第2話:カナタ・ブレイド

 カナタはブレイド伯爵家の五男として生まれた。

 ブレイド家初代当主が、当時の魔王を斬った勇者の剣を打ったことで手に入れた地位である。

 初代、二代目、三代目と、名工を輩出し続けてきた赤い髪が特徴的なブレイド伯爵家であったが、ある時を境にその腕は少しずつ衰えていく。


 ――そして、現在の五六代目当主ともなれば、そこら辺にいる鍛冶師と同程度の腕しか持っていなかった。

 もはやブレイド伯爵家に残されているものは、鍛冶師としてのプライドのみだった。


「お前は何をやらせても上達しないな」

「す、すみません、父上」


 カナタの鍛冶を見ていた現当主のヤールス・ブレイドは、ため息混じりにそう口にする。


「お前ごときの腕でブレイド伯爵家を名乗るなどあってはならん。全く、出来損ないが」


 それは父上も同じなのでは? という言葉を飲み込みながら、カナタは鎚を振るっている。


「そうそう、お前の鍛冶は明日から別の者が見ることになったからな」

「え? ……兄上たちの誰かですか?」


 師匠になってくれる者に当てがなかったカナタの質問に対して、ヤールスは再びため息をつく。


「そんなわけがないだろう。ユセフたちも忙しいからな」

「それじゃあ、誰が?」

「ザッジの奴だ。朝から飲んだくれて暇そうだからな」


 その言葉にカナタは心底呆れてしまう。

 ザッジ・ログスは優秀な鍛冶師だったものの、恋人を田舎貴族に奪われて以来、飲んだくれてしまっている。

 最近では鎚を握っている姿すら鍛冶師仲間でも見た者はいなかった。


「というわけで、さっさとザッジの工房へ行って挨拶でもしてこい」

「……分かりました」


 出来損ないを追い払うことができたヤールスは精々したといった表情を浮かべながら、自らの工房を後にする。

 そして、残されたカナタはと言うと――


「……これ、詰んだな」


 ブレイド伯爵領では自分は成長できない、そんな事を考えながらカナタはザッジの工房へと向かった。


 ブレイド伯爵家の館から10分ほど歩いたところにザッジの工房はある。

 長い間手入れがされていないのだろう。入口前には雑草が生い茂り、場所によっては膝上の高さまで伸びている草まであった。

 外からでも分かる酒の匂いに顔をしかめながら、カナタは工房のドアを叩いた。


「ザッジさん! カナタ・ブレイドです!」


 ……返事がない。


「ザッジさーん! 聞こえてますかー! 領主の命で鍛冶を習いに来ましたー!」


 …………これでも返事なし。

 すると、工房ではなく住まいの玄関がゆっくりと開かれた。


「……うるせえぞ、出来損ないの五男坊」


 姿を見せたのは無精ひげが乱雑に生えた、ぼさぼさの黒髪をガシガシと搔いているザッジだった。


「この時間まで寝てたんですか? もうお昼ですよ?」

「朝まで飲んでたんだから、しょうがねえだろう」

「朝までって……そんなことより、父上から何も聞いてないんですか?」

「あん? ……何か言ってたっけな? 昨日の夜に、飲みながら話をした記憶はあるが?」


 酔わせて無理やり頷かせたのかと、カナタは領主である自分の父親に呆れ返る。


「ザッジさんが俺の鍛冶の師匠になるって話ですよ」

「……はああぁぁぁぁ? 俺が、師匠だあ?」

「やっぱり覚えてないんですね。職人の世界にある師弟制度、これを使わないと俺は一流の鍛冶師を名乗れないんですから、よろしくお願いしますね」


 カナタの推測通り、ヤールスはザッジに酒をたらふく飲ませ、思考が曖昧になっているところへカナタを弟子にするよう提案した。

 タダ酒を飲ませられたザッジは気分良く頷いたものの、何の話をしていたのかは全く分かっていなかった。


「……んな面倒なこと、できるわけねえだろうが」

「そんな! でも、父上はザッジさんが受けてくれたと――」

「それなら、適当に俺の工房で剣でも何でも打ってろ。んで、金になるようなら卒業だ」

「いや、ちゃんと鍛冶について教えてくださいよ!」

「お前は酔っぱらいから習いたいのか? 手元が狂って、鎚がお前の頭を打つかもしれねえぞ? がははははっ!」


 それだけを言い残すと、ザッジは住まいの玄関から中に戻ってしまった。

 ここでも一人残されたカナタは、ため息をつきながら工房のドアに手を掛ける。


「……開いてるし。戸締まりもしてないんだな」


 鍛冶師の卵として、カナタは昔のザッジならいざ知らず、今の姿を見ると尊敬することができないでいた。


「昔はもっと格好よかったのになぁ……って、ゴホッ! ゴホゴホッ!」


 工房に入った途端、埃が舞い上がり咳き込んでしまう。

 その咳でさらに埃が舞い上がり、カナタは慌てて外に出た。


「……マジかよ。俺、やっていけるかな」


 ようやく埃が落ち着き外から中を窺うと、埃が至るところで溜まっており、クモの巣も張りたい放題。

 鍛冶に必要な道具も放り投げられたままになっていた。


「鍛冶をするにも、まずは掃除からか。……はぁ。師弟制度とか、必要ないだろう」


 アールウェイ王国では質の悪い商品が市場に流れないよう、職人を育てる義務として師弟制度を導入している。

 職人を目指す者は必ず誰かに師事する必要があり、師匠に認められなければ一流の職人を名乗れない。

 そして、弟子が一人前だと認めた時にはその証明として、自らの作品に刻む意匠が施されたバッジを進呈する。

 師匠は自分の意匠のバッジを持った職人が質の悪い商品を作らないようしっかりと指導し、弟子も師匠に恥をかかせないよう一人前になっても必至に商品を作る。

 この流れを使い、アールウェイ王国では質の高い商品を維持することに成功していた。


「……とりあえず、掃除だな、掃除」


 そんな師弟制度の恩恵を受けられない者の事まで考えることはできない。

 当然の事ではあるが、カナタは師弟制度を恨むことしかできなかった。

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