送別会
翌日、絃羽を学校に送ってから、美紀子さんにも東京に帰る旨を伝えた。帰るのは明日の朝の便。結構急ね、と驚かれた。てっきり夏休み中はこっちにいるものだと思っていたらしい。
俺としてもそうしたいのは山々だったが、今は時間が惜しかった。絃羽には来年の春またここに戻ってくると約束してしまった。あと半年と少し。それまでに、新しい力を身に付けなければならない。
「寂しくなるけど、仕方ないわね」
話を聞き終えた美紀子さんは、からかう様にそう言った。
ただ、美紀子さんには昨日の昼にあらかじめそれっぽい事を匂わせていたので、理解は早かった。それに、彼女としても反対する気配はないらしく、むしろ俺の選択を前向きなものと受け取ってくれている。
無論、ここに住まわせてもらう時はちゃんと家賃や食費なども入れると伝えてある。彼女は遠慮したが、それは受け取ってもらわないと、こちらも示しがつかない。
「まあ、諸々はまた来年決まってから決めましょうか。それにしても、付き合って早々に遠距離恋愛になっちゃうのねぇ」
「まあ……そうなりますね。絃羽には寂しい想いをさせますが」
「そうかしら?」
え、と美紀子さんを見ると、彼女は悪戯げに笑っていた。
「私といるのが楽し過ぎて、悠真くんの事忘れちゃうかもよ? 愛娘をそう簡単に渡さないんだから」
どうやら、身近なところにとんでもないライバルがいたらしい。でも、それはそれで安心だ。美紀子さんがそういう気概でいてくれるのなら、絃羽が寂しい想いをする事もないだろう。それに、帆夏や武史もいる。これまでの様に寂しさや孤独から暴挙に出る事もない。
もう絃羽は大丈夫だ。
「まあ、冬休みとかにでも、また顔見せてあげなさいよ。これまでみたいに連絡もできないってわけじゃないんだし」
そう。全く連絡が取れないというわけではない。話そうと思えば電話もできるし、顔を見ながらだって通話もできる。今生の別れではないのだし、どうしようもなく会いたくなったら、日帰りでも何でもここまでくればいいのだ。それが出来るだけの距離なのだから。
「悠真くん、あなたには本当に、感謝してもし切れないのよ。絃羽を立ち直らせてくれて、武史や帆夏との関係も戻してくれて、私の背中も押してくれて……あなたがここに来てなかったら、あの子、どうなってたか」
「俺は何もしてないですよ。ただ、あいつの送り迎えして、一緒に飯食ってただけですから。それに、俺の方こそ今年、ここに来てなかったらどうなってたかわからないんで……感謝してるのはこっちも同じです」
「謙虚ねぇ」
美紀子さんは呆れたように笑ってから、大きく息を吐いた。
「了解。今夜は絃羽とご馳走作って、あなたの送別会ね。来年またこんな風に賑やかに過ごせる事を楽しみにしてるわ」
「ありがとうございます!」
頭を下げると、やめてよ、と手をこちらに扇いだ。
「あっ……そういえば」
美紀子さんが踵を返した時、ふと何かを思い出したように、顎に指を当てて天井を仰いだ。
「どうしました?」
「今、悠真くんが使ってる部屋って……結構、床が軋むのよねぇ」
ほほほ、とわざとらしく口を手で隠して笑い、そのまま台所に行ってしまった。
俺の部屋、床、軋む……どういう事だろうかとしばらく意味がわからず考えてみて……
──おい、嘘だろ。
意味を理解した瞬間、目の前が真っ暗になる俺であった。
そんな事件(?)はあったものの、その日の夜は俺の送別会として、いつもより多くの人が集まってくれた。
ほぼほぼこれまで宴会に来ていた人が勢ぞろいで、色々それぞれの家から料理を持ち寄ってくれた。たった数週間しかいなかった俺をこの町の住民のように扱ってくれて、この町の人々の暖かさを改めて知るのだった。
また、俺が来年この町に引っ越してきてここで暮らすつもりだという意思も皆には伝えた。これは自らを追い込む意味も兼ねている。これだけ多くの人の前で宣言してしまったのなら、その約束は破れない。
ただ、予定外だったのはバカ武史が俺と絃羽が付き合っている事まで公言してしまった事だ。絃羽が社交的になった理由も察せられてしまい、その後は散々冷やかしムードになるわ飲まされるわで悲惨な目に遭った。武史の野郎に報復する為にも、俺は何としてもここにもう一度来なければならない、と心の奥底で密かに誓うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。