第4話 独白にコーラはつきもの

 今日の活動はこのくらいで打ち止めとして、夕食をとったのち就寝の時間となった。いまだこの時間帯で襲われたり閉じ込められたりなど危害が加えられたことはないが、警戒を怠るわけにもいかずに複数人同室で寝ることになっている。


 モール事務室の床にクッションと毛布を敷いて、男子が3人。奥の応接室内で、ソファと休憩室から持ってきた布団を使って女子2人。

 なんだかんだ職場とはいえ、自分たちがいつも使っている場所なだけ安心感が違う。


 深夜2時ごろ。唐突に目が覚めてしまった。


 もぞもぞと寝返りをうっては、頬をかく。

 眠れない。俺は諦めて身体を起こし、水を欲して休憩室へと足を向けた。


「うおっ、ついさっきまで寝ていた人には、目に毒だなこりゃ」


 思わず額に右手で屋根をつくる。


 バックヤード通路の照明は蛍光灯が一定の間隔で灯っており、通常であればこの時間は、夜勤の警備員さんが「省エネ」とぶら下げられた場所だけを消して回っているはずである。しかし今はそんなことをする人員もおらず、また夜なにかあった場合に明るくないと行動ができないため、就寝する部屋以外は照明をつけたままとしていた。


 俺は休憩室のドアを開けた。すると……


「え、東堂……さん?」


「樫村くん!?」


 机に突っ伏してた彼女は、俺の姿を認めると慌ててその身を整い出す。


「どうしたのよ、こんな時間に」


「それはお互い様ですよ。眠れなかったので、水をちょっと」


「あら、かわいい寝顔だったのに」


「見たのかよ!」


「ふふふ」


 俺はつい敬語が外れてしまったことに気付いて口を抑える。そんな俺の様子をみると、東堂さんはさっきまで自分が慌てていたくせに余裕ぶって「ふーん」と微笑んでくる。


 その笑顔が、十数年前の彼女の姿とシンクロする。


「東堂さん……」


 ――あの、どこか儚げで、痛みを取り繕うとしている笑みと。


「なにか隠してますか?」


「……どうして?」


「なんとなく、ですが……その」


 疑われようと、俺は、できる限り彼女に誠意を伝えたい。


「昔、家族ぐるみでバーベキューやった時と、似ていたので」


 ――りゅうくんは、将来やりたいこととかあるの?


 そう問われて俺は「別に」と答え、そういうお前はどうなんだと質問を返したときの、あの情景と。


「バーベキューって、何回かしてるし。いつのよ」


「高校のときの。将来がどうのって話になったやつです」


「よく覚えてるわねー」


「そりゃあ……そういう東堂さんは覚えて」


「覚えているわよ」


 俺の言葉を遮って、彼女はまた悲しそうに言う。

 悲しそうに? どうして。あのときの返事に、なにか他の意味があるのか。


 ――そういうお前は見つけてんだな。

 ――ううん、違うよ。


「そうだなあ……うぅん、お酒の力があれば、話せるかも」


「まさかここでパシってくるとは」


「GM命令」


「分かりましたよ……」


 俺はやむを得ず、休憩室に隣接してあるコンビニを覗いてみる。こんな夜中だ、あんまり強いやつはおすすめできないかなと探し出してみると、はて、彼女が何のお酒を好んでいるか知らないことに気付いた。


 そうか、俺はコイツと飲んだことがなかったか……。


 俺は用を済ませて彼女のもとに戻る。


「さて、何をもってきたかな?」


「就業場所なんで、お酒なんてありませんでしたよ!!」


 俺が机の上に置いたのはペットボトルのコーラだ。しかも1.5リットル。

 そう、従業員が就業中に休憩するスペースなので、ここにお酒は売っていない。


「あ、そっか。でもこんなに飲めないよ?」


「紙コップも持ってきました。俺も飲みますんで。こんな時間にコーラなんて、背徳的ですね」


 俺は手ですっぽり収まるサイズの小さな紙コップにコーラをついで、彼女に差し出す。美容にどうとかブツブツ言いながらも、彼女はそれを受け取ってくれた。


 と思ったら、そのまま一気に飲み干しやがった。


「……いい飲みっぷりですね」


「やめたいの」


「…………え?」


 何がどういうわけか、さっぱり分からなかった。

 ので、俺は詳しくきいてみることにする。


「やめ……え? なにを、やめたいんですか?」


「GMを、よ」


「……………………」


 こんなにらしくない彼女を見るのははじめて――いや久しぶりといったところか。しかしそれは幼い頃からの付き合いが俺にはあるからで、ここで働いている者からしたら、それはそれは驚愕の発言である。


「コーラで酔ってるひと、ついに見ることができました」


「……弱音くらい、あなたの前で吐かせてよ」


「…………はい」


 しがない平社員の器でよければいくらでも。俺は言葉を紡がせるため、続きを促す。


「なにか、嫌なことでもあったんですか」


「……会議が嫌い。今度のやつとか、ほんと無理」


「ド直球ですね……。すっごい子供……」


「ここでみんなと過ごすのはいいんだけど、みんな良いひとだし、あなたもいるし。でも、いまの役職にいると、どうしてもほかのしがらみが強すぎて」


 社内史上最年少のゼネラルマネージャー。加えて、女性であるという、昨今の風潮から取り残された、前時代の向かい風。少なくともウチの社内には、古い体質が上層部ほど蔓延はびこっている。


 いったいどれだけの逆境に泣いたか。そしてそれを乗り越えてきたか。


 こんなところで平々凡々としている俺には、想像もつかない世界だろう。


 彼女はそれを体験し、そして今もまだ、抗い続けている。


「東堂さんは……どうしてGMになったんですか?」


「なんとなく」


「そこはちゃんと理由があってほしかったなー!」


「だって!」彼女は自分で空のコップにコーラをつぎ、また飲み干した。よくゲップが出ないものだ。「必死に、ただ、頑張ってきただけなのよ。定期的に試験があって、合格してランクが上がって、現場が移れば役職も上がって」


「すごい。スーパー出世コースですね」


「でも仕組まれていたの」


「え?」


 仕組まれていた? どういうことだ。


「他の、人の、出世の足掛かりだったの。私を挙げて、世間的にも社内的にもアピールして、自分はもっといいポジションをもって。すべての手助けが打ち切られてからは、あらゆる非難が襲ってきた」


「そんな……そんなことが、本当に?」


「私――わからなくなっちゃった。何がしたいのか……」


 そう言う彼女の姿は、またしてもあの頃の下手な笑顔を浮かべた面影とシンクロしていた。

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