有能な若者が異世界離れしすぎて対策が急務な件

「えー、『現在、我が国では異世界(通称エルドラド)より緩やかな攻撃を受けている。この攻撃に対しての対策として、我が国の技術者(魔術師)を雇用し、彼らの協力により、我が国とエルドラドとの境界場に結界を貼ることを提案する』っと」


 カタカタとキーボードを打ち込む作業がようやく終わり、どっと疲れがあふれ出した。


「部長〜、お茶です〜」


「おう、サンキュー」


「いえいえ〜、粗茶ですから〜」


「………」


 この間延びした間抜けな喋り方をしているのは、俺の部下である桜だ。ちなみに彼女はたった1人の俺の部下だ。本来この部署には10人いたが今は彼女しかいない。


「今度は〜部長の提案通りますかね〜?」


「さあな」


 かれこれもう何度似た様な提案をしたか分からない。上の連中は大して危機感を持っていないのか、あるいは利権のためか、一向に動く気配はない。


「全く、今こうしている間にも優秀な人材がいなくなっているというのに!」


「ほんとですよね〜」


 流石に最後の1人ともなると、望んでいる回答が出てくるほど気が利いていない。少し気が利かなくて、少し仕事が出来なくて、少し算数が苦手で、遅刻は日常茶飯事なのだが目を瞑るしかない。


 ではなぜ俺の部下が1人しかいないのか、なぜ残りの9人を呼び戻そうとしないのか。それはひとえに彼らが皆、異世界に『召喚』されたからである。


「伊勢部長も大変ですね〜。うちの部署なんて〜どんどん人が消えていきますもんね〜」


 今から10年ほど前の話になる。最初に消えたのは俺の親友だった男だ。名前は勝俣 勝利まさとし。名前からして正に勝つためにいるような男だった。頭の回転も早く、仕事も出来る。趣味は剣道でフルマラソンにも参加するような運動好きだった。真面目で評判も良く、イケメンだったが持ち前の性格からか、皆に好かれるような奴だった。まさしく主人公という言葉が似合う男だった。


 そんな勝俣がある日突然会社に来なくなった。というよりもこの世界から忽然と姿を消した。最後に見たのは残業で1人部署に残るあいつの姿だった。それからしばらくして、初めてエルドラドという異世界が観測された。そしてどうやらそこでは勇者を召喚する儀式が行われ、無作為にこちらの世界から人を誘拐しているのだそうだ。


 なぜそんな事を公務員とはいえ一般人の俺が知っているのか。単純な話だ。向こうの世界にいた勝俣から連絡があったからさ。エルドラドでは定期的に魔王が現れたり戦争が起こったりするらしい。そんな時、都合のいい戦力として勇者を召喚するのだそうだ。


 召喚された者は次元を超える際に超常的な力を身につける為に、戦力の補強として丁度いいそうだ。そんなこんなで、勝俣は戦力として様々な戦いを強いられていると言っていた。


「早く日本に帰りたいよ」


 疲れたような声で言うあいつに俺は何も言えなかった。それからしばらくして、向こうの世界とこちらの世界がまたしてもつながった。どうやらまた勇者召喚が行われたらしい。


 今度は想像以上に大規模だった。なんせある学校の一クラスが丸々消えたんだからな。流石に政府も隠せなくなり、SNSでも大騒ぎになった。転移だなんだとはしゃいでいる阿呆もいたが、こんなもん俺からしたら単なる集団誘拐でしかない。勝俣からはあれ以来連絡もなく、どうなったのか俺には知る由もなかった。


 そんなこんなで、定期的に人間が向こうの世界に誘拐されるようになった。それに加えて何度も次元を開けたせいか、不思議な事にこちらの世界でも随分とファンタジーな現象が発生し始めた。なんと魔物が現れ始めたのだ。そしてその体内には未知のエネルギーを秘めた魔石というものが眠っていた。


 今じゃ魔石はどの発電形態よりも安全で効率的なエネルギーとして重宝されている。こうしたファンタジーな変化は向こうと次元が繋がった時に大きく現れる。まるで世界が侵食されているみたいだ。勝俣が消えてからゲートは確認されているだけでも50回は開いた。その都度大量の失踪者と共に多くの未知が世界に広まった。そしてその度に人類の文明は進化した。


 最近じゃ、空気中に魔素とかいう謎の粒子が蔓延し、ついには魔法を使える奴まで出てきた。喜ぶ奴もいるが、俺にはとてもじゃないが狂っているとしか思えない。だって自分の体が勝手に作り替えられているんだぞ? まあ、俺は使えないんだけど。


 エルドラドの勇者召喚システムは優れていた。なぜかって? そりゃ狙ったように優秀な奴らを誘拐するからさ。今じゃ多くの有能な若い人材が消えている。一昔前にあった有能な奴がどんどん海外に出ていくのと同じ状態だ。それの異世界版だけどな。問題は行った奴らが帰って来れないって事だ。今まで誰も帰ってきた奴はいない。


 あとムカつく事に、一度出来たパスは比較的開きやすいらしく、俺の部署の人間だけでも9人拐われた。皆出来のいい部下だった。それなら場所を変えればいいって? そんなもん上に何度も頼んださ。なのに上からの命令はノーだった。優秀な人材を一つ処に固めれば勇者召喚が行われた際にゲートがそこに開かれ、そこからまた利益が生まれるからだそうだ。


 体のいい人身御供だ。そうして俺の部署は勇者召喚部という称号も与えられた。多くの人材がウチに送られてきた。全員使えるが何かしらの事情で社会にとって必要のない奴らだった。そんなこんなで、最後に残ったのが桜だ。仕事の能力は高くないが、運動神経は抜群らしい。ここに送られてきたのはそれが買われてだろう。


「それじゃ〜、お疲れ様でした〜」


 間伸びした声で去って行った彼女を見たのはそれが最後だった。何せ桜がドアを開けて部屋を出ようと踏み出した途端、彼女の足元が光り、姿を消したからだ。当然の事だが翌日以降彼女は出勤しなかった。俺は心の底から思ったよ。


「……俺はまともに算数も出来ないあいつよりも使えないのか」


 だが次こそは俺の番だと思いたい。だってもうここの部署には誰もいないからな。早く俺もエルドラドに行きたい。


 窓の外を見て溜め息を吐いた。空にはグリフォンやら何やらが舞い、地上にはゴブリンやら何やらが人々と戦っていた。俺は机に立てかけた鋼の剣と盾を持ち、リュックを背負って職場から出た。


 さあ、魔物退治で小遣い稼ぎだ。


「うおおおおお!」


 俺は目の前にいたゴブリンに斬りかかった。

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