3-2

 ため息を一つ吐き、


「……ヒイ。セイ。これで良い?」


 望み通りの呼び方で呼ばれ、二人は嬉しそうに首を縦にブンブンと何度も振る。わたしは、はあ、とまた一つ溜息を吐いた。


「じゃ、おはなししよっ」


 言いながらヒイはピョンと飛び、地面に座る。同時にセイも、ゆっくりと隣に座る。それを見て私も、二人の正面に位置取るように、この月面に座ることにした。


「何を話すの?」


 本当のことを言うと、わたしは困っていた。


 わたしの話す相手と言えば、同世代の女子くらい。しかし、それも今は相手が忙しそうにしているので話すことが出来ない。それ以外で話したのは、最近では担任との進路面談くらいしか思いつかない。思い出してみると最近では、両親とすら、しっかりとした会話をした覚えがない。それ故、この二人と何を話したら良いのかなんて思いつかない。


「おねえちゃんの話が聞きたいな」


 最悪の答えだ。隣のセイを見ると、ヒイに同意するように小さくうなずいている。


 何を話すのか? 考えろわたし。今日あったこと……学校の授業がつまらなかったこと?  いや、だめでしょ、わたし。じゃあ塾での失敗を、ムカつく先生の物真似付きで話す? ……わたしの今日、暗すぎでしょ。いや、毎日か?


 そんな事を考えながらも、わたしは逃げ道を考えてしまう。どうやって、相手に話させようかと。


「わたしの話なんて、聞いてもつまんないよ。暗いしさ」


 これでどうだっ! と言わんばかりに言い放つ。それでも、二人は退くこともなく、


「良い、よ」


「あたしたちは、普通の、ありきたりな話が聞きたいの」


 とフォローに似た言葉を言われてしまう。わたしは余計に困るのに。


「それとも、嫌なの?」


 ヒイの言葉に、正解です。とは言えず、どうしようかとさらに一層、話題を探す。


「じゃあ、質問しても良い?」


 そう。それを待っていたの。回避できたという喜びの感情を隠しつつ、わたしは控え目に頷いた。


「おねえちゃんって、本当は大人でしょ?」


 ヒイの質問は、わたしが予想していたものとは、真逆と言っていいほどに違っていた。


「どう、して?」


 大人? わたしが大人? どこが、どうして? 


「あたしたちに……」


 ヒイは、理由を話し始めた。


「会った時にね、あたしたちの名前も聞かずに、何してるのかと、お父さんお母さんついて聞いたでしょ? そういうのって大人っぽいよね。あとね、えっとさっきから、妙に大人っぽいって言うか……その……?」


「――落ち着いてる?」


「そう、それ! 妙に落ち着いてるからさ、大人の人みたいだなあって」


 ……やめて。わたしを大人というカテゴリーに入れないで。わたしはまだ十七歳なの。十七歳の女の子なんだよ。法律的に見て、成人と呼ばれるまで、まだ三年もあるんだから。


「大人って、いつもつまんなさそうに、ぶすっとした顔してる。こんな感じで」


 言いながらヒイは口をへの字に結び、つまらなさそうにしている大人の表情を真似て見せた。


「お姉ちゃんも、ずっとそんな顔してるから」


 言い終わるとヒイは、わたしの答えを待つようにこちらを見つめる。


 じゃあ、わたしがいつも、つまらなさそうに大人の表情をしているっていうの? うまくいっていなかったかもしれないけど、二人に会ってからは笑う努力をしてたのに?


 そう考えている、わたしの中の堰は、濁流を抑えることができなくなっていた。

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