第25話 発熱の原因が分かった!

明け方にまた菜々恵の身体が熱っぽいのに気が付いた。測ると38℃あった。


「今日は休んで医者へ行った方がいい。勤めている病院に行く? それとも近くの医院にする?」


「駅前に内科医院があるのでとりあえずそこへ行きます」


「じゃあ、僕がついて行ってあげる」


「会社へ行って下さい。一人で大丈夫です」


「いや、君を一人にしておけない。今日は会社を休む。家族が病気になったからと言って」


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


「何か朝食を作ってあげよう。冷蔵庫開けていい?」


「どうぞ、お願いします」


冷蔵庫には牛乳、リンゴ、ヨーグルト、キュウイがあった。バナナが冷凍室にあると教えてくれた。ミキサーがあるのを見つけたので、ミックスジュースを作ろう。卵があったので、目玉焼きを作った。パンを焼いてトーストにしてマーガリンを塗った。


食器は結構そろっている。適当に盛りつけて、リビングングの座卓にそれらを並べて準備完了。まあ、なんとか朝食らしくは見える。時間は20分位かかった。


「できたよ。こっちへきて、食べて」


菜々恵は布団からパジャマのまま出てきて、座卓の上を見て笑った。


「すごい、立派な朝食ね。いただきます」


すぐに食べ始める。喜んで食べてくれてよかった。ジュースを飲んで僕の顔を見てニコッと笑った。これなら心配ないかもしれない。


「ありがとう。とっても美味しい。こんなにしてもらって嬉しい」


「早く良くなってくれ。洗濯もしようか?」


「いえ、そこまでは」


「遠慮するな」


「じゃあ、洗濯機に衣類を入れて、洗剤を適当に入れて、スイッチを入れておいてください。でも、いろいろ見ないで」


「分かった」


菜々恵の汗の匂いがしたが、悪い匂いではない。


「良い旦那様になりそうで安心しました」


「そんなこと分かっているだろう」


「ここまでしてくれるとは思っていませんでした。少しやりすぎです。着ていたものの洗濯まで。でも本当にありがとう」


「もうひと眠りしたほうがいい。時間がきたら起こしてあげるから」


朝食の後片付けを済ませると7時を過ぎたところだった。医院は9時からだからまだ時間がある。菜々恵は眠っているようだった。


テレビをつけて音を絞ってニュースを見る。今日の天気は曇り空で雨は降りそうではない。歩いて行こうか、タクシーを呼んだ方が良いかと考えている。菜々恵の体調次第だ。


8時30分になったので、菜々恵を起こした。熱を測ったら37℃だった。歩いていけそうだというのでそうすることにした。


菜々恵が着替えている間に僕は会社の自分の席へ電話を入れた。もう誰か出社しているはずだ。グループの山本君が出たので、家族が急病で一日休むと伝えた。菜々恵も病院へ発熱したので休むと電話を入れていた。


早めに出かけたので医院での順番は1番だった。昨日から急に発熱したことを伝えて待っていると菜々恵が呼ばれて診察室に入って行った。原因は何だろう。心配で仕方がない。


もう20分ほどになるが出てこない。するとニコニコして菜々恵が出てきた。


「溶連菌の感染でした。抗生物質を出してもらうからもう大丈夫。検査したらすぐに分かった。きっと病院で感染したのね。子供の患者さんから移ったみたい。心当たりがあるから。でも安心しました。ご心配をおかけしました」


「僕もホッとした。再発を心配した」


「実は私も。でもよかった。帰りましょう」


僕たちは薬を受け取ると手を繋いで帰ってきた。コンビニで昼食になりそうなものを見繕って買って帰った。


病は気からと言うとおり、溶連菌感染と分かって、菜々恵はすっかり元気になった。帰ったら熱を測ってみよう。きっともう下がっている。


昼食を食べてから僕は菜々恵のために夕食の買い出しに駅前のスーパーへ行った。何か食べたいものを聞いたが、なんでもいいと言うから、僕にでもできそうな焼きそばを作ることにした。


冷蔵庫にはキャベツやちくわがあったので、そばと豚肉ともやしなどを買い出しに出かけた。ほかに食べたいものを聞くとアイスクリームだった。


スーパーから戻るとベランダに洗濯ものが干してあった。菜々恵は布団で眠っていた。テレビをつけて音量を絞った。菜々恵と話がしたかったが、ゆっくり寝かせてもやりたい。


手持ち無沙汰だった。でもようやく部屋の中を見渡す余裕ができた。菜々恵の部屋は殺風景だった。必要なもの以外は置いてない。まるで、男の部屋みたいな印象だ。心のゆとりがなかったのだろうか? 


寝室の文机の上にケースに入った小さな写真が飾られていた。よくみると僕と菜々恵の写真だった。それは遊覧船の上で彼女が手を伸ばして撮ったものだった。どういう気持ちで彼女はこれを見ていたのだろう? 涙が止まらなかった。


4時過ぎになって菜々恵が目を覚ました。体温を測ると平熱に戻っていた、抗生物質が効いたのかもしれない。


「机の上の写真を見て、泣いてしまった」


「あの写真を見たのですか? 私は泣いたことはありません。見るたびに幸せな気持ちでいっぱいになりました。いつ死んでも悔いはないと」


「あの写真はもう必要なくなっただろう」


「そうですね。じゃあ、写真を撮らせて下さい」


「いいけど」


「私の横に寝てください」


僕が横になると、菜々恵はスマホを僕たちに向けてシャッターを切った。続けて3枚撮った。そして、一番うまく撮れたものを僕に見せてくれた。寝転んだ二人の顔が映っている。


「これに変えます。これを思い出の写真にします」


僕はまた涙が止まらなくなって、菜々恵を抱き締めていた。菜々恵もそういう僕を見て泣いていた。僕がキスしようとすると、菜々恵が叫んだ。


「だめ! 移るから、治ってからにして!」


◆ ◆ ◆

僕は「焼きそばをつくるから」と言って、キッチンに立った。ちくわを切って、キャベツを刻んで、もやしを洗って、豚肉を炒めて、野菜を入れて、麺を入れて、ソースを加えて出来上がり。焼きそばはすぐにできた。


大きめのお皿と小さめのお皿に盛りつける。テーブルに並べて準備完了だ。声をかけると菜々恵が布団から出てきた。


「ありがとう。こんなにしてもらって」


「このくらいしか僕にはできない。味はプロの君にはとうてい及ばないけど」


「いえ、こんなに美味しい焼きそば生まれて初めてです。ありがとう」


菜々恵は黙々と食べていた。発熱したのでお腹が空いた? 味は自分ながらまあまあだと思った。


ずっと付き添ってやりたかったが、原因も分かったし、熱も下がった。菜々恵の都合もある。僕がいるとできないこともあるだろう。後片付けを終えて僕は帰ってきた。


菜々恵は5時ごろに病院へ溶連菌の感染だったと連絡して今後のことを相談していた。2~3日は休まないといけないと話していた。


その週の土日、二人は会うのを止めにした。菜々恵が完治するためには休養が必要なことと、僕への感染のおそれもあると思ったからだ。幸い僕への感染はなかった。

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