第6話 繋ぐ絆と紡がれる願い

6-1 繋ぐ絆と紡がれる願い

 ざく、ざく。草葉や土を踏む足音が森の奥に広がる静かな空気を震わせる。

 ミレルカの傍を離れて探索をした結果、明らかになったことだが、森の奥には普段なかなか目にできない素材から一般的な素材まで、実にさまざまなものが溢れていた。王都周辺では希少素材として扱われているものも数多く存在しており、ベルムシオンは何度も自分の目を疑うことになった。


 日陰でひっそりと群生していたフルゥミントの葉をいくつか採取し、枝の先に実っていたハイデヒースの実もいくつかもぎ取る。必要そうな量が手元にあるのを確認したのち、歩いてきた道を引き返した。

 ざく、ざく。自身の足元から奏でられる足音に耳を傾けながら、ベルムシオンは思考を巡らせる。


(……先ほどの、ファーヴニルの様子)


 数分前までは周囲の生き物全てを警戒し、敵視していそうだったファーヴニルの姿を思い出す。

 魔獣に限らず、傷ついて自身が弱っていると自覚している生き物は気が立っていたり、自身を守るために攻撃的になったりすることがある。あのときのファーヴニルも例にもれず、偶然出会ったミレルカとベルムシオンを敵視していた。

 必死の鬼ごっこの最中もそれは変わらず、ファーヴニルが振り下ろす爪を避けながら、何度死を覚悟したか。


 ところが、ミレルカが作り上げた安息の篝火を目にした瞬間、死を覚悟するほどの敵意は鳴りを潜めた。それどころか、傷を治療したいと口にしたミレルカを信用するような様子も見せている。

 安息の篝火は対象を落ち着かせる魔法道具だ。だが、これまでに優れた効果を発揮するものはこれまで一度も見たことがない。


(おそらく、ミレルカ嬢が作った安息の篝火は、品質が非常に高いものだ)


 それこそ、金剛級と認められたほどの錬金術師が作り上げる魔法道具に匹敵するほどの。

 もし、そうだとすると。


(……偶然出会い、協力関係になっただけで終わらせるには惜しい人材だな)


 まだ幼いうちから錬金術に関する優れた才能を持つ少女。

 彼女自身がどう思っているかはわからないが、フルーメという小さな町でとどまらせておくには惜しい人物だ。


 叶うのであれば、ここで終わりにせずに、もう少し。


「……ミレルカ嬢本人にも聞いてみないといけないことだがな、これは」


 自身の頭に浮かんだ考えに対し、一つ呟き、ベルムシオンは苦笑する。

 できれば――と強く思う願いだが、ミレルカ本人が望んでいなければ叶わない願いだ。無理をいって自身の願いを通すこともできるが、それはベルムシオンが一番使いたくない手でもある。

 全てが無事に終わったら、この願いをミレルカに打ち明けてみよう――頭の片隅にメモしながら、見えてきた安息の篝火が作り出す明かりのほうへと歩み寄った。


「戻った」

「おかえりなさい、ベルムシオンさん!」


 ベルムシオンが一言声をかけた瞬間、篝火の傍で作業をしていたミレルカがこちらを向いた。

 彼女の傍に控えているファーヴニルも同様にベルムシオンへ目を向け、すぐにまた目をそらす。

 ベルムシオンが素材の調達に行っている間、ミレルカはミレルカで何かの作業をしていたらしく、彼女の手元では淡い黄色みを帯びた塊が細かく刻まれていた。


「どうでした? ありました?」

「人目につきにくい場所にあった。どちらも合っているとは思うが、ミレルカ嬢も確認してほしい」


 その言葉とともに、ベルムシオンは見つけてきた素材をミレルカへと差し出した。

 ミレルカの小さな手がフルゥミントの葉とハイデヒースの実を受け取り、自身の顔の前まで持っていってじっくりと観察する。葉の表と裏、果実の色や様子、全てを隅々まで観察し、表情を緩めた。


「大丈夫、どっちも合ってます! 本当にありがとうございます、ベルムシオンさん」

「何、僕が手伝いたいといったんだ。気にしなくていい」


 ぱっと笑顔を浮かべたミレルカにつられ、ベルムシオンも笑みを浮かべる。

 内心、合っていたことに安堵しつつ、そのまま彼女の傍へ腰を下ろした。


「ところでミレルカ嬢。何かを刻んでいたようだが……それも傷薬の材料か?」


 ベルムシオンの指先が、ミレルカが刻んでいたものを示す。

 採取してきてもらった素材の下準備をしながら、ミレルカはベルムシオンの問いかけに頷いた。


「はいっ。これ、細かく刻んでるのでわかりにくいと思いますけど……ネクタービーの蜜蝋です。本当はもうちょっと大きな塊だったんですけど、塊のままだと溶けにくいので細かく刻んでいたんです」

「蜜蝋? それも傷薬の材料になるのか」


 きょとんとした顔を見せたベルムシオンへ頷き、ミレルカは言葉を続ける。


「蜜蝋には、他の成分を安定させる性質と優れた保湿作用があります。特にネクタービーの蜜蝋は栄養豊富で、身体が傷を治す働きを助けてくれるといわれています。なので、これをベースにして軟膏タイプの傷薬を作ろうと思って」


 ベルムシオンへ説明をする間も、ミレルカの手元では着々と素材の下準備が行われている。

 フルゥミントの葉は目につく土やゴミを取り除き、ベルムシオンが素材の採取に行っていた間に汲んできた川の水で丁寧に洗い、みじん切りにする。

 ハイデヒースの実も同様に洗い、ナイフを使って皮と種を取り除いておく。その後、蜜蝋を違う入れ物に移してから、細かくハイデヒースの実も刻んでおいた。これで大体の下準備は完了だ。


「よし、では……調合に入ります!」


 元気よく宣言するミレルカへ微笑ましい視線を送り、ベルムシオンは表情を緩めた。

 彼からの視線を受けながら、ミレルカは作業を開始した。

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