地味令嬢と恋の雫

荒瀬ヤヒロ

第1話




 クラリス・シスケン子爵令嬢の婚約者、アスラン・ミューゼル侯爵令息は派手な美貌の持ち主でモテモテの女たらしである。


 今日の夜会でも、クラリスはいつものように壁の花になって、女子に囲まれて歯の浮くような台詞を繰り返す婚約者を眺めていた。


 金色の髪にエメラルドの瞳、白皙の美貌の侯爵令息を婚約者に持つクラリスは、灰色の髪に薄い青の瞳という目立たない容姿の地味令嬢だった。

 そのため、周りからは不釣り合いな二人と言われている。


「身分違い」だの「地味令嬢では釣り合わない」だの、そんなことは言われなくても誰よりクラリスが一番よく知っている。


 ミューゼル家が何のつもりなのか知らないが、侯爵家からの申し出を断れるはずもなく、クラリスは何がなんだかわからないままにアスランと婚約した。

 アスランも、不本意なのだろう。婚約者としての義務は果たすものの、学園では常に女の子に囲まれているし、夜会ではクラリスをエスコートして入場した後は他の女の子達の元へ行ってしまう。


(さっさと婚約解消してくれないかな……)


 自分はいつまでこの無為の時間を過ごさねばならないのだろう、と、きらびやかに着飾った美しい令嬢にモテモテの婚約者を眺めてクラリスは溜め息を吐いた。


「アスラン樣ぁ。わたくしの今日のドレス、どうかしら?」

「ああ。白のジョーゼットがセイラ嬢の金糸の髪をさらに美しく引き立てているね」

「アスラン樣! 我が家の薔薇園が見事に花をつけましたの。是非、お目にかけたいわ」

「美しい薔薇も、コーラ嬢の前ではかすんでみえるだろうね」


 群がる女の子を褒めちぎるアスランはとっても楽しそうだ。

 そりゃあ、綺麗な女の子に囲まれる方が、地味令嬢と一緒にいるより楽しいだろう。


 クラリスは自分のドレスを見下ろした。鮮やかな青いドレスは両親には「似合う」と絶賛されたが、アスランからはいつも通りの無反応しか得られなかった。他の女の子には「似合う」も「可愛い」も「美しい」もふんだんに浴びせるくせに。


(まあ、私は地味だし可愛くも美しくもないから、仕方がないけれど)


 褒め言葉を期待している訳ではない。

 ただ、毎度毎度、令嬢達からのやっかみやら侮蔑やらの視線と、それ以外からの好奇と憐れみの視線に耐えるのにうんざりしているだけだ。


 ふと、令嬢に囲まれる婚約者の肩越しに、幼馴染が手招いているのが見えて、クラリスは壁から背を離した。


 アスランに断っていこうかと思ったが、彼は侯爵令嬢アーデルの見事なワインレッドのドレスを鑑賞するのに忙しいようなのでクラリスは何も言わずにそっと場を離れた。



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