第7話 愚痴

 日が暮れてくるとティーシアがご飯を食べようと提案する。なんでもティーシアが奢ってくれるらしい。

 そう言われてみると俺は昨日から何も食べていなかったので、それを了承した。脳みそと脊髄だけで生活していた頃の習慣で、飯を食べることを忘れがちになっているようだ。


 俺達は繁華街にあるティーシアおすすめのヴィルノード料理の店に入った。


 ティーシアが慣れた様子で適当にご飯を頼む中、俺はメニューにお酒があることに気付いた。快楽物質大好き男であるこの俺としては、外の世界の快楽物質摂取源、つまりお酒は飲んでみなくてはならない。


「ねえ、ティーシア。お酒も飲んでみたい」


「ええっ、法で決まっているわけではないが、子供にはまだ早いぞ」


「大丈夫だって」


 そう言って俺はついでにエールも一杯注文した。


 料理が机の上に運ばれ、俺がそれを手で食べようとすると、ティーシアに叱られる。


「ベル、それは行儀が悪いぞ。ほら、こうやってフォークで食べるんだ。そんな整った貴族の子供みたいな顔をしているのに、獣みたいに飯を食べていたらみっともないぞ」


 俺は仕方なくフォークで飯を食う。慣れていないが使えないことはない。


「ベル、口の周りにいっぱいついてるぞ」


 ティーシアがそう言いながら俺の口をハンカチで拭った。


 ヴィルノード料理は美味かった。ティーシア曰くヴィルノードの土地の半分は山岳地帯にあり、食料を長期保存するために漬物料理が発達しているらしい。様々な香辛料も加えられていて飽きさせなかった。


 ただ、エールはゲロまずだった。俺の白い粉の一粒にも劣るほどだ。気分が悪くなるだけだったので一口飲んで即座に吐き出し、残りはティーシアに押し付けた。ティーシアは一瞬逡巡しながらも、ぐいっと一気に飲み干した。


「私は本当にダメなんらぁっ、騎士としても半人前……もう実家に戻って嫁ぐしか……嫌だぁ……ぐすっ」


 そろそろ俺の腹もいっぱいになった頃、エール一杯でべろべろに酔っ払ったティーシアがくだを撒き始める。


(まさかこんなことになるとは思わなかった……)


 面倒臭えなと思いつつも、俺の頼んだエールでこうなったということもあり、ティーシアの愚痴に付き合い続けた。


「どうしてっ、私はこんなに、弱いんだっ。魔法もダメ、剣もダメ……何もできない……部下だってみんな私の下について左遷されたと思ってる……すぐにこんな隊抜けたいと言ってるんだ……」


「大変だね」


「あぁーっ、もう駄目だぁ……クソ親父の圧力のせいで、あと1ヶ月でなにか成果を出さないと……騎士団を、首になってしまう……結婚なんて嫌だぁっ! 貴族界の夫人なんて地獄だ!」


「大変だね」


「マスター、さっきから『大変だね』しか言ってませんよ」


「わたしは、わたしはただ、弱いものを守れるような……そんな風にありたいだけなのに……」


「ふーん。そんなに強くなりたいなら俺が人形に改造してあげようか? 一発でこの国を滅ぼせるほど強くなれるよ」


「マスター、そんな邪教の勧誘みたいなことしないでください」


「わたしは……わたしは……Zzz」


 ティーシアはそのまま机に突っ伏して爆睡してしまった。その様子を見て俺は一仕事終わったなと達成感を味わいつつ言う。


「よし、腹もいっぱいになったし、宿屋に帰るか」


「……マスター、まさかとは思いますが、彼女をこのまま置いていくつもりではないですよね?」


「……だめ?」


「だめです」


 ノートに言われて仕方なくティーシアを俺の泊まっている宿屋まで運んだ。ティーシアを背負いながら、何度もティーシアを〈収納ストレージ〉に入れて運びたいなと思ったが、生物は〈収納ストレージ〉に入れられないのだ。これだから人間は不便だ。


 部屋に着くと爆睡するティーシアを床に転がして俺はベッドに寝た。


「マスター、そこは女性をベッドで寝かすところです」


「そうなのか」


 俺は起き上がってティーシアをベッドに寝かせた。


 ティーシアは寝苦しかったのか、ううーんと唸りながら軽鎧をぽいぽいと外して薄着になった。


(すごいな。人間って寝ながらこんなに器用に動けるものなのか)


 俺はなんとなく寝ているティーシアの体を眺める。


「マスター、どうかしたのですか? 寝ている女性を襲ってはいけませんよ」


「いや、ただ見てただけだ。身体に刀数がいっぱいあるし、手だって豆ができてごつごつだなって思って。これなら俺の人形の方が美しいな」


「……マスター、それは私を襲いたいと解釈できる発言ですよ」


「そんなつもりはない。このナンバー28は性行為も可能だけど」


「きゃー、と一応言っておきます」


 そうして俺は蝋燭の火を消し、床で寝た。


 よくよく考えてみると同じ部屋で他の人間と寝るのは、母親と一緒に独房にぶち込まれていた7000年前ぶりだが、意外にあっさりと寝れた。酒で酔い潰れたティーシアなら例え俺を殺しにきてもすぐに返り討ちにできるという安心感があったからかもしれない。


 次の日の朝、目が覚めたティーシアはものすごく申し訳なさそうに何度も何度も謝って騎士団の寄宿舎に帰っていった。ちなみに昨晩の記憶は途中からないらしい。

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