第32話 ようこそ龍宮城

「「……ええええぇ」」


 円筒状の白い宮殿は直径二十メートル六十フートくらいで、高さはその半分くらいか。形は城だけれども、小さめの屋敷といった印象。とはいえ、城は城だ。防衛と戦闘のための意匠があちこちにある。攻め込むことを考えれば十や二十の兵では近付くことさえできないだろう。

 周囲に巡らされた城壁は五メートル十五フート前後と高さもさほどなく簡素で威嚇的ではないが、上部には胸壁付きの通路があって四方に迎撃用のタワーが配置されていた。


「どうぞー♪」

「どうぞ……って、いわれてもな」


 城の正面にはドラゴンの顔がガーゴイルみたいにくっついてるんだけど、その龍の顔は“宮龍パレスティリア”だ。驚いて固まるぼくらを見てニコニコ笑ってる。


「これが、宮殿パレス?」

「そう! ぼくが、ぱれす!」


 遠くで叫び声が聞こえて、振り返るとカイエンさんたちが崖の上から手を振っているのが見えた。


「ねえパレスティア、仲間も呼んで良いかな?」

「もちろん!」


 ネルが迎えに行ってくれることになった。“待っててー”なんて、あっという間に駆けて行った。

 いまのところ、危険な魔物や動物の反応はない。こんな巨大な龍がいる場所に近付いてくるような生き物はいないのだろう、たぶん。


「宮殿ってことは、本来これ……というか君は、王か女王の持ち物?」

「迷宮で埋まってたの、掘り起こしてくれたのは、イルファングの獣人王さん!」

「え?」

「その後で、いろいろ治してくれたのはハイアランの鍛冶王さん。ぼく、ただの魔法人形ゴーレムみたいな感じだったから」

「ええー? 共作? あの二国そんな仲良かったの?」


 王国の北西にある険しい山脈にあるのが獣人の国イルファング。王国の東側に広がる熟練職人ドワーフの国がハイアラン。両国とも王国に対しては敵対的だけど、双方の関係はどういうものなのか知らなかった。


「あと、魔珠に魔力を込めて、循環回路を組み込んでくれたのは、エーデルマンの族長会のみんな!」

「ええええ⁉︎」


 南側に数多く点在していたエルフの自治領が集まって国体を成したのがエーデルマンだ。族長会というのがどのくらいの規模と能力なのかは敵である王国には伝わって来ないけど、おそらくエルフの叡智の集合なんだろうというくらいは想像がつく。


「君はいったい、何者?」

「なにって……こうなま?」


 その表現、気に入ったのか。いや、訊きたいのはそうことじゃない。


「もしかしたら、ここにいたのは王国に侵攻するため?」

「?」


 あれ、ガーゴイルなドラゴンに首傾げられた。不思議そうな顔をしているので、侵攻目的ではなかったらしい。


「……おうこく?」


 それどころか、ここが王国という認識もなかったようだ。

 周辺三ヶ国は王国の一方的な侵攻をことごとく撃退して、三正面の戦争に入るのも時間の問題だと聞いていた。王国から出たことのない自分たちには実情が把握できていない。

 わかっているのは、全部の戦線で敗戦を重ねた王国が詰んでるというだけだ。


「イルファングとハイアランの間に、メイプルシュレアっていう大っきくて綺麗な渓谷たにがあるの」

「え? ああ、うん。それが、どうかしたの?」

「ぼくね、そこで暮らしてたんだけど、ドーンって」


 そういって、パレスティリアは上を見る。もしかして、あの開口部……いや、いまは大規模な崩落でかなり広く空が見えているけれども。


「この上……その、メイプルシュレアと繋がってた?」

「そう。でも、なんか落ちるとき魔法陣みたいの壊しちゃったから、飛び上がっても同じとこには戻れないと思う」


 つまり、この子の現状は迷子なのか。なるべく早くその渓谷に帰すべきなんだろうな。不可抗力とはいえ王国に拉致されてる状態となれば、周辺三ヶ国のひとたちも怒るだろう。重鎮から大事にされてるようなので、開戦理由のひとつになりそうだし。それはまあ、いまさらか。


「アイク?」

「「「おおおおおぉ」」」

「おしろー!」

「かっこいー!」


 ネルたちが到着して、パレスティリアの宮殿を見て大喜びしている。子供たちにキラキラした目でみつめられて、ガーゴイルの龍も嬉しそうだ。


「はいってはいってー」

「いいのー?」


 なんでそんなに入って欲しがっているんだろう。まさか取って食ったりはしないだろうけど、見せびらかしたいというのとは少し違うような気がした。

 いっぱい来てくれて嬉しい、というパレスティリアに理由を訊いてみた。


「宮殿のなかで、みんなに喜んでもらうでしょ? 嬉しいと魔力放出するでしょ? それがぼくの真珠に入って、力になるの。その力が住むひとの便利な機能に使えるようになって、また喜んでもらえるようになるの」


 なるほど。つまり、魔力が城のなかで循環してまわって増幅されてくたかまってくわけだ。上手に発展する交易市場みたいだ。


「わかった、けど機能って?」

「水とか、火とか、明かりとか使えるし、お部屋を掃除したり、服を綺麗にしたり、疲れを癒したり。食材があれば料理も……そうそう、大きなお風呂を沸かしたりもできるよ♪」

「「「わああぁ……おふろー♪」」」


 大喜びなのは子供たちだけじゃなく、ネルを含む女性陣もだった。いままでの暮らしでは水も燃料も限られていただろうから、長いことお風呂なんか入れなかっただろうね。ダンジョン攻略で不便な暮らしを(勇者パーティのなかではぼくだけが)強いられてきたから、よくわかる。

 みんなで歓声を上げながら白亜の宮殿にお邪魔することになった。ぼくとネルが最後尾で玄関を通過しようとしたとき、宮龍ガーゴイルがふと思い出したようにいう。


「あと、敵が来たら魔導防壁とか、攻撃魔法とかも、できるよ?」


 ああ、うん。すごい。素晴らしいし、とても助かる。

 でもパレスティリアさん、城なのだとしたら最初にその話が出るところなのではないですかね。

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