第28話 お引越しオンザ最底辺

「院長、もしかして、ここ狙われてます?」

「いや?」


 ぼくの問いに、彼女は呆れ顔で首を振る。


「狙われてるのはアンタだよ」

「うえッ⁉︎」


「わたしたち亜人の棄民きみんがどうなろうと、王国の連中の知ったことかね」

「院長の“殲滅の鬼神むかし”を知ってる連中は?」

「そんなもん、ほとんどが死んでるよ」


 年齢的な話か、見られた相手は葬ってきたという話か。今回の脱出時は、たぶん後者だろう。庇護対象は脱出させて拠点に戻る気もないとなれば、彼女にとって撤退戦ではない。殲滅戦だ。


「すまないが、あたしはしばらく戦えない」


 ぼくだけに聞こえる声で、院長がいった。


、二度と戦えないかもしれない」


 ぼくは驚きを隠して院長を見る。彼女の表情は穏やかで動じた様子はない。ないが、目には静かな諦観があった。

 魔核……亜人が体内に持つ真珠の、魔力を生成する機能中枢に損傷を受けたのだ。真珠の持つ蓄魔力の限界を超えた魔力放出を行うことで起きる。死にはしないが魔法の行使に支障が出る。繰り返せば廃人になることもある。そんな膨大な魔力放出を行うことが出来る者などいないので前例は歴史上の数例しかないが。


「体調は」

「問題ないよ。ただのババアとして生きる分には、何にもね」


 五十数名の避難民を守る力は、ぼくと、ぼくの“看護みまもり”と“紐帯つながり”を持ったひとたちだけだ。魔物の群れ程度ならどうにかできるかもしれないが、王国や勇者たちを相手取るには心許ない。


「それで、アイクヒル。どうするつもりだい?」

「移動します」

「どこにだい? 逃げる先なんて、どこにもなさそうじゃないか」

「逃げる? 冗談じゃないですよ、守るため備えるに決まってるじゃないですか」


 正直にいえば、ぼくだけなら逃げるのも隠れるのも、どうにでもなる。でも、ダメだ。ここのひとたちはまだ、ぼく抜きで生き延びられない。守護すると決めたら最後までだ。途中で投げ出すことは許されない。

 誰に命じられたわけでもないけど。ぼく自身が、そんなぼくを許せない。


 逃げずに守るとしても適地がないことに変わりはない。せいぜいが……


「“深域の森”に行こう、アイク」

「「「えッ⁉︎」」」


 ネルの提案に、集落のひとたちが一様に怯んだ声を上げる。森の魔物たちの恐ろしさを見聞きして知っているからだ。集落に攻め込んできたオークですら霞むほどの恐ろしい魔物がウヨウヨしていると思っているのだろう。

 ちょっと前までであれば、あながち間違いではない。


「大丈夫、もう怖いのはいない。いても退治する」

「いない、ってアーシュネル……あの大岩熊ロックベア森林軍猿レギオンエイプは」


 そっか。カイエンさんも、あの後どうなったかは見てないんだっけ。


「倒した」

「「「なッ⁉︎」」」

「本当だよ、ほら」


 ぼくが“収納ストレージ”から死体を出すと、悲鳴混じりでどよめきが上がった。どれもグッチャグチャになった猿の群れの上に、頭が捩じ切られそうなくらいひん曲がったクマの巨体が乗ってるんだから、怯えるのも納得だ。子供達の前で出すもんじゃなかったな。

 すぐまた収納する。


「ネルが」

「アイクが」


 ぼくらはお互いに手で相手を指して声を重ねる。慌てて否定しかけて、目を見て笑みを浮かべる。そうだ。正直にいおう。謙遜も、建前もなしだ。


「ぼくらが」

「ふたりで、倒したの」


 猫手メイスを抱きしめながら、ネルはなんでかひどく幸せそうに笑う。


「怖いものなんて、ない。いても、大丈夫。あたしたちがついてる。絶対に、みんなを守ってみせる。だから、移動しよう?」


 そんな虎娘を見て、みんなは困ったような恥ずかしそうな微妙な顔で首を振った。


「ぼくからもお願いするよ。ここは危ないんだ。何かあったときに守りにくい。森なら、隠れる場所もあるし、丈夫な家や砦も作れるし、水も食料も得られる」


 何人かが、転移魔法陣の置かれた水溜まりに目をやる。その奥にある石を積んだ塚を。


「ケイマーさんのお墓と転移魔法陣の岩は、ぼくが“収納”で運ぶよ。必要な荷物や建物があったら、それも」


 ここに残してゆくものがないとわかると、集落の住人も納得してくれた。孤児院の子たちも、よくわかってないながら同行に賛成している。院長がぼくとネルの背中をペシペシと叩く。


「アイクもずいぶん頼れる男になったじゃないか。良い伴侶を見付けたせいかね?」

「は、はにょ……ッ⁉︎」


 ネルがまた真っ赤になってしまった。戦闘では驚くほど成長し続けているのに、こういう面ではいつまでも慣れないみたいだ。

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