第6話 屍術

 たった一人で二体の魔獣を倒した。しかも、短時間でである。いくら、砂煙に身を隠してとは言え、レオンティーヌのその強さは圧倒的である。その強さを今まで目にしてきたカルラ達も、改めて驚かされた。

 

「……隊長、申し訳ありません」

 

 カルラが頭を下げる。

 

「早まったな……カルラ」

 

「はい……どのような罰も受けるつもりです」

 

「それは後で決める。今は傷付いた隊員達の手当とエメリーヌの護衛だ」

 

 そう言うとレオンティーヌはデシデリアに衛生班を呼ぶ様に伝えた。そして、カルラ達に負傷して倒れている隊員達を運ぶように言うと、自分は術式解除を行っているエメリーヌの護衛に着いた。

 

「魔獣を片付けたからと気を抜くなよ、カルラ。我々が術式を解こうとしているのは、あちらさんにも筒抜けだろうからな」

 

「はいっ!!」

 

 返事をしたカルラへ頷くレオンティーヌ。負傷者を一箇所に集めさせるとカルラ達にその護衛を命じた。

 

 しばらくしてデシデリアが衛生班班長のベニータと他二名の班員を連れて帰ってきた。急いで回復魔術を施すベニータ達。彼女らも先程から警官達の手当を続けていた事もあり、疲労の色が見えている。

 

「無理はするなよ、ベニータ達。隊員も大切だが、お前ら衛生班の皆も大切な仲間なんだからな」

 

「お気遣い、ありがとうこざいます。でも、大丈夫ですよ」

 

 レオンティーヌの言葉に微笑みで返すベニータ。しかし、その額には玉の様な汗が吹き出しては流れ落ちていく。

 

 そんな中、紫色をしていたあの石が朱色へと変化した。

 

「第一段階、クリアです」

 

 エメリーヌが小さな声で言った。

 

「あと何段階ある?」

 

「はい、あと二段階」

 

 エメリーヌの返答にレオンティーヌが眉を顰める。

 

「三段にも重ねた術式とは……余程、知られては困る事があるんだろうな」

 

 守護魔術は魔術師magusの力量にもよるが幾重にも術式を重ねて使用できる。今回の様に六角陣を三段に重ねた術式を使う事例は稀であり、余程知られたくない何かがあるのだろう。また、それを使用した魔術師magusもかなりな実力者である事が分かる。術式の基盤となる六つの石に仕込んでいた魔獣。しかし、それは一段階目の罠。あと残る二段階にも罠が仕掛けられている可能性は高い。

 

『このまま終わるとは思えない。さぁ……鬼が出るか蛇が出るか』

 

 そして、隊員の一人に詰所へ戻っている隊員達へ屋敷に来る様にとの伝令を頼んだ。

 

 衛生班の頑張りもあり、負傷し横になっていた隊員達のほとんどが回復出来た。だが、全回復した訳では無い。大斧を回復した隊員へと返すレオンティーヌ。

 

「少し借りていた。役に立ったぞ、ありがとう」

 

 大斧を返したレオンティーヌは無手になった。ナイフさえ持っていない。それでどうやって戦うのか。デシデリアはレオンティーヌが戦う姿を見た事が一度もないのだ。訓練場で相手をしてもらった時には、あまりにも離れた実力差の為、レオンティーヌは素手であったし、自宅にも武具らしきものは置いていないし、一切、レオンティーヌもデシデリアに話さない。

 

 しかし、誰もその事を気に止めていない。

 

 レオンティーヌもデシデリアと同じく武具適正テストでほとんどSランクだったと聞いた。だから特定の武具を持たないのか?

 

「デシデリア、魔弾へ魔術を込めて貰っておけ」

 

 ベニータがデシデリアから魔弾を受け取り、魔術を込めていく。予備の魔弾に他の班員達も手分けして魔術を込める。

 

「赤の魔弾は炎属性、青の魔弾は水属性、緑の魔弾は風属性、白の魔弾は氷属性です」

 

 それぞれ色の違う魔弾をデシデリアに見せながらベニータが説明する。炎属性が六つ。残りの属性は二つずつあった。

 

「訓練場で教わったと思いますが、魔獣や魔物によって属性は違います。それをよく見極めて使ってね、デシデリア」

 

「はい、ありがとうございますっ!!」


 ベニータより受け取った魔弾を大切にポーチへとしまう。

 

 静かである。

 

 レオンティーヌの予想に反して、とても静かに時が流れていく。このまま、何も起こらないのではと錯覚してしまう程に。

 

 エメリーヌ達の唱えるまじないの声だけが聞こえてくる。

 

「ベニータ、この屋敷にいた警官達は?」

 

「はい、手当した後、全員、屋敷の外へと避難させましたが?」

 

「……そうか、それならあの警官達は?」

 

 レオンティーヌの視線の先にゆらりゆらりと体を前後左右へ揺らしながら歩いてくる警官達の姿がある。その警官達の目はどんよりとしており、また赤い光りを放っていた。

 

「あの者達に、見覚えあるか?」

 

「……あれは、もう息絶えていた警官達ですっ!!」

 

 レオンティーヌ達の方へと歩いてくる警官達の中には片腕の無い者や、腹部が獣に食いちぎられた様な傷のある者もいる。

 

「あちらさんには屍術師ネクロマンサーがいるらしいな」

 

 怒りに満ちた目をしている。警察隊と特務部隊。所属している隊は違えど、同じ志を有する仲間である。その命を弄ぶ。それがレオンティーヌは許せないのだろう。

 

 レオンティーヌの全身から気が溢れ出ている。

 

 その気は大気を震わせる程に強く大きかった。デシデリアの魔銃を握る手に力が、知らず知らずのうちに入っていく。この様な気を発するレオンティーヌを見た事がなかった。


 怒れる獅子。

 

「こんな気を発する隊長を見るのは久しぶりだ……あれが出るぞ」

 

 カルラの呟きがデシデリアの耳へと入ってきた。初めての実戦。その実戦で見るレオンティーヌの姿にぶるりと震えたデシデリア。

 

「デシデリア、隊長の姿をよく見ておけ」

 

 デシデリアの横に来たカルラが囁いた。それにデシデリアが無言で頷く。

 

「全員、戦闘準備。エメリーヌ達に指一本触れさせるな。そして……死して操られているとはいえ、元は仲間。その仲間に同志殺しの罪を負わせるなっ!!」

 

「応っ!!」

 

 特務部隊隊員達の体にも気がこもっていくのが分かる。レオンティーヌの一言。その一言で十分だった。屈強な男達ばかりの特務部隊初の女性で隊長になったレオンティーヌ。だからと言って、誰も文句の一つのも言わずに着いてくる。それだけの理由があるのだ。誰もが認めるレオンティーヌ。犯罪者達からは『死神』と恐れられているが、彼女が入隊した十四歳の頃より特務部隊隊員達の間では獅子姫Principessa Leoneと呼ばれている。本人曰く、もう姫と言う歳ではないと言っているが。

 

 隊員のうちの四名に衛生班の護衛を指示するレオンティーヌが、警官達の方へと体を向け、ばちんと両手を合わせた。

 

「撃てっ、デシデリア。彼等を屍術ネクロマンシーから解放してやるんだっ!!」

 

 レオンティーヌの号令に狙いを定め魔銃の引き金を引く。大きな爆音と共に数人の警官達が紅蓮の炎へと包まれていく。ばちばちと爆ぜる音と死体の焼ける臭いが辺りへと流れていく。そして、炭となり炎と共に消える。

 

 それでも歩みを止めない死体アンデットと化した警官達。彼等に意思なんてものはない。ただ、屍術師ネクロマンサーより動かされているだけなのだ。

 

 そんな警官達へさらにもう一度魔弾を撃ち込む。その魔弾が炸裂したと同時にカルラが大剣を振るい警官達へと攻撃を仕掛けた。

 

「我らが主よっ、彼等の魂を救い給えっ!!」

 

 神へと祈りの言葉を口に押し寄せる警官達を薙ぎ倒していく。

 

「我らも副隊長へと続くぞっ!!」

 

 他の隊員達もそれぞれの武器を手に続く。それをデシデリアが魔銃で援護する。隊員の中には死体アンデットと化した警官達に見知った顔もいる。それでも、彼等を屍術師ネクロマンサーから解放してやる為にも武器を振るった。心を鬼にして剣を斧を警官達へと振り下ろした。

 

「外道……」

 

 レオンティーヌが両手を合わせたまま、一歩前へ出る。そして、大きく息を吸う。その気がさらに大きく膨らんでいく。それを察知したカルラ。

 

「来るぞっ!!道を開けろっ!!」

 

 カルラが戦っている他の隊員達へと大声で叫んだ。その声が聞こえた隊員達が向かってくる警官達を置いて、一斉に横へと飛び退いた。

 

 その瞬間である。

 

 合わせていた両手を離し、鋭く呼吸を吐くと同時にその両の掌を地面へ叩きつけた。


 豪っ!!

 

 大きな音と共に、地面が揺れた。

 

 大きな地揺れと、その衝撃波が警官達を襲う。

 

 熟れたトマトの様に破裂していく警官達の体。

 

 こちらへと向かってきていた警官達の全てが、レオンティーヌの起こした衝撃波によって姿を消した。

 

 辺りに警官達の肉片や血が飛び散っている。

 

「主よ、哀れな子羊をあなたの国へと導き給え」

 

 警官達のいた方向へ手を合わせ神への祈りを捧げるレオンティーヌ。

 

 そして、デシデリアは驚いた。レオンティーヌは武具を必要としないのだ。使おうと思えばどの様な武具でも使いこなすであろうレオンティーヌ。だが、彼女は武具ではなく、自身の気を使っていた。誰よりも強く大きなその気を練り、さらに強大にして相手にぶつける。特務部隊の中で、否、この国ではレオンティーヌにしか出来ない技である。

 

 そのレオンティーヌが屋敷の屋根へと視線を向けている。その目はまさに獅子姫Principessa Leoneと呼ぶに相応しい鋭い眼光であった。気の弱い者なら、その眼光で失神するであろう。レオンティーヌが向けている視線の方へカルラ達も目をやった。

 

 しかし、何もない。

 

「こそこそと隠れてないで姿を見せろ、外道」

 

 デシデリアが聞いた事のない低い声で屋根へと言うレオンティーヌ。その体には先程の様に気が満ちて来ている。ぞわり……これが特務部隊隊長であるレオンティーヌの姿。しかし、デシデリアはそんなレオンティーヌを見て、彼女と並ぶ天才と称されている自分が恥ずかしくなってきた。


 経験の差もある。


 鍛錬を積み重ねてきた時間も違う。


 だが、レオンティーヌに比べ自分は余りにも弱く、そして器も何もかもが小さいと感じてしまった。

 

「良いか、デシデリア。あれが我らが隊長、レオンティーヌだ」

 

 隣でカルラが言った。カルラも他の隊員と比べると強い。自身と変わらない大剣を軽々と振り回し敵を圧倒していく。デシデリアよりもずっとずっと強い。だが、そんなカルラもレオンティーヌには到底及ばないという。それはカルラ自身の口から出た言葉である。

 

「皆が敬服し、忠誠を誓う獅子姫Principessa Leone様だ」

 

 デシデリアから見えるレオンティーヌの背中。それがいつもよりも何倍も大きく見えた。

 

 くくくくくっ……

 

 気持ちの悪い笑い声が聞こえてきた。屋根の上の方からだ。隊員達が武具を構える。

 

 何もなかった屋根の上の一角にぼんやりと蜃気楼の様に揺らめく影が一つ。

 

「流石は……死神……いやいや、獅子姫Principessa Leone様……吾の姿を見つけるとはねぇ……」

 

 灰色のローブを見に纏う女が姿を現した。ローブが影になり、その顔が見えない。声だけ聞くと若い。だが、声色なんて変えられる。相手は魔術師magus、しかも、屍術師ネクロマンサーなのだ。


 死者を弄ぶ屍術師ネクロマンサー

 

「貴様が警官達を……」

 

 ぎりっと歯の軋む音が聞こえる。レオンティーヌの端正な顎にその筋肉の筋が浮かんでいた。

 

「そうよ?私がもう一度、彼等に活躍する場を与えたの……それなのに、あなた達は無慈悲にも……酷い人達……」

 

 そう言う屍術師ネクロマンサーの口元が笑っている様に見える。

 

「言う事はそれだけか、外道?」


「あなた達こそ……それだけ?腐れた神への最後の祈りを唱えなくて良いの?それに……」 

 

 屍術師ネクロマンサーが屋根の上からレオンティーヌ達を見下ろし言葉を続け様とした時だ。

 

「見ぃつけたぁ……」

 

 屍術師ネクロマンサーの背後に現れた真っ黒の長い三つ編みの女と、そして、真っ黒の服を着て、頭にすっぽりとフードを被った少女が現れた。

 

捕縛Cautiverio……」

 

 その少女が言葉を発した。すると、屍術師ネクロマンサーの体が光りの輪によって縛りつけられた。身動きの取れない屍術師ネクロマンサーに黒髪の女がゆっくりと近づいていく。そして、女が腰からククリナイフを抜いき、屍術師ネクロマンサーの首へと当てた。

 

「はじめまして……そして、左様なら」

 

 首に当てられたククリナイフが横へと引かれた。ぱっくりと喉が斬り裂かれ、真っ赤な血が間欠泉の様に吹き出していく。

 

「……っ!!お前は……切り裂き魔ripperか?!」

 

 カルラが黒髪の女へと叫んだ。


「世の中ではそう言うらしいね……」

 

 女は平然と答える。その答えを聞いたデシデリアの体からもわりとした悪臭が立ち込めてくる。

 

「臭うねぇ……憎悪の臭いがする。私の大好物だよ」

 

 その臭いに気が付いた女がにんまりと笑った。その女の言葉を聞いたレオンティーヌが驚いた。


『あの女にも臭いが分かるのか?!』

 

 珍しく動揺を見せるレオンティーヌ。しかし、すぐに平常心へと戻ると、屋根の上にいる女を捕まえ様とした。

 

 その時である。

 

 強い風が吹き、女の隣にいた少女のフードが捲れ、その隠れていた顔が見えた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る