第8話 零日目

初めまして。異界の魂さん。


『ん?』


あ、目では見えないわ。あなたもわたしも魂だけだから。


『はあ』


ええと、あなたにお願いしたいことがあってここまで来てもらったの。


『はあ。なんでしょうか』


……聞いてくれるの?


『いえ、要件を聞いてみないと返答のしようがないですが』


それは……そうね。ええ、そうね。

……そういう魂を選んだんだけど落ち着いてるわね。


『落ち着いているというより、よくわかっていないだけですが……

 身体の感覚はありませんし、頭が無さそうなのに一体どうやって考えているのか……』


変なところでリアリストね……


『ところでどちら様でしょう?』


ここで誰か聞くのね……マイペースだわ……


『私は……あれ?』


思い出せないと思うわよ。あなたはもう死んでいるから。


『死んでなければ思い出せるんですか?』


気になるところはそっちなの? 死んでいる事に驚きはないの……


『……そういえば、これ死んでいる人がいきつく形なんですか?』


いえ、そういうわけではないのだけど……あなたの場合はわたしがこちらに来てもらったから自我が守られているの。そうでなければ自我もなく輪廻に入っていくだけよ。


『ははぁ……インド系の思想が答えでしたか』


ここで答え合わせをする人はあなたが初めてじゃないかしら……


『ところで要件というのは?』


本当にマイペースね。混乱しているよりはいいんだけど……

ええと、そう、あなたに頼みたいことがあるのよ。わたしの子供のゆりかごになって欲しくて。


『ゆりかご……というと、赤ん坊を入れて揺り動かす籠? あいにく私は人間だった感覚しかないので、無機物になるのはちょっと……』


誰も本当のゆりかごになって欲しいとは言ってないわよ。ゆりかごっていうのはたとえ話。わたしの子供を誕生させる力になってほしいの。


『ええと、私はたぶんお産婆さんではないと思うのですが』


人間のように出産はしないから大丈夫。というか、もうすでに種は出来ているからそれに目覚めさせるだけの力を入れてほしいのよ。


『タネ?』


種。わたしは広義の意味では植物だから。


『植物?』


そうよ。あなたの世界では世界樹とかユグドラシルとか、そういうイメージが定着しているのかしら? わたしの世界では精霊樹と呼ばれているの。


『しゃべる木?』


人面樹じゃないから……洞が目と口に見えるとか、花が人の顔になってるとか、そういうのじゃないから……あなた世界樹とかって知らないの?


『……記憶がないのでなんとも』


……確かに。いやでも概念は残るはずでしょ。


『そうなんですか?』


そのはずだけど……え、ええと。話を戻しましょう。

わたしの世界では、精霊樹が命の循環を担っているんだけど一万年ぐらいで寿命がくるの。


『ではあなたは結構なお年を?』


……言い方が気になるけど、そうね。結構なお年です。

それで次へと代替わりするんだけど、その時に精霊樹が無い空白期間が出来るの。そうすると世界は命が枯れていき、どんどん生物が生きていけない場所になっていくの。


『子育てはされないんですか?』


子育て………されないんです。というか、やってはいけないの。世界に二つ精霊樹が存在すると生命の循環が乱れてしまうから。だから古い方が枯れて存在しなくなってからでないと、新しい精霊樹は芽吹かせてはいけないの。


『じゃあタネというのは、そのために休眠状態にしているという事でしょうか?』


いきなり理解が進んだわね……そうよ。眠っているという状態が一番近いわ。

目覚めさせ、大きく芽吹かせるにはね、愛がいるの。


『………』


予想してたわ。あなたリアリストだから非科学的なとか考えているんでしょ。


『いえ、なんだか人間みたいだなって』


え?


『人間も愛がないと育ちませんよ。愛なく育った人は、どこか脆いですし』


……そうなの。


『でも、ちょっと言わせてもらうなら、他人にいきなり愛をと言ってもなかなか難しいですよ』


それはわかっているわ。何も種を愛してほしいと言っているわけじゃないの。

わたしの世界には、種を守ってくれる人間達がいるんだけど、その人間達の誰かと想いあってくれたらその気持ちを種が吸収するわ。ついでにあなたの概念も吸収して世界に命を誕生させていくから。


『最後にえらく大事な事をさらっと付け加えましたね』


あらそう? あなたの概念だからあなたが意識するわけじゃないし、構えなくても問題ないわよ。


『そうではなく、私の概念からという事は、あなたの世界の命が私の概念の形で生まれていくという事ですよね? これまであった形ではなく』


そうね。


『それ、そこに住んでいる人たちからしたら大問題なのでは?』


いいえ。だってほとんどの生命が存在していないもの。見た事がないのだから問題の起こりようもないわ。


『……もしかして、荒地のような状態なのですか?』


そうよ。精霊樹が枯れたらそうなるわ。そのまま次の精霊樹が芽吹かなければ文字通り早晩滅びてしまうでしょうね。


『えぇ……そんな責任重大な事を赤の他人に任せるんですか』


任せちゃうわ。


『なんでしたっけ……その、残っている人と、愛?』


愛しあってとまでは言わない。想いあってくれるだけでもいいの。

精霊樹はね、純粋な優しい心が必要なの。その心がないと人間を信じて一万年も生命の循環を担えないのよ。


『……あの、それは辛いのでは』


辛くはないわよ? 沢山の生命に囲まれてとても楽しかったわ。ただ、生命の中でも人間はほら、いろいろでしょう? 時々不安になってしまうのよ。守る価値がある世界なのかどうなのか。信じていられたのは、生まれる時にもらった心があるからなの。とても暖かい心よ。


『そうですか……』


わたしの世界とは縁も所縁もないあなたなら、わたしを利用しようと思わないでしょう? そんな魂と、わたしの世界の人間が想いあえるのなら、わたしの子供もきっと信じていられると思うから。


『……はぁ……責任重大ですね』


あら。向こうに送るときはここでの話は忘れているから大丈夫よ。あちらも伝承のために一人は知ってるけど、それ以外は具体的な事を知らないはずだし。


『大丈夫な要素がどこにも見当たらないのですが……忘れちゃったら想いあうとか出来ないのでは? 向こうも知らないのなら猶更』


そうかしら? あなたならきっと大丈夫じゃないかしら。そんな気がするもの。

それに出来なかったとしてもあなたには責任はないし、それこそそんな事も忘れてあなたの世界に戻って次の輪廻に入るだけよ。ほら、退職後の小旅行みたいに気楽に思ってくれればいいのよ。


『とてもじゃないけど思えない……』


あぁもう時間。どうせ忘れるから緊張しても意味ないわよ。

さあ送るわね。


『ちょっ急にそんな』


よろしくね。

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