第9話





 どうにもうまくいかない。

 この分だと、「聖人君子になれ」と願ったら穏やかな表情で「私はすべてを許します」と言いながら登場して神々しいオーラを放ちそうだ。下手したら神の道へ入ってしまうかもしれない。侯爵家の跡取りを出家させるわけにはいかないので迂闊なことは願えない。


 どうしたものかと思いながら歩いていると、セイラに呼び止められた。


「あの……申し訳ありませんでした」

「え?」


 いきなり謝られて、クラリスは目を瞬いた。


「いつも、アスラン様の周りを取り囲んで、クラリス様のことを「地味令嬢」だなんて馬鹿にして……己れがどれだけ愚かだったか、ここ数日で思い知りましたわ」


 セイラは恥じ入るように目を伏せた。


「以前は、クラリス様より私の方がアスラン様のことを想っている、などと思い上がっていたのです。ですが、それは大きな間違いでした」


 クラリスは首を傾げた。セイラは何が言いたいのだろう。


「私、アスラン様が変わってしまった姿に、戸惑ってしまって……元に戻ってほしいとしか考えられなかったんです」


 そりゃあそうだろう。誰だってそう思う。


「ですが、クラリス様は、アスラン様がどんなに変わっても、常に態度をお変えになられない。媚びることも拒絶することもなく、アスラン様を受け入れていらっしゃる。そのお姿を見て、私は所詮、アスラン様のご容姿しか見ていなかったのだと思い知らされました。そして、クラリス様のように、アスラン様の中身を丸ごと愛することは私には出来ないと」


 とんだ誤解である。


「私、自分が恥ずかしくて……」

「セイラ様! わたくしも同じですわ!」

「アーデル様!」


 突然現れたアーデルがセイラを抱きしめた。


「わたくしも、ずっとクラリス様を「地味令嬢」などと呼ばわって……なんと愚かな真似を……! わたくしはクラリス様にあわせる顔もないのですっ!」

「アーデル様! セイラ様!」

「わたくし達も同じですわ!」

「私も自分が恥ずかしくて!」

「コーラ様! レオナ様! シェリー様!」


 駆け寄ってきた令嬢達が抱きしめあって涙を流す。

 クラリスには黙ってその光景をみつめることしか出来なかった。



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