第3話 俺のパンチはボディーブロー

「よっし! 演奏の準備できたー?」



 放課後の音楽室。


 俺は憧れの山本菜々さんと時間を共にしている。


 なんというリア充展開。モテ期到来か……? ついに来てしまったか俺にも。


 そう、俺は今、山本さんと二人っきり……





 ……な訳がなかった。


 あの気の強い有名美少女――内田香奈とクリブルの推し曲でもめていたところに、山本さんがやってきたのだった。ちょうど軽音部の体験入部期間で、ギターを弾ける人を探していたらしい。



「ねえねえ! 君、ギター弾ける?」


「え! あ、ああ! ひ、弾けますよ!」


「じゃあ放課後に音楽室ね! よろしく〜!」



 ってな感じで、インキャ全開な返事を返し、約束してしまった。


 俺はギター、山本さんはドラム。ボーカルとベースはどうやら先輩のようだ。


 2人っきりなんて冗談でも言えない状態。他の軽音部の部員も含めて10人くらい。ただ、全員がこっちを見ているわけではなく、いかにも部活の部室って感じで、ギターを弾いている人、友達と喋っている人、音楽を聴いている人……と人それぞれ。



「カケルぅ! 頑張れよぉ!」


 なぜか智也もついてきてるし……。



 演奏する曲は、山本さんが中3の学園祭で演奏していた『星をたどって』ということになった。


 この曲は俺もかなり練習した曲だから、いきなりバンドで合わせることになったけど、なんとか演奏できそうだ。


 山本さんがバンドメンバーを見渡し、準備ができたことを確認した。



「よっし! じゃあカウントいくよー!」



 ワンツースリーフォー!

 声をかけながら、山本さんがドラムのスティックでカンカンカンカン! と4回叩き、演奏が始まった。




***




 ……なんとか演奏しきった。


 やっぱり山本さん上手い! 前にライブで見た時からすごかったけど、一緒に演奏したら更にすごさがわかった。テンポも全くズレないし、バンドメンバー全員とピッタリ合わせてた。途中から演奏についていくのに必死で、よく覚えてないけど。


 ほっと一息ついていると。ガタッと山本さんが立ち上がり、こっちに来ている……こっちに来てる!?



「すごーい! 君ギター上手いんだね! 演奏バッチリ決まってた!」


「あ、ありがとう!」



 やべー山本さんに褒められた! やばいやばい。


 大きな目をキラキラさせながら、満面の笑顔で俺に話しかけてくれた。激しい曲を演奏したあとだから、前髪が汗でちょっと張り付いている。あーかわいい。



「やったなカケル! 今度は歌も歌ったらいいんじゃね?」


「ちょ、お前余計なこと言うな!」



 智也が余計なことを口走る。



「しょーなのぉ? 君、ボーカルもできるの?」



 あ、森久保さん……じゃなくて、山本さんが食いついてきた。有名男性声優さんの口調で。



「そうなんだよ。コイツ、結構歌もうま……ぐぁ!」


 さらに余計なことを言いそうだったから、思わず智也の脇腹に、俺の右腕をグイッとねじ込む。くらえ! 俺のボディーブロー。



「別にうまくなんかないよ。ライブだって大失敗したし」


「だって、あれはよぉー……」



 ――――あのライブは俺にとって黒歴史。


 人生で初めてのライブだったし、めちゃくちゃ練習もした。盛り上げる自信もあった。


 途中までは上手くいってたんだ。そう、途中まで。



 イントロが終わってAメロ、Bメロ、そしていよいよサビへ――というところで、機材トラブル。そしてライブが台無しに。


 それはもう大失敗で、盛大に笑われた。


 それ以来、俺は人前で歌うことを拒むようになってしまった。


 だから俺は、今後もきっと人前で歌うことなんてないんだ。きっと……。



 不思議そうに山本さんがこっちを見てる。まぁ周りから見たら、何言ってるかわからないだろうし。


 智也の発言をごまかしていたら、山本さんが思い出したように話しかけてきた。



「ねえねえ! 名前! そういえば君の名前まだ聞いてなかったね!」


「名前!? ふ、藤原です……」


「藤原くんっていうんだ。じゃあ藤くんだね! ヨロシク藤くん!」



 ギルティ! いきなりあだ名で呼んでくれるとか罪深すぎる。恋に落ちる音がした……メールト。というかもう結構好きなんですが……。


 しかも某有名バンドのボーカルと同じ名前、同じあだ名。すみません俺の苗字が藤原で……ファンの皆さんすみません。



「よっし! いい感じだったし、もう一回演奏……って、あれー!?」


 俺に名前を聞いてから、ササッとドラムのイスに戻った山本さんが、驚いた声を上げた。



「バチが折れてるー!」



「バチじゃなくてスティックじゃないの!?」と心の中でツッコミを入れた。


 さっきの演奏の最後で、ジャーンドコドコドコ! みたいな感じで曲を締めくくった時に、山本さんのスティックが折れてしまったらしい。まぁドラムのスティックは結構よく折れるし、値段も1000円くらいでそこまで高くない。



「あーこれがラスト1セットだったのにぃ〜」


 山本さんはスティックのケースをのぞき込んでいた。どうやら予備のスティックはもうないらしい。


 両手を後頭部にあてながら、軽くのけぞって「あー」とか「うー」とか言ってる。そんなリアクションが大きいところも、元気っ子っぽいというか、なんというか、ただただ可愛い。



「……よっし!」



 何か考えがまとまったのか、手をグーにして鼻をフン! と鳴らす。


 そして山本さんはこっちに来ている。え、こっちに来てる!? (2回目)



「ねえねえ藤くん。ちょっと楽器屋さん付き合って!」



待ちに待ったリア充展開が、俺にも訪れたのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る