第16話 手術と別離

二人だけの同窓会をしてから2週間後、夜の9時ごろ菜々恵から電話が入った。帰ってから3日ほどたって、週末に会おうと電話を入れたら、すでに予定が入っていると断られていた。


「ご相談があります。あなたの意見を聞かせてもらえませんか?」


「いいけど、何?」


「前回の診察でも主治医から言われていたの。抗がん剤でがんが小さくなったと。それで手術が可能となったので、どうするかと。転移がないか再確認するからとも言われていたの。今日、診察があって、検査の結果、転移もないので手術すれば完治も見込めると言われた」


「それで手術を希望するの?」


「手術は胆のうと肝臓の一部を切除するそうです。術後のことも心配ですし、今分からない転移があって再発の可能性もゼロではないとも言われています。手術すれば体力も消耗するので、このままでも良いかなと思ったりもしています」


「君はどうしたいの?」


「分からないから相談しています。意見を聞かせて欲しいです。あなただったらどうする?」


「僕だったら?」


本当に僕だったら。どうするだろう。答えるのに少し時間がかかった。


「僕だったら、手術にかけてみる。例え再発してもやるだけのことはしたと悔いは残らないだろうから」


「悔いが残らない? 私はあなたと二人だけの同窓会ができたから、もう悔いは残っていません」


「そうじゃなくて、今を、一日一日を精一杯生きることにしたと言っていたじゃないか。これから先のことに悔いは残らないのか? 二人の同窓会は過去との区切りと言っていただろう。それにもう思い出になった。これからはどうするの? このままでいいのか? 後悔しないか?」


「意見を聞かせてもらえてありがとう。よく考えてみます」


そういうと電話が切れた。それが菜々恵との最後の電話になろうとはその時思いもつかなかった。


菜々恵のことが気になったので、すぐに何回か電話を入れてみたが、電源が切られているか電波の届かないところとの音声が聞こえるだけだった。菜々恵との音信が途絶えた。


◆ ◆ ◆

後日、僕は通院している病院に田村菜々恵のことを聞いてみたが、個人情報は教えられないと断られた。また、同窓生にも消息を聞いてみたが分からなかった。手術をしたのだろうか? 気になる日々が続いた。


あれから3か月ほど経った翌年2月はじめの土曜日の夜の10時ごろだった。もう寝ようとしたときに、突然メールが入ってきた。菜々恵からだった。


『井上聡様 お元気ですか? 二人だけの同窓会にご出席いただきありがとうございました。今までの人生に悔いを残すことなく終止符を打つことができました。


あれから手術を受けるべきか考えてみましたが、あなたのご助言どおりに、手術に賭けてみることにしました。主治医から手術は成功したが、再発のリスクはゼロではないとも言われました。


私は今日退院しました。そして新たな人生を歩み始めることにしました。毎日毎日を精一杯悔いのないように生きていこうと思っています。


私はもうあなたにお会いしない決心も致しました。あなたにはご自分のための人生を歩いて行ってほしいと思っています。私へのお心遣いはもう無用です。長年のご厚情を感謝いたしております。


ご健康でお幸せな人生を送られますようお祈りいたしております。 田村菜々恵』


菜々恵の携帯からのメールだった。すぐに電話を入れるが、電源が切られているか電波の届かないところとの音声が聞こえるだけだった。


僕と別れたいとの突然のメールだった。手術に成功したのになぜ? 再発のリスクを背負って僕と付き合い続けることに負い目を感じたのか? 彼女らしい考え抜いた結論なのだろうか?


でも誰だって明日のことなど分からない。ただ、明日も元気だろう、無事だろうとの楽観の上に立って生きているだけだ。でもそれで良いのだと思う。


神様だけが知っていれば良いことを僕も知ろうとは思わない。菜々恵もそう言っていたはずだ。初恋の人とは結ばれないのだろうか、僕には後悔と虚しさだけが残った。

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