第13話

 

 女はピンヒールを響かせながら牟田の横を通りすぎ、開け放たれたドアの前で一旦止まる。

 そして銀髪をなびかせて、艶やかに微笑み振り返った。


「一つご忠告を。あなたでは、この問題の本質は解決できませんよ。あなたの「救う」矛先が、それこそ一方では救いになっても、もう一方では、絶望へと引きずり戻すことになりかねない。万人を救うことなど、神ですらできませんからね。」

「………。ご親切にどうも。」


 牟田と女は、事務所と薄暗い廊下の際で向かい合い、微笑み合った。そして牟田は手にしていたドアのノブから手を離す。

 女はわざとらしい素振りで会釈した。


「ではまた。」

「ああ。…またな。」


 そのまま、ベニア五枚ほどの薄いドアはゆっくりと閉まっていった。



    ※ ※ ※


 【クゥクーシカ】側が動いたことで、危惧したのは依頼人、朋美の身の安全だった。


(あの女の最後の言葉。あれは何かしらの情報を得てのものだろう。)


 ならば、【クゥクーシカ】が依頼人の氏名まで突き止めていることは想定しておかなくてはならない。


 それでも、万が一あの銀髪の女の言葉がハッタリだったとしたなら、自分が動くことで「情報」は「確証」に変わってしまう。


 ゆえに牟田自身が下手に朋美へ近づくことは、今は避けた方が無難だった。


(なら、あいつを動かすか。)


 牟田は車を十五分ほど走らせ、近くの総合病院へと向かう。広いがほぼ満車の駐車場の片隅に愛車のラパンを停めて、足早に総合病院の建物内に入っていった。そして一直線にその場所へ。受付から少し離れた位置にあったのは、緑色の公衆電話。


 財布を開き、迷うことなく100円玉を入れてダイヤルを回す。


「………くそ、早く出ろ、」


 公衆電話からかけていることもあり、相手はなかなか電話に出ない。


「…………!」


 それでも、しばらく流れたコール音が不意にプツリと切れた。


『はい。』


 そして怪訝そうな声で電話に出たのは八反田だった。


「あ!俺俺!」


 若干デジャブ感のある軽い言葉で牟田は話し始める。


「超絶美形のマル被が直接俺に会いに来てくれたんだけどさぁ、あまりに美人すぎて気後れしちゃうから、…ちょっと頼まれ事、引き受けてくれない?」

『俺の忠告を無視しておいて、困ったら手伝えとか相変わらず調子がいいな。』

「いやホント、そこは申し訳ない。」


 牟田の声音は、低く変わる。

 察した八反田は受話器の向こうで息を一つ吐き捨てた。


『困っている人間がいれば手を差し伸べるのが弁護士の性だ。仕方ねぇ。そこにつけこもうって魂胆が丸見えだが、仕方ねぇな。』

「さすが先生!頼りになる!」

『経緯を知りたい。一度会おう。…お前、張られてんのか?』

「…おそらくな。」

『わかった。迎えをやる。どこからかけてる?』

「修華大付属総合病院」

『車は近くのコインパーキングに入れておけよ。』

「ははっ」


 言わずもがなのことを言われて笑うしかない。

 細かいところまで気が利くのは、八反田の昔からの習癖だった。



     ※ ※ ※


 総合病院近くのコンビニで、窓の外を見ながら雑誌の立ち読みをしていた牟田のスマホが震えた。

 牟田はスマホを取り出し、その通話を一度切る。


 そして再び総合病院内の公衆電話へと舞い戻るため駆け出した。



 公衆電話に100円を投入し、何度もスマホを確認しながらダイヤルを回す。

 しかしその相手は電話に出なかった。


(さすがに普通は出ねぇよな。公衆電話からの着信ってのは、)


 舌打ち、すぐさま受話器を置くと、100円がガチャリと小窓に落ちてきた。それを拾い上げてもう一度投入する。


 今度はスマホを見ずとも諳じているダイヤルを大急ぎで回す。


『今度はなんだ。』


 事情を察した八反田はすぐに電話に出た。


「ちょっと急ぎで今から言う番号にかけてくれ。電話をもらったんだが、今、俺のスマホは信用できねぇから、」

『万が一がある。そこで口頭はやめておけ。もう別のスマホは用意しておいた。そっからお前がかけろ。伝聞は詳細を異にする場合が多いからな。』

「そうか。そうだな。…すまんな、世話をかける」

『全くだ。だからあの時、手を引けと言っただろうが、お前はいつも、』


 説教が長くなりそうなので静かに受話器を置いた。


 そのまま再び足早に総合病院を出ると、


「あ、牟田さん、こっちですよ。」


 病院入口脇に車を横付けしていた八反田の事務所のパラリーガル、椰山珠璃ややま じゅりが、その白い社用車から顔を出した。



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