お酒と肴に酔った英雄と獣人講和条約

ゆっくりと、意識が覚醒していく。

「ーー···花白かしろ

俺は上半身を起こそうとし、左腕に抱きつき幸せそうにすやすやと眠っている白髪狐の幼女ーー花白に気付き、起こさないようにゆっくりゆっくり腕を抜いていき、周囲を見回す。

俺「たち」の家である大樹の図書館の中にある秘密の空間ではなく、獣人じゅうにんがいの意心地が良すぎて暖かい雰囲気の宿屋で部屋とって寝たんだっけな…


コンコン


「?」

王都と違い魔法灯が少ないこともあり星が綺麗に見える窓に小さな羽根が付いた黒猫が前足で窓を叩いているのが見え窓を開ける。

「にゃ〜」

「魔力を感じるってことはお前、誰かの魔法生物か?なんの用だよ」

青い首輪に刺してある丸まった手紙を見せてくる。読めと?

«前略 彩支さいし殿へ

かの「英雄」である彩支殿へ獣人への扱いについて相談を出来ればと思っている。

孤児であった狐を助けるくらいだ、この獣人街を救くうために獣人達を平等の立場へと引き上げるための講和こうわ条約じょうやくなどを作れたらと思っている、英雄の力があればそれも迅速に叶うのではと考え、道案内と手紙の受け渡しの為使い魔の黒猫。「星夜せいや」に頼んだ。

いい返事を期待している。

獣人じゅうにんがい管理かんり取締とりしまり役 《やく》 聖月せいづき 曾良そら »


「思ったより凄そうなのが面倒事と共に釣れたな」

聖月っつーと、王族を補佐してもう何十年も経ち、戦闘も強く裏工作もできるという家系で、年齢的には先代当主なんだろう。そんなご老人から直々な呼び出しか…

黒猫使い魔様を撫でながら考える。

忠犬と言うべき聖月の家系は長男が当主になり、今も普通に補佐をし続けてるはずだ。その家が···英雄という名を出してくれば説得力は十二分にある。


「…………はぁ…ったく」


毛布を花白にかけ、自分はフード付きの外套を羽織る。······念の為に片手剣も持っていくか。


「獣人達がどーのこーのとかの話はともかくとして、英雄なんて呼ばないでくれと言いに行かないとな。」


呑気に寝ている白髪狐を人撫でして、黒猫使い魔様を抱えて飛翔ひしょう魔法を発動し空を飛ぶ。

獣人街を管理する取締役様はどこで話すのをご所望なんだ?黒猫さんよ

そんな悪態をつきながら、俺は夜の街へとくり出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「よぉ、昼ぶりだな、爺さん」

さっきから悪態をものすごい勢いでついていることには突っ込まないで欲しい。英雄なんてもう呼ばれたくないのに呼ばれている身にもなれ。

「彩支殿。本当に来るとはな」

「お前が大層な黒猫使い魔を連れてくるからだろ?夜中に花白が起きて一人で泣いたらどうする気だ。あ、店員さん、おすすめの酒1杯」

「代金は儂が持とう。好きに飲め、それで、だ。単刀直入に聞くがーーどうすれば獣人達と人族は手を取り合えると思うかね?」

やっぱりそれか、犬の尻尾をパタパタさせて期待させてるところ悪いがーー

「断言する。かの聖女が失敗した時点で無理だ」

「っ!?」

「お前らが言う「英雄様」は隣に聖女がいない時点でもう最強じゃあなくなったんだ。それにこの問題に関してはただ人族に対して戦争で勝てばいいってもんじゃねぇし、俺が手を貸して勝ったとしても恨みを買うだけだな。」

戦争なんて、するもんじゃねぇしな。

言外にそう含みすぐに出てきた酒を1口飲む。美味い、肴がこんなクソみてぇな話じゃなければもっと良かったのにな。

「まぁ、それでも尚、お前ら獣人が人族と渡り合いたいというのなら…それこそ長い時間が必要だ。頭を下げるんじゃなく、共通の醜い敵を、手を取り合い倒すぐらいの功績がないとな」


「……それは」

「あぁ、俺の義妹がした事だ。実行した聖女であり狼族の獣人だった義妹は簡単に王族に殺害命令を出され、殺された。この意味が分かるか?少なくとも上のやつらはお前らを駒としか思ってねぇ。それだけだよ、嫌だったら帝国にでも亡命すりゃあいい」

「バカ言うな!儂がそんなことをすればこの獣人街はどうなる!ただでさえ1番上の息子以外は聖月がここを占領して税金を搾取し、家を大きくするなどとほざいて···!」

「ほーー、それがお前の焦ってる理由か」

「っ!!!」

なるほどねぇ···さて、どうするべきか。

はっきりいって獣人の地位向上なんて興味はない···と、言いたいところだが。こっちには狐族の獣人である花白がいる。

それに、もう少しだけでも人族が獣人を差別せず人としてみていれば···王族は聖女を殺すのに手間取り、あいつは死んでいなかったかもしれない。

たらればのバカ話だが···放っておく気にはなれないな

少なくとも俺と花白はここの獣人達に良くしてもらった。それなら···助けてやるのが元勇者としての道理かね。

何時から俺はこんな甘い男に···こってりしたチーズと干し房レーズンを口に放り込みゆっくりと咀嚼し、ワインで流し込む。ん、塩味と甘味のバランスがいいな。花白へのお土産でぶどうジュースと一緒に買っていこう。なんて現実逃避をし、真剣な顔でこちらを見る犬の老人へと長いため息を着く

「わーった。俺も考えてやるよ獣人と人族の講和条約案の部分だけでいいならな。ただ弄月彩支が考えたものではなく、英雄の先代勇者と聖女が考え、残したものをお前に託したってことにしろ。」

馬鹿なことを言っている自覚はある。俺は美味い酒の飲みすぎで酔っ払ってるだけだ。

「あとは、上手い具合に進むように根回しとかしてやるよ。「世界樹せかいじゅの契約」にも背いてないしな」

「!!」

「俺は背中を押すだけだ。失敗するも、成功するも、爺さんの家の動き次第。期待してるぜ?·········俺の聖女が出来なかった悲願を」


「俺の言葉を信じるか信じないかはお前次第だ。ほら証拠もない予言を聖女が話したあと言ってただろ?」

あいつの決めゼリフを俺が言うことになるとはな···ははっ

きっと俺は今笑っている。


「当たるも八卦はっけ 当たらぬも八卦はっけ、ってな?」







「当たるも八卦当たらぬも八卦、か。」

不思議な言葉だ。自信満々に言っていそうで、実はそうでも無いのか···これはただの賭けだ。姿をくらます前の勇者を見たことはあるとはいえ、彩支殿が言った言葉は聖女がよく言っていた言葉で割と獣人達には流通している。

ただ···信じてみたいと思った。だから儂は今、こうして息子たちの前に立って話そうとしている。外れたとしてもこんな老いぼれた老人が処刑されるだけのこと。長男の聡哉そうやがなんとかしてくれるだろう。


「儂はかの勇者様と聖女様に伝えられたこと後がある。それを今お前たちに伝える、これがこんな老いぼれの儂が最後に教えられることだ。引き継いでいって欲しい」


王族の方々も聞いている中での話だ。失言をすれば首が飛ぶ。がーーそんなことはいい




(獣人達が、あんな狭い世界じゃなく、広い世界へと···進めるのなら)




英雄達のようにはなれなくとも。儂にできることを、するまでだ

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