第2話 プロローグ2

 それからオリンピアと話をしてみると、彼女はソロのSランク冒険者で、暗黒森林と呼ばれる人類未開の地の調査にやってきたらしい。暗黒森林は人類には手に負えないほど強力な魔物がうようよしており、そこにはまだ見ぬ邪悪な魔王が住み着いていると噂されていたそうだ。この森に俺以外の住人は見たことがないので、魔王がいるというのはガセだろう。


 ちなみに、俺のラボ周辺には大量に門番ゴーレムが配置されており、魔物も侵入者も全て追い返してくれるはずだった。だがオリンピアに関しては、彼女を仲間だと認識して通してしまったようだ。


「この体はどうだ? オリンピアの言う通り人型だぞ。ナンバー8401、レーザービーム射出特化型人形だ、とマスターは言ってます」


「だめです。もっと普通の人間の体にしてください。普通の人間は身体中からビームを打てません」


 今はオリンピアがどうしても俺に人型にボディチェンジして欲しいと言うので、彼女のお眼鏡にかなう体を選んでいる最中だ。俺に口がないのでノートが通訳してくれている。次々と過去に作った傑作たちを〈収納ストレージ〉から取り出して披露するが、悉く却下されている。


「じゃあこれはどうだ。ナンバー3544の粘性液体型人形だ。人型にもなれるしどんな形にも見た目上は変形できる優れものだ、とマスターは言っています」


「だめです」


「……なあ、オリンピア、どうしてそんなに普通の人型に拘るんだ? そんなのどうだっていいじゃないか。俺は人形を作れればいいんだ。俺が人型かどうかなんて瑣末な問題だよ、とマスターは言っています」


「瑣末な問題じゃないです。マスターは私と違ってちゃんとした人間なんですから」


「もう脳みそと脊髄しかないけど人間なのかなあ。じゃあ、これは? ナンバー28、初期に作ったやつで見た目にしか拘ってないから特に機能はない。一応魔術回路を体内に刻んであっていくつか魔術を使えるけど、他は普通の男性子供型の人形だ。身体活動の維持に食事や睡眠も必要だし排泄もする。機能的には不便なやつだ、とマスターは言っています」


「これ! いいですね」


 そうして俺はナンバー28に脳みそと脊髄でじゅるりと入り込んで体を動かす。


「あ、あー。どうだ? ちゃんと喋れているか?」


「完璧です」


「そうか。じゃあ一休みするか」


 ボディチェンジもひと段落した俺は頭蓋骨をぱかっと開けて脳みそに白い粉を振りかける。


「あばばばば」


 快感の津波が襲いかかってきて、俺の眼球はぐりんぐりんと痙攣するようにあらぬ方向を向く。ついでに涎もだらだらと垂らしている。この体だとこの薬は影響が強過ぎたようだ。


「ま、マスター! どうしたんですか!?」


「あー、気にしなくて大丈夫ですよ。マスターのいつもの薬です」


「薬!?」


「あぁ、気にするな。快楽物質を脳みそに直接投与しているだけだ。こう見えて特に体に害もない」


 俺は小便と大便をブリブリと漏らしながらそう言う。説得力がないかもしれないが、害がないのは本当だ。


「だめですよ! そんな薬を使ったら!」


 オリンピアは糞尿に塗れた俺を抱きしめながら叱る。


「いいですか、絶対にその薬を、二度と、使ってはダメです!」


「がぶべ?」


 俺は溢れ出す自分の唾液に気持ちよく溺れながら何で?と聞き返す。


「ダメなものはダメです!」


 それからオリンピアは俺を風呂に入れた。もちろん俺がうんこで汚れたからだ。風呂なんてこの俺のラボには存在しなかったので、神である俺が土魔術と水魔術を使って即座に作り上げた。


 風呂の中でオリンピアに寄りかかりながらしばらくじっとしていると薬の効果が切れてきた。ちょうど俺の頭がオリンピアの胸に挟まっている。


「いいですか、マスター。これからあの薬は禁止ですし、変な体に乗り換えるのも禁止です」


「えー」


 俺は薬を禁止する必要性も、この不便なナンバー28の体に拘る必要性も微塵も感じなかったので、適当にオリンピアの言葉を聞き流していた。


 ふと、俺の体を尻の間まで手で優しく洗い流すオリンピアの腕に、魔術回路が刻まれているのが目に入った。


「あれ、魔術回路じゃん。これは……火魔術かな? オリンピアが作ったの?」


 魔術の起動には詠唱と魔術回路の二種類がある。魔術回路はそれに魔力を流すだけで魔術が起動できるように簡易化したものだ。体にタトゥーのように刻み込む事もできるし、紙に書いて使い捨てることもできる。


「これですか? これは魔法刻印です。おっしゃる通り火魔法ですよ」


「魔法? そうか、時代が変わってそっちの呼び方が定着したのか。昔は直観主義的魔力変換のことを魔法と呼んで、形式主義的魔力変換のことを魔術と呼んでいたが、まあ俺から見たら立場の違いだけでどちらも同じものだしな。呼び方なんてどうでもいいか」


 そうして俺はオリンピアの腕に刻まれた魔術回路をしげしげと眺めた。


(ん? 俺が何千年もかけて独自に発展させた魔術理論と似たところもあるな。そしてこれは……そうか、回路のこの3箇所を抽象化して同一視することによって簡易化しているのか……この発想はなかった。これを作ったやつは、天才か?)


「この魔術回路すごいじゃないか。オリンピアが作ったのか?」


「いえ、違います。この魔法刻印は神に祈りが届いた時に授けられるものです。そうして私たちは魔法が使えるようになるのです」


「神? どういうこと? オリンピアが努力してこの魔術回路を作った結果を、神様からの贈り物と考えてるってこと?」


「いえ、本当に神から授けられるのです。私にはこの魔法刻印の仕組みは全く分かりません。ですが、この刻印のおかげで魔法を使うことはできます」


「……」


(どういうことだ? 仕組みは完全に魔術だし、神を名乗るやつがこの魔術回路を刻んでいるのか?)

(昔にも神の概念はあったが、それはそもそも魔力が存在する理由とかに使われるものであって、魔術の法則とは関係なかったはずだ。神が魔法を与えるという考え方もあることにはあったが、神秘魔術主義と呼ばれて唾棄すべき考え方とされていたはずだ……)

(どうやら魔術の考え方も大きく変わっているらしいな)


「まあいいや。とりあえず後でその魔術回路、俺が描き直していい? 俺の人形によくわからんやつの魔術回路が刻まれているのは不愉快だ。それから体の調律もしてやる」


「はい。私の体は全てマスターのものです。お願いします」


「俺を見ておぞましい化け物と言っていた気がするが随分と変わったな」


「そ、それは……ごめんなさい」


「ははは、冗談だよ」


 そうして風呂で綺麗さっぱり汚物を洗い流した俺は、人形製作用の台の上に裸のオリンピアを横たえ、魔術回路をさらに改良して書き換えた。ついでに俺はそのままオリンピアの体の調整を始める。パッと見る感じ、千年も経っているというのに特に異常はない。さすが俺の作った人形だ。

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