゃんが返してくる。

 そっかー。梅ちゃんも俺のこと、好きだったのかー。

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