俺−悪=……

 周囲の死霊系アンデッドを倒しながらようやくその女の元へと辿り着いた。


「お前が死霊系アンデッドを呼び寄せた首謀者だな?」


 頭を押さえながら大声で言ったその言葉を聞いているのかいないのか、女は精気の無い、濁った白い瞳で見つめて来る。


 だがそれも一瞬の事だった。


「貴様らぁぁいつの間にここまでぇぇぇ~~!」


 突然髪を逆立て、目を怒らせた。


「いつの間にって、お前俺達を見てたんじゃないのか⁉︎」

「この村は、絶対に渡さん」

「何言ってんだ厚かましい!」


『あの女……どうもおかしいな』


 何がおかしい?


『いや、はっきりとは分からんが、あの女の意思ではない気がする。あの女とは別物の何かというか……』


 珍しくヴィオレットの歯切れが悪い。

 こいつでもわからない事はあるんだな。まあ、俺本人なんだからそりゃそうか。


 だがそんなのはあの女を倒してからだ。

 ラダ、そしてここまで辿り着いた数十人の兵士達に向かって叫ぶ。


「俺があの女を倒す。周りの死霊系アンデッドを近付けるな!」

「畏まりました!」

「「「ハッ!」」」


 何とか生捕りをと近付こうとしたその時、目の前の空間に突如大きな何者かが現れた。それは徐々に怪物の姿を成し始め、人間の声とはかけ離れた、魂を揺さぶるかの様な咆哮を響かせた。


「こいつは!」

『ドラウグル!』


 見た目は大型のスケルトンといった所だ。

 しっかりと兵士達が身につける様な防具を見に付けており、目の奥は冷たく青く光っている。


「う、うわぁ!」


 背後でも何か起こっている様だ。だが目は離せない。


『アタシが代わりに見てやろう』


 ヴィオレットを通じて俺の目に入ってくる映像。それは、


『あれはレヴァナントと……デュラハンだな』


 いずれも幼い頃に勉強を習っていた家庭教師に見せてもらった魔物の模写とよく似ている。

 かたやゾンビの大型、かたや頭部の無い重騎士といった感じか。


 しかも何体もいる。


「ア、アルタヴィオ様! お逃げ下さい!」

「ここは我らが!」


 ラダや兵士達が怯えながら必死で俺を逃がそうとする。

 だが俺が求めるのはそうじゃない。


《アルタヴィオ様、お助け下さい!》


 これだろ? これぞ英雄。

 英雄とは人々に頼られてナンボよ。


「皆、一瞬、耐えろ!」


 行くぞヴィオレット!


『任せとけぇぇい!』


 言い様、ヴィオレットはドラウグルに向かって突進! 無論、ドラウグルもジッとはしていない。現れた数瞬後にはその大きな剣を本体の俺の方に振り下ろして来た。


 その初撃を左に躱しながらレグニトで右に受け流す。凄い力だ。筋肉が無いというのに。

 キリリリリッ!

 剣が擦れる音がしてドラウグルの剣先が地中に埋まる。と同時にヴィオレットがドラウグルの首元を捉えた!


『でぇぇぇぇぇぇぇいやぁぁぁぁ!』


 そのまま振り抜くと見事に首と胴が離れ、ドラウグルが煙と化して消えてゆく。 


 通常の魔物なら一撃でここまで上手くいかないかも知れない。聖剣レグニト様々だ。


 頭の痛みは更に増す。目の奥を殴られている様な感覚。だが追い詰めるまで後一歩だ。振り返り様、目一杯叫ぶ。


「頭を下げろ!」


 ラダと兵士達は俺の声に反射的に座り込む。行けッ! ヴィオレット!


『そぉぉぉぉぉれっっ!』


 先程数十匹の魔物を屠った攻撃。並ぶ魔物達を横一線に切り裂く。レヴァナントとデュラハン達は斬られた部分から光を発し、一様にガスとなって消え去った。

 頭痛は激しさを増し、脳みそが爆発しそうな程だった。


「す、凄え……」

「アルタヴィオ様、一体……」


 残るは大将。だが奴は直ぐに死霊系アンデッドを召喚出来る力を持っている。


 さっさと決めてしまわねばならない。だが……


「アルタヴィオ様!」


 激しい頭の痛みによって視界がボヤける。

 それによって気分が悪くなり、立っていられなくなる。

 頭を押さえ、グラついて片膝をついた所でラダが体を支えてくれる。


『クックック。苦しそうだなぁ? 俺』


 ヴィオレット!

 お前が、何かやっている、のか?


『やってはいない。やってはいないが……ひとつ言い忘れていた事がある』


 何だ、さっさと言え。気を失いそうだ。


『アタシをに出して使えば使う程……お前の元の人格は悲鳴を上げる。それはお前の脳に『痛み』となって現れるのさ』


 何だと……ならお前を引っ込めろって事か。


『そうなるな。そうすれば頭痛は徐々に治るだろうよ。ま、後は頑張れよ』


 そう言って消えようとする。

 待て。俺はお前を引っ込めない。


『なに⁉︎』


 だってあと少しだろ? あいつを倒せばそれで終わりだ。


『……その前にお前がくたばると思うが?』


 くたばってもだ。

 グゥゥゥ……いや、死にはしない。俺は英雄になるんだからな。耐えてみせるさ。


 少し驚いた顔付きをした後、ヴィオレットはフフンと鼻を鳴らす。


『フフ。そうだな。アタシを顕現させる程、そう願っていたのだからな。ならもうひとつ解決方法を教えてやる』


 な、に……?


『アタシがお前から離れれば良い。やはりあの女は怪しい。お前から離れ、あいつに憑依する』


 何だと、おい、待て!


 ヴィオレットと俺を繋いでいた実体の無い細い紐の様なものがプツンと切れた。

 そのままヴィオレットは女へと向かい、スッとその体の中に潜り込んだ。


 ヴィオレット!


 ……


《……シュンッ……》


 ……


 最早、わたくしの中に彼女はいない様だ。先程までわたくしを苦しめていた頭痛も驚く程綺麗に無くなった。


「アルタヴィオ様! 大丈夫ですか⁉︎ アルタヴィオ様!」

「おおラダか。心配させてすまぬ。わたくしはこの通り、ピンピンしているぞ」

「は、わたく……? と、とにかく一旦、退きましょう」

「ならぬ。死霊系アンデッドが襲って来ようがわたくしは退かぬ! ここはわたくしに任せ、そなたは兵を整えて退くがよい。そなたの様に若く美しい女性がこの様な悍ましい所で死んではならぬ」

「…………はあ?」


 どうしたというのだ。あの可愛いラダがポッカリと口を開けて首を傾げている。忌わしい死霊系アンデッドとの戦いで心を病んでしまったか?

 ソッとハグをし、背中をポンポンと叩く。


「すまぬ、ラダ。そなたの身を守ると偉そうな事を言っておきながらそれ程苦しんでいたとは」


 ラダはわたくしの体をゆっくりと引き剥がし、もう一度首を傾げた。


「あの、いえ……私は大丈夫です。むしろ私はアルタヴィオ様の身を心配して……」


 何と心の清い女性なのか。


 ガバッ!

 今度は力一杯抱きしめた。


「は……あ、あのっ……アルタヴィオっ様っ」

「大切なラダ! そなたはこのアルタヴィオ・ヴィクトリアが命を賭して守り抜くと改めて誓おう!」

「はっ……はぅぅ……はいっ」


 名残惜しいがラダの暖かく心地よい体を引き離すと顔が真っ赤になっておるではないか。


「大丈夫か? 顔が赤いぞ?」

「え……あのっ……そんな事ありませんっ!」


 身を捩って顔を隠す。

 おおラダ。そなたは何と可愛いのか。

 よし。神に誓ってそなたを大切にする。

 子供は5人こさえよう。


「ええい! いつまでイチャイチャしておるか! この魔物共め!」


 突然目の前の背の高い女性が叫ぶ。


 今、わたくし達の事を魔物と呼んだな。

 これは一体、どういう事か。

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