第14話 この度、御伽噺が始まりまして!


 五月の連休が明けたとある一日、その日の私は前日の夜から眠れないほどに興奮していた。

 待ち望んでいたような来て欲しくないと願っていたような、そんな複雑な思いが胸の内で渦巻くような感覚が続いており、今もそわそわと落ち着かない。

 世間的には何も無い何時もの平日だが、ゲームを知る人間としては無視する事が出来ないこの日。


 今日はストーリーが本格的に開始する記念すべき日、

 つまりはヒロインである「姫大路 白雪ひめおおじ しらゆき」が編入してくるのだ。


 そしてお姉様こと白清水 凛后がヒロインと初対面する日でもあり、悪役令嬢として対立する切欠にもなる日だ。凛后が白雪の事を貧乏扱いして反発され、それを無視するというシンプルな内容だ。

 つまり、今日お姉様とヒロインの間に何も無ければ、最大の懸念であるヒロインとの確執も起きないのではと考えられるのだ。


 確執が無ければ虐めも無いので悪い噂など流れないし、断罪だって行われない。現状生徒から好意的に思われているお姉様なら、滅多な事が起きない限り悪い噂も流れないだろう。

 今日一日がどう進むか次第でお姉様のフラグ、ひいては結末がどうなるかが予測できるというわけだ。




 現在は正面玄関前の木の陰から、ヒロインが登校してくるのを待っている。勿論一人で。

 イベントが起きるか、誰がどう行動するかを観察するためには一人の方が都合が良いし、もしもお姉様が関わる場合にも素の対応が見られるだろう。

 存在に気が付いた生徒からは怪訝な視線を向けられているが、未来のためなら何のその。

 心は熱く、頭はクールに、存在感はゼロにして、気合を再度入れなおして眼前に集中する、のだが……


「何してんの、天使ちゃん」


 前方に集中し過ぎていた所為か、背後から近づく存在にまったく気が付いていなかった。

 見上げる程の高身長、中性的なその見た目。学園の王子様こと「甘崎 与羽」がニコニコと楽しそうに私を見下ろしている。

 それはもう楽しそうに。


「っ!?こ、この前の破廉恥な人っ!!」


 破廉恥って…何言ってんだ自分は…。


「破廉恥って、やっぱり面白いね…鏡花ちゃんは。僕には「甘崎 与羽」ってちゃんとした名前が有るんだから、今度からはそっちで呼んで欲しいな♪」


「……ご存知でしょうけど、白清水 鏡花です。それで甘崎先輩は私になんの用で?」


「んー、本当はもっと気安くていいんだけど、まぁいっか。用は無いんだけど、不審な鏡花ちゃんが見えたからなんとなくね。そっちはナンパ相手でも探してる感じかな?」


 心外だ。私はお姉様を守るという非常に大きな使命の元、こうして周囲を観察しているというのに。

 確かに真剣に次々と女の子達を見定めているけれど、これはヒロインを探しているのであって決してやましい事をしている訳ではないのだ。木に隠れているのだって理由があるのだ!

 ……いや、傍から見れば怪しいのは事実なんだけどさ。


「甘崎先輩と一緒にしないでくださいよ!私は重大な任務の真っ最中で…」


 反論しようとした途端、周囲がザワザワと騒がしくなる。

 思わず口を噤んで騒ぎの中心を見れば、そこには艶やかな黒髪を揺らす美少女が歩いているのが見える。彼女は周囲の喧騒をなんでもないように胸を張り、まっすぐ歩き続けている。

 ここから見ていても良く分かる、彼女の周りだけ世界が華やいでいるみたいだ。すれ違う生徒は皆目で追っているし、その他の生徒も様子を静かに伺っている。


 明らかに彼女の纏う雰囲気は際立っている。まるで世界に愛されているみたいに、風が、光が、音ですら彼女を着飾っているみたいだ。

 小鳥が歌い花々が咲くのが見えるようで、見慣れた筈の私でも目を逸らす事が出来ない。


 現実に舞い降りた「姫大路 白雪」の姿は、まさしく「御姫様ヒロイン」だった。




「へー、綺麗な子だね。鏡花ちゃんはああいう子が好みなの?そしたら僕には見込み無いのかなー」


 ヒロインに見惚れている間に側に来ていたようで、甘崎先輩は並んで騒ぎを観察している。

 頬が触れ合うほどの距離に思わず叫びそうになるが、お陰で落ち着きを取り戻せたので今はとにかくヒロインの様子を見よう。

 元気に歩く姿を見る限り、落ち込んだ様子は欠片も見られない。まだ悪役令嬢に絡まれるイベントは起きていないのだろう。


 周囲を見渡してもお姉様はおろかそれっぽい集団も居ない様なので、イベント自体が起きないのだろうか。少し肩の力が抜けた私は、改めて近すぎる彼女へと言葉を返す。


「別に好みとかでは無いですけど…、ていうか近すぎです。ぶつかりそうで横も向けないじゃないですか」


「いいよーぶつかっても。そのままほっぺにキスしてくれても構わないんだよ?何なら僕の方からしたって……」


「やめてくださいっ!まったく、そういう所が破廉恥なんですよ!絶対やりませんからね!」


 二回目とはいえお互い名前だって知ったばかりなのに、いきなりキスだなんだって言うのはおかしいだろう。事前に分かってはいたが貞操観念が低い、風紀が乱れている。お姉様が注意するのも当然だ!

 ……いや、もしかしたら頬にキスくらい普通なのだろうか。ゲームに良く似た世界だし髪色やお屋敷の前例もあるのだから、百合ゲーゆえにキスくらい日常茶飯事なのかも。


 なんだろう、そう思ったらやけに気になってきたぞ…。寧ろ攻略対象にキスできるなんて、ファンとしては御褒美なのでは?

 今横を向けば、美少女の頬が唇に………


「ダメかー。鏡花ちゃん純粋そうだし騙せるかなって思ったんだけど」


 あぶなぁいっ!!!

 危うくする所だった、思惑に嵌まる所だった!

 なんて恐ろしい少女なんだ。恐らく私が騙されてキスしたら、なし崩し的に他もするつもりだったんだ!

 あんな事や、こんな事をして、私のことを手篭めにするつもりだったんだ。

 何が王子様だ、寧ろ狼のが似合ってるじゃないかっ!


 心を強く持て白清水 鏡花。

 鋼の精神で誘惑を撥ね退け、忽然とした態度で立ち向かうのだ。攻略対象になんて、絶対に負けないっ!!


「甘崎先輩!先に言っておきますが、私にはそういう関係になるつもり全くあり……」


「ねぇ、さっきの黒髪の女の子もう行っちゃったけどいいのかい?」


「…ませんっ!…って、本当に居ないじゃないですか!私、もう行きますっ!」


 しまった、甘崎先輩と話し込んでいたからヒロインを見失った!

 校内でイベントが起きるかもしれないのだから、しっかり付いて行かないとダメなのに。まだそんなに時間は経っていないから、急げば間に合う筈。

 足元の鞄を引っつかみ、木と先輩の間をすり抜けるように脱出して玄関へと向かう。人の熱が離れる感覚に少し名残惜しくなりながらも、気分は探偵の様に後を追う。


 逃がさないぞヒロイン、私の居ないところでイベントなんか起こさせるものか!



 結局ヒロインには追いつけたものの朝の段階ではイベントは起きず、お昼を迎えるまで碌な情報は得られなかった。




「…やっぱり彼女みたいなのがタイプなのかな、鏡花ちゃん。気分、よくないなぁ」


 一人の残された彼女の言葉は、誰にも聞こえず春の風に流されていく。








 その日のお昼の時間、私は中庭で何をするでも無く考え事をしていた。


 中庭に来ている理由は特に無くて、お姉様が来るまでの時間潰しだ。校内には意外と静かに過ごせる場所が無いので、食堂がある別棟にも通じていて人が少ない中庭は好都合なのだ。

 お昼を誘いに行った所、急なクラスの用事が入ったようで少し遅れる事になってしまった。本人は放っておいても大丈夫なんて言っていたが、朝が別々だったしお昼ぐらいは一緒に取りたいと思いこうして待っているのだ。


 何を考えているのかと言うと、勿論ヒロインについて。

 結果的に朝の時点ではイベントは起きなくて、先程お姉様に確認してもそれ以降騒ぎは無かったそうだ。

 ゲーム通りにお姉様とヒロインは同じクラスになりはしたが、特別嫌っている様子も見られなかったので一先ずは安心出来そうだ。


 勿論お昼や下校の時間に何かが起きる可能性はあるが、それでもイベントの様に顔を合わせた瞬間から馬鹿にしていないのが分かっているだけマシだ。

 気を抜けないのは変わらないが、お姉様がゲームの様に傲慢な性格に変化する事は無かったのだからいくらでもやりようがある。変わってしまうなら叩いてでも元に戻してやろうと考えたが、杞憂に終わりそうだ。


 今後はヒロインとどう付き合っていこうか。あの様子だと生徒達の間で人気が爆発するのは時間の問題だろうし、実際二年生のフロアでは彼女の話題で持ちきりだった。

 下手に関わればお姉様の時とは比にならない程注目されるだろうし、これまで以上に攻略対象とも出会うだろう。唯でさえもう甘崎先輩に目を付けられているのに、他になんて考えられない。


 私の目標は依然としてお姉様のハッピーエンドであり、攻略対象と関りたい訳ではない。

 睡ちゃんとは偶然の出会いだから別としても、本来ならヒロイン達の恋愛模様を傍から見れればそれでいいのだから。


 それこそヒロインに接触するなんて恐れ多いことできる訳が…


「すいません。食堂ってこっちの方向であってますか?」


 考え事に夢中だった私は、その言葉でふと我に返る。歌うようなその透き通る声はよく耳に響き、何故だか答えねばと思ってしまう。

 こんな時期に食堂の場所を聞くなんて外部からのお客様だろうか、等と考えながら声のした方を振り向くと……


「そのリボン、一年生だったんだね。ごめんねいきなり話しかけちゃって。私この学園に来たばかりだから教えて欲しくてさ」


「…姫大路 白雪……さん?」


「あれ、私名乗ったかな?まぁいいや、私がその姫大路です。よろしくね!」


 朗らかに笑うヒロインが、私の目の前に立っていた……。




「じゃあ、君は白清水さんの妹さんなんだね。ごめんね、すぐに気が付かなくて」


「いえ、見た目じゃ分からないのも無理は無いですよ。あんまり似てませんから」


 現在、私達は噴水の縁に腰掛て談笑している。

 姫大路さんは今日お弁当を持ってきているらしく、食堂に向かう予定だったのはそこで食べようと思っていたかららしい。しかしまだ友達もいないし中庭自体が気に入った事から、今はこうして談笑しながら料理を突ついている。


 お弁当の中身は華やかな彼女には一見似合わない煮物や漬物等野菜中心の地味なものだが、これは彼女自身の経歴が影響している。

 彼女は物心つく前に両親を無くしており、それからは祖母の下で育ってきた。決して裕福では無かった彼女は日頃から山菜や野草を取っては食したり、祖母の知り合いから昔ながらの料理を食べさせてもらっていたため、自ずと好物もそれに影響されている。

 実際にゲーム内でも、


「紅茶よりほうじ茶のが好ましい」

「ここに生えてる草は天ぷらにすると美味しい」

「お洒落なお菓子より干し芋が食べたい」


 なんて言っては周囲から田舎っぽいだの言われていた筈だ。

 今も口元にひじきがくっ付いているが、可愛いよりも疑問の方が勝るくらいには似合っていない。

 そんな姿を見ていると深く考えるのが馬鹿みたいに思えてくる。この少女がお姉様の破滅に関わっているなんて、到底思えない。


 そんな私の考えは、次の彼女の言葉で用意に裏返るのだ。


「……ねぇ鏡花ちゃん、何か不安とか困ってる事とか有るんじゃないかな?」


「え?特にはありませんけど…」


「うーん、本当に?なんだか家族の事で悩んでないかな、それもかなり深刻に」


 ――どうして感づいたのだろうか?

 彼女の前では考え事は最初を除いてしていないし、お姉様の事も話していない。聞いた限りではお姉様とも友達では無いと言っていたから、そちらから話が通じることも無い。


 つまりはこの短時間で、彼女は私がお姉様のことに悩んでいると見抜いたのだ。

 ならば聞かないといけない。どうしてそう思ったのか、何から感づいたのかを。


「…どうしてそう思ったのか、詳しく聞いても?」


「やっぱり当たってたか…。えっと、私ね、実は大切な人と会う事が出来ないんだ。その所為で昔から同じような人が分かるというか、苦しんでいるのが伝わるというか。その中でも鏡花ちゃんは凄く似て感じたから、多分そうかなーって」


 なるほど、私もお母様を亡くしているから、それがお互いの共通点として彼女の感性に引っかかったのだろう。しかしそれだと今の悩みには繋がらない。


「それでね、今の鏡花ちゃんの心からは誰かを守りたいって気持ちが伝わってくるんだ。それが鏡花ちゃん自身なのか、家族なのか、友達なのかは分からないんだけど、同じ経験をしているなら残った家族を守りたいのかなって考えたの。間違ってたらごめんね」


 そう言って食べ終わった弁当を片付ける彼女の姿に、私は恐怖を抱いた。

 だっておかしいだろう。この短期間に碌に話してもいないのに、私の心を見抜きかけているなんて。私の中身を覗かれている様で、冷たい汗が背筋を伝う。


 これがヒロインたる所以なのか。だが癖の強いキャラクターを攻略するには、ここまで人の機微に敏感でなければならないのかもしれない。

 私が出会った時以上に拗れた状態の睡ちゃんを、高校生活の一年間という限られた時間の中なんの手助けも情報も無く立ち直らせたのだから、ある意味では納得できる。


 そんな彼女ですら分かりあえなかったゲームのお姉様とはどうなっているのか。

 一体何があればあの優しいお姉様が、アレほどまでに歪んでしまうのか。今の私では検討もつかないが、その切欠は未だ潜んでいるのかもしれない。


 恐ろしい。姫大路さんが、お姉様の変化が、そうさせる原因が…。

 不安が侵食するように重くなる思考を途切れさせたのは、歓迎できる筈の無い覚えのある言葉だった。


「あら、知らない顔が見えると思えば、随分と田舎臭い子がいるようね」


 それは、お姉様の台詞だけど、お姉様とは似ても似つかない声で発せられていた。

 知らない顔だ。リボンを見るに恐らく二年生だが、お姉様の知り合いにも前世の記憶にも覚えが無い。

 四、五人で集まり此方に近づく彼女達は、あのイベントにそっくりだ。思い出せ、確かこの後に続く言葉は…


「見た目が田舎臭いと思えば、食べてるものは貧乏臭いなんて。こんな生徒が居るなんて学院の品位が落ちてしまうかも…皆もそう思わない?」


「確かに」

「言うとおりです」

「芋っぽいって感じ」


「そうでしょう皆さん。どうして貴方見たいなのが学院に来られたのか不思議でならないわ。」


 台詞が違う…!?

 いや、考えれば当然のことか。本来のイベントではお昼じゃなく朝の時間だったし、馬鹿にされるのも鞄なのだから。流石に現在持ってないものは話に出せないだろう。


 それでもお姉様の場合は一対一で話していたから、こうして周囲を巻き込んでいるのは無かった事の筈だ。お姉様が自分以外の手を借りるのは、嫌がらせが激化してからだったのだから。


「…あの、いきなり話しかけておいて失礼じゃないですか?急に人を馬鹿にするなんて、自分の方が低俗じゃないですか?」


 驚く事にヒロインの対応も違っている。言い返したりなんてせずお姉様の圧力に口を噤んでいた筈が、目の前では真っ直ぐ胸を張って対峙している。

 やはりゲーム通りになんて行かないのか、それとも他に原因があるのだろうか…。


「へぇ、私達が低俗?初日からゴマすりに勤しんでいる貴方なんかに言われたくは無いわね。少し見た目が良いからって、生意気なんじゃない?」


「ご、ゴマすり?私そんな事してませんけど…」


「女王の妹に取入ろうとしてる癖に、説得力が無いわよ。そんなに白清水様に気に入られたいの?」


 原因は私だったのか……!

 確かにお姉様は私以外にさして興味が無い。手っ取り早くお姉様に近づくなら私を経由するのが一番なのは、睡ちゃんを見ていれば良く分かる。実際お姉様が素を見せるのは私か睡ちゃんの前だけなのだから。


「取入るなんて、私してませんっ!白清水さんには道を聞こうとしただけで…」


「なら早く行ったら?他にも生徒はいるのに彼女に聞く必要は?わざわざ話し込んでいた理由は?言ったとおり、説得力が無いのよ」


「それはっ!……理由は無いですけど…」


 理由は有るが、それは彼女の勘が鋭くて私を心配してくれたからだ。

「この子の家族に不幸があったと思って、その事を聞きだそうとしました」なんて優しいヒロインが言える筈も無いのだろう。それこそ隙を突いて取入ろうとしたと思われるし、そこまで調べて計画的に事に及んだと疑われかねない。


 仕方が無い、元々騒ぎの原因は私なのだから口を出す事にしよう。本人の口から誤解ですと伝えれば納得はしないだろうけど、お姉様の顔を立てて引き下がりはしてくれる筈。お姉様の名を笠に着るみたいでいい気はしないが、目の前の状況を変えるにはやむを得ない。


 そうして口を開こうとした時、突然対面の生徒達が顔を青褪めさせる。何事かと振り返れば、そこには姉としてでは無く女王としての表情を浮かべる「白清水 凛后」が佇んでいる。

 音も無く此方を見つめる姿は、完全に不機嫌だった。


「何をしているのかしら?」


 見開かれたその目は三白眼なっていて、見るものを圧倒させる。事実取り巻きの中には涙目になっている子も見られるし、隣の姫大路さんも息を飲んでいる。私は何度も目にしているし慣れたものだが、初見であれば当然の反応か。


「聞こえなかった?もう一度聞くから素直に答えなさい。何をしているの?」


「し、白清水様勘違いしないで下さい!私達はそこの田舎生徒に用があっただけで、妹様には何も……」


「そう、でも鏡花を悲しませるのは良くない事だわ。もう二度と鏡花の前でふざけた真似はしないと約束しなさい」


「わ、分かりましたっ!それでは失礼しますっ!」


「「「し、失礼しますっ…!」」」


 女王の冷たい怒気に気圧された生徒達は、逃げるように忙しくこの場を離れていく。後に残るのは呆然とするヒロインと、少し気が済んだ様なお姉様と、ちょっと嬉しそうな私だけ。

 何を喜んでいるって?それはイベントが起きたのにも関わらず私を心配してくれる姿が、何時ものお姉様と変わらないのが嬉しいのだ。やっぱりお姉様はゲームとは違うと分かるから。


「行くわよ鏡花、早くしないとお昼が終わってしまうから」


「分かりました!ごめんなさい姫大路さん、私の所為で嫌な思いをさせてしまって。それでは失礼します」


「あ、うん。私は大丈夫だから…」


 未だ呆然とするヒロインを尻目にお姉様へと駆け寄り、並んで食堂へと足を向かわせる。私の様子にお姉様も安心したのか、優しく手を繋いで歩みを合わせてくれる。その手からは懐かしい暖かさがじんわりと流れ込んできて、お姉様の想いが伝わるようだ。心配させないでなんて言ってるみたいに。


 いきなりのイベントに驚いたが、大事に至らなくて良かったなんて考えていると、不意にお姉様の足が止まる。思わずつんのめりそうになるのを優しく止められながら、何事かと顔を覗けば先程とは違うもののやはり冷たさを感じられる表情だった。

 何を見るでもなく、お姉様は口を開く。


「それと姫大路さん…だったかしら。好き勝手するのは構わないけれど、他人を巻き込むのはやめて頂戴。今日だって自分が標的なのだから、鏡花を逃がす事くらい出来たでしょうに。それが出来ずに一人で立ち向かわず、これからも周りを巻き込むようなら……」


 そう言って言葉を区切ると、肩越しにヒロインの方を睨みつける。冷たい視線、恐ろしげな三白眼、まるでゲームのような姿はあのイベントの一枚絵のようで。




「鏡花には二度と近づかないで頂戴」




 二人の間には、明らかな亀裂が走ってしまったのかもしれない。

 他でもない私の所為で。



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