第23話 僕たちは婚約した!

ようやく自宅マンションに帰ってきた。昨晩は実家に泊まったから二日ぶりだ。ここへ引っ越してから2年半位になる。


最新の賃貸マンションで少し広めの1LDKだ。ただ、家具といっても大型テレビ、大きめの寝転がれるソファーと座卓、寝室にはセミダブルのベッド、机と本棚、その机の上にはラップトップのパソコンしかない。


キッチンもついていて、料理しようと思えばIHでできる。ただ、料理は作っていない。外食が多いし、電子レンジで弁当を温めるのがほとんどだ。


部屋には光回線の端末が来ており、WiFiでパソコンとスマホに繋がる。それに乾燥機付きのドラム型洗濯機を買ったので洗濯も楽だ。


マンションの隣にはコンビニがあり、弁当や飲み物が24時間入手可能で一人暮らしに不自由はない。


少し手狭だが、ここで菜々恵と二人で住むのも悪くない。菜々恵の負担も大きくはないと思う。一度ここへ連れてきて聞いてみよう。


お風呂の準備をする。スイッチを入れるだけで、お湯がいっぱいになるとアナウンスして知らせてくれる。


ひと風呂浴びてゆっくりしたら菜々恵に電話してみよう。彼女も今日は僕の両親と会って食事まで付き合ったのだから疲れただろう。無理をさせてしまって、彼女の身体が心配だ。


彼女との時間を大切にしようと思うと、どうもせっかちになってしまう。充実した時間を過ごしていると思っているが、彼女の負担になっていないか心配だ。


9時少し前に電話を入れた。すぐに出てくれた。


「今日は長い時間付き合わせてしまって疲れていない?」


「少し前にお風呂から上がってのんびりしていたところです。今日はご両親にお会いできてよかった。ありがとう」


「僕は君のこととなると君の身体のことも考えないでせっかちにことを進めてしまうみたいだ。無理があれば遠慮なく言ってくれ。君が身体を壊したら元も子もないから」


「大丈夫です。一生懸命に私のことを考えてくれてありがたいです。無理ならそう言いますから心配しないで下さい」


「それじゃあ、せっかちついでに、明日部長に僕たちが婚約したことを話して良いかな?」


「そうして下さい。私からも奥様に婚約したことを報告しておきます」


「それと今度の土日に結婚式の日程と場所を決めないか?」


「もう結婚式ですか?」


「早い方が良いと思っているけど」


「随分せっかちですね、でもありがたいです。お願いします」


「それと毎日、午後9時ごろに連絡することでいいかい。毎日声を聞かないと不安だから」


「ええ、その時間の方が落ちついて話せて良いと思います」


「じゃあ」


菜々恵の声を聞いて安心した。僕には今となって不安が二つある。一つは菜々恵にがんが再発しないかということだ。二つ目はそのことで菜々恵が以前のように突然所在不明になってしまわないかということだ。だからいつも会っているか、電話していないと不安になる。


菜々恵のことで頭がいっぱいになっている。恋に落ちるとはきっとこういうことに違いない。今始初めて分かった気がする。僕は初めて本当の恋をしている?


それからストーカーってきっとこういう気持ちなのかもしれない。僕とストーカーの違いは彼女に好かれているか、嫌われているかの違いでしかないと思う。


◆ ◆ ◆

月曜日、朝一番で松本部長の席に向かう。席の見える所で待っていると、8時45分に席に着くのが見えた。すぐに駆け付けて、始業までお時間をいただけないかと頼んだ。部長は僕の真剣な態度から察したようで会議室で話を聞こうと言ってくれた。


「一昨日は僕たちのためにお骨折りいただきありがとうございました」


「いや、それでどうした。朝っぱらから」


「ご報告があります。僕と田村菜々恵は昨日婚約しました」


「ええ、会ったばかりだろう。随分せっかちだな。大丈夫か?」


「土曜日あれから二人で話し合って交際をすることになり、指輪を買いに行きまして、それから彼女のお母さんに会って娘さんを下さいとお願いしました。日曜日には僕の両親に結婚するからと彼女を引き合わせました」


「両方の親御さんも賛成したいということか?」


「そうです。それで部長にご報告している次第です」


「そんなに急ぐのは彼女のことを考えてのことだね」


「そうです」


「君たち二人は相手のことを一番に考えている。似た者同士だね。きっとよい夫婦になると思う」


「来週にでも式場と日程を決めようと思っています。それから奥様には田村の方からお話するそうです。今日にでもご報告すると思います」


「君たちは本当に息が合っているね。まあ、仲良くやってくれ。仲を取り持った甲斐がある」


その晩、菜々恵に今日のことを電話すると、奥様に婚約を報告したらあなた方は良い夫婦になると言われたと話していた。


◆ ◆ ◆

僕たちは婚約した週の次の土日で結婚式場を決めた。それから結婚指輪も注文した。僕が早く式を挙げて二人の生活を始めたかったからだ。それを菜々恵はよく分かってくれて僕に従ってくれた。


それから結婚式だけをして披露宴はしないことにした。菜々恵のために披露宴をしなければと思っていたが、菜々恵は準備に時間と手数がかかるからしなくてよいと言った。確かにこれからの生活の準備に時間お手数をかけた方が良いに決まっている。


披露宴の代わりに両家の親兄弟と松本部長夫妻を招待して会食をすることにした。その方が準備も簡単で手数もかからない。結婚式の後、全員で会食すれば良いだけだ。


松本部長にそのことを伝えるとその方が新婦に負担がかからないのでその方が良いと賛成してくれた。また、会食には喜んで出席すると言ってくれた。


午前中に式を終えて昼に少人数で会食するということなので、結婚式場はすぐに空きが見つかった。このごろはこういう内輪だけの結婚式が増えているという。確かに、それほど親しくない人の披露宴に義理で招待されて余計な出費を強いられて迷惑な人も少なくない。


式は9月13日の午前10時からと決まった。まだ残暑が厳しいかもしれない。会食は正午からだ。衣装合わせも終わった。

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